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【嚥下障害の食事介助】完全側臥位法のポジショニング/メリット/デメリットー完全側臥位法は重度嚥下障害に効果的か?

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◆目次◆

 

完全側臥位法とは?完全側臥位法のポジショニング

【完全側臥位法】は嚥下機能の代償法の一つです。

咽頭の解剖学的構造と重力を利用し、「重力の作用で中~下咽頭の側壁に食塊が貯留しやすくなるように体幹側面を下にした姿勢で経口摂取する方法」と定義されています。

論文による完全側臥位の姿勢は、以下の図のように規定されています。

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重度嚥下機能障害を有する高齢者診療における完全側臥位法の有用性



ポイントは上の図に記載されている4点です。

・首の側面が真下になっている。

咽頭が水平になっている

・肩と骨盤ベッド面に対し水平になっている。

⇒肩甲帯・骨盤が立っていないと、頚部ベッド面に対し水平になりにくい。

上になっている下肢を下になっている下肢より前方に出す。上になっている下肢の下にクッションを入れる(腸骨・膝・外踝が同じ高さになるように)

=安楽肢位の考え方です。

単純に肩甲帯・骨盤を立て、下肢を伸ばしていると基底面が狭くなり不安定になります。

上になっている下肢を屈曲させ前方に出すことで、支持基底面が広がり安定します。

そのままだと足だけ落ちてしまい骨盤がねじれてしまうため、クッションを入れて高さを揃えることで、骨盤をまっすぐ立たせることができます。

・下になっている腕を前方に出す。

⇒食事中ずっと腕が圧迫されることを防ぐ。

完全側臥位法のメリット=咽頭側壁に保持できる量が増える

食塊の通り道ー誤嚥喉頭侵入

完全側臥位法のメリットは、咽頭の構造と重力が働く方向を考えることで理解できます。

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 こちらは上から喉頭を見たときの図です。

上側が前、下側が後ろです。

口腔から咽頭へ送り込まれた食塊はオレンジの矢印で示したように、喉頭蓋谷を経て左右に分かれlateral food channel→梨状窩→食道入口部へと進んでいきます。

上側真ん中の喉頭蓋谷から始まり、半円を描くように食塊は進んでいきます。

声帯に囲まれた中央の穴は気管へと繋がっています

気管(声門下)に入ってしまうと「誤嚥」になります。

気管(声門下)には入らなかったけれど、喉頭には入ったことを「喉頭侵入」と言います。

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この図で青い線を内側へ超えた時が喉頭侵入、赤い線を越えた時が誤嚥です。

 喉頭侵入・誤嚥せずに飲み込むには、食塊は青い線の外側だけを通っていく必要があります。

 

食塊の動きと重力の関係

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先ほどの図は喉を水平に切ったものでしたが、この図はのどを垂直に切った図です。

先ほどは前後に位置していた喉頭蓋」と「食道」、そして「気管」の上下の位置関係を見てみてください。

喉頭蓋」が上にあり、「食道」が下にありますね。その間に気管があります。

 

水色の矢印は食塊の動きです。

上から下へと動いていくのですが、その際気管の上を通り過ぎます。

実際の嚥下時は喉頭蓋が倒れて気管を塞ぎ、塞いだところを食塊が通っていきます。

食べ物の道と、呼吸の道が、ここで交わってしまうのです。

 

食べ物が通るタイミングで喉頭蓋がうまく閉じなかったり、閉じ方が甘かったりすると、重力によって食塊は気管の中へと落ちていきます。

 

喉頭蓋閉鎖はうまくいっても、嚥下圧が色々な理由で不十分であると喉頭蓋谷や梨状窩やに食塊が残ってしまうことがあります。

残った食塊の量が喉頭蓋谷や梨状窩で保持できる量を越えてしまうと、ここれでもまた重力により引っ張られ、食塊は気管の方へ落ちていってしまいます。

 

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つまり、「食物の通り道は上→下への道」+「重力は上から下へかかる」+「食べ物の道と呼吸の道がクロスしている」ことによって、誤嚥喉頭侵入が生じやすい構造になってしまっているのです。

完全側臥位と重力①-嚥下前誤嚥ver

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90°座位の場合、咽頭は垂直に立った状態であり、食塊は上から下へ滝の流れのようにすとんと送られてきます。

その食塊の動きのスピードに、のどの動きがついてこれないと、本来気管をふさいでいる喉頭蓋が閉じないときに、既にこの図の部分に食塊が到達してしまいます。

そうすると、赤い矢印で示したようなルートで、食塊が気管に入ってしまう危険性が高くなります。

食塊が喉頭の動きよりも速いため、嚥下反射が起こる前に生じる誤嚥を【嚥下前誤嚥】と言います。

 

この嚥下前誤嚥に対する代償法としては、

・とろみをつけて流入速度を遅くする

・リクライニング位で気道を上側にすることで、重力で食塊を食道側へ動くようにする

などの対策が知られています。

 

完全側臥位は、この嚥下前誤嚥に対し有効な代償法の1つになります。

 

咽頭側壁を真下にする姿勢をとることで、

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咽頭はこのような向きになります。

食塊は赤い矢印方向へ進みます。重力は青い矢印の方向に働きます。

完全側臥位では赤い矢印方向は水平な状態であるため、スピードが抑えられます。

また重力は気管と垂直方向に働くため、食塊が重力の影響によって気管に入ってしまうリスクが抑えられます。

 

Bedup30°でも嚥下前誤嚥が生じているような場合には、完全側臥位を試してみる価値があると思います。

 

完全側臥位と重力②-嚥下後誤嚥ver.

