なぜ「とろみ」をつけるのか?
ムセるなら、とりあえず「とろみ」をつければいいか?
「〇〇さん最近よくムセるから、とろみを濃くしませんか?」
言語聴覚士として特養で働いていると、こんな相談を受けることがよくあります。
「嚥下障害=食事でムセる=とろみをつける」
という単純な図式が、かなり根深く定着してしまっていると感じます。
「ムセ」は本来なら食べ物が入ってくるべきではない場所に、食べ物が入ってしまったために生じます。
「ムセ」は咳を起こすことで、入ってしまった食べ物を外に出す防衛的な反射です。
そのため、「ムセた」から「食べ物が喉頭・気管に入ってしまった」ことは正しい解釈です。
しかし「何故」食べ物が喉頭・気管に入ってしまったか、という部分は一人ひとり違うはずです。
いつ、何を、どのくらいの量で食べた時にむせたのか?
その時の姿勢は?覚醒は?体調は?
様々な状況を加味して評価を行い、その時の嚥下動態を推測していく必要があります。
それぞれの原因により、対応は変わってきます。
嚥下障害に対して、「とろみ」は万能なわけではありません。
しかし、「とろみ」をつけることが有効であることが多いことも確かです。
次になぜ「とろみ」が有効なのか、「とろみ」の性質について考えてみましょう!
「とろみ」の性質~物性との関係~
「とろみ」に集中した話に移る前に、嚥下障害を考える際に注意してもらいたい食べ物の「物性」について少しお話します。
一般的に言われる食品物性には様々な種類がありますが、嚥下障害との関連で覚えていてほしい物性は、
①かたさ、②凝集性、③付着性
の3つです。
①かたさ
この「かたさ」は歯でかみ切れる、歯茎で潰せる、舌と口蓋で潰せる、等のイメージで間違いではありません。
けれどもう1点注意してほしいのは、食塊形成後に咽頭でどの程度柔軟に形を変えられるのか、という点です。
柔軟性があり咽頭の形に合わせられる食物は、残留した際も咽頭に留まりやすく気管に零れ落ちにくいです。
しかしある程度の「かたさ」がある物性では、残留した際咽頭に合わせた形に変化しにくく、そのため零れ落ちていきやすいです。
ゼリーととろみで比べてみましょう。
咀嚼してゾル状になっていない状態(丸のみ)で考えると、ゼリーの方が物性としてかたいです。
後で取り上げる凝集性、付着性の部分ではゼリーのメリットはありますが、「かたさ」で考えるとゼリーの方が残留時のリスクは高くなります。
②凝集性
凝集性は「まとまりやすさ」「散らばりにくさ」の指標です。
とろみをつけない水分は「凝集性が低い」物性です。
水ととろみをつけた水をテーブルにこぼしたとします。
とろみをつけた水はある程度の大きさに留まりますが、ただの水の方が大きく広がっていきます。
この「ある程度まとまって留まる」性質が「凝集性」です。
とろみを濃くつける程、この「凝集性」は高くなります。
ゼリーも丸のみであれば、「凝集性」は高いです。(そもそも一塊であるため)
凝集性が高いとひとまとまりで咽頭を通過できるため、残留しにくくなります。
また、同様の理由で一部がぽろっと落ちて喉頭侵入・誤嚥するリスクも軽減できます。
この「ぽろっと落ちる」ことが少ないのは「凝集性の高い」とろみ、ゼリー両者に共通しています。
しかし残留した時を考えると、「かたさ」の違いが影響します。
とろみは「かたさ」が低いため咽頭にまとまって残留することができますが、ゼリーは「かたさ」が高いため、そのまとまりのまま零れ落ちてしまう可能性があります。
つまり、ゼリーは咽頭残留した場合を考えると、一般的に考えられているよりもリスキーなものでもあります。
基本的に 「ゼリーは咽頭残留させないで嚥下させるもの」
と考えて使うのが安全かと思います。
③付着性
付着性は名前の通り、「どの程度くっつきやすいか」「べたべたするか」の指標です。
付着性はとろみを濃くするほど高くなります。
反対に、ゼリーは付着性が低いです。
付着性が高いと、べたべたしているので咽頭残留しやすくなります。
飲み込む際にあちこちにくっつきやすいため、綺麗に全て飲み込むには力が必要になります。
評価を行わずにとろみを濃くしていくだけだと、いたずらに咽頭残留を増やしてしまうリスクがあります。
一方で、付着性が高いことのメリットもあります。
仮に咽頭に残留したとしても、付着性が高ければそのままべったりとその場に張り付いてくれます。
綺麗に飲み込むのは難しいけれど、気管に零れ落ちるリスクは軽減することができます。
「とろみ」をつけるとどうなるのか?
①かたさ、②凝集性、③付着性から「とろみ」を考えます。
とろみをつけると、
「かたさ」は水と比べると大きな変化はありません。
「凝集性」は高くなり、まとまりやすくなります。
「付着性」も高くなり、べたべたとくっつきやすくなります。
もう1つ付け加えると、流入速度はとろみをつけると低下します。
つまり、のどの中をゆっくりと流れていくことになります。
ただの水は「流入スピードが速く」、「拡散しやすい」性質を持っています。
流入速度が速いと、嚥下反射が惹起する前に液体が喉頭内に侵入するリスクが高くなります。
また「拡散しやすい」(凝集性が低い)と嚥下時や嚥下後に咽頭に残留した液体が喉頭内へ侵入するリスクが高くなります。*1
そのため、水の流入速度に対応できない、気道防御が不確実な症例、残留が予測される症例ではとろみをつけた方が安全であると考えられます。
とろみをつけ流入速度を遅くすることで、水が入ってくるタイミングと喉頭運動のタイミングを合わせることができるようになります。(=嚥下の「期」と「相」のズレをなくす)
喉頭蓋反転が不十分、残留があり嚥下中・嚥下後誤嚥が予測される場合は、付着性・凝集性をあげることで一塊で咽頭を通過してもらうことでリスク軽減を図れます。
とろみの濃さ
摂食嚥下リハビリテーション学会で定められたとろみの基準は上の表のようになっています。
個人的には「とんかつソース状」等の名称よりも、こちらの学会基準の方