 

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やってみよう完全側臥位法 - 誤嚥予防と口から食べられる完全側臥位、唾液誤嚥予防の回復体位

咽頭側壁を下にした完全側臥位を取ることで、喉頭蓋谷・梨状窩に加え、咽頭側壁にもある程度食塊を保持できるようになります。

完全側臥位では重力は咽頭側壁方向に働きます。足側方向へ重力がかからなくなるため、【重力に引っ張られて溢れて気管に落ちる】ことがなくなります。

 

上の図はリクライニング位と完全側臥位で咽頭に保持できる量を比べたものです。

リクライニング位では梨状窩に3cc保持できますが、完全側臥位では梨状窩+咽頭側壁にそって15-20cc保持することができます。

(着色水の咽頭貯留量は座位(4.6 ml)に比較して完全側臥位(14.2 ml)と約3 倍に達する重度嚥下機能障害を有する高齢者診療における完全側臥位法の有用性

 

つまり、完全側臥位を取ることで、リクライニング位のおよそ3倍咽頭に保持できるようになるのです。

 

保持できる量が増えるため、

咽頭残留→溢れて誤嚥】という嚥下後誤嚥を防ぐことができる!

というのが、完全側臥位をとる大きなメリットです。

 

そのため、完全側臥位は

【嚥下後誤嚥】を生じているタイプの嚥下障害でも大きな効果を発揮します。

 

完全側臥位のデメリット

①送り込みに力が必要。

bedup30°では、口腔から咽頭にかけてなだらかな傾斜が生じます。

そのため、舌で送り込む力が弱くても、重力が食塊の送り込みを補助してくれます。

しかし、完全側臥位では口腔から咽頭が水平な状態です。

水平な状態で食塊を進めるには、舌の前後運動の力が必要です。

 

また、完全側臥位では口腔内で下側になっている頬の内側に食塊がたまりやすくなります。

重力に従い頬内側に落ちてしまう食塊を、舌の横方向の運動で舌の真ん中に持ってくる動きが必要になってきます。

その運動が不十分だと、食塊は頬の内側にごっそりとたまったまま、のどの方に送り込めなくなってしまいます。

 

完全側臥位法を使うには、ある程度の口腔機能(舌・頬)が必要です。

 

咽頭リアランスはまた別の問題

前述したように、完全側臥位では

咽頭に保持できる量が90°座位やリクライニング位に比べ増えます。

90°座位やリクライニング位で咽頭残留があふれて零れ落ちて誤嚥してしまっていたけれど、完全側臥位だとその咽頭残留が零れ落ちずに保持できる。だから誤嚥していない。

 

けれど、その後はどうでしょう?

残った咽頭残留がそのままの状態で、次の一口がはいったら?

徐々に残留量が増えていけば、保持できる量が増えていたとしても、いつかは限界を超えて溢れて気管の方へ零れ落ちていってしまいます。

 

完全側臥位は咽頭腔に保持できる量を増やしますが、咽頭リアランスの向上に寄与する方法ではありません。

咽頭残留をクリアする方法は、それぞれの場合に合わせて考えていく必要があります。

 

完全側臥位法は、あくまでも咽頭に保持できる量を増やすだけです。(その部分に対してはとても有効!)

その残留をどう処理するか、どうやって咽頭に保持できた残留をクリアするのかは、その方の機能に合わせた方法を考えなければいけません。

 

完全側臥位法は、その方に合わせた咽頭リアランス方法と合わせて用いることで、安全な経口摂取に繋がっていくものです。

 

おわりに…

完全側臥位法は

「重度嚥下障害でも安全に経口摂取ができる!」

「経口摂取を諦めていた方が、完全側臥位でなら食べれた!」

と華々しいうたい文句と一緒に喧伝されており、無敵の方法のような印象を抱く方も多いかと思います。

 

そんな魔法のような方法は、残念ながらありません。

どんな手法も「用法」「用量」が大切だと、1年目の時に教わりました。

 

完全側臥位法はどんな方もたちどころに経口摂取を可能にする魔法の方法ではありませんが、それでも適応となる方に安全な経口摂取を可能とすることができる方法です。

 

完全側臥位のメリットデメリットを知り、目の前の利用者さんの機能をしっかり評価した上で、適切に使っていきたいですね!

 

参考資料

やってみよう完全側臥位法 - 誤嚥予防と口から食べられる完全側臥位、唾液誤嚥予防の回復体位

重度嚥下機能障害を有する高齢者診療における完全側臥位法の有用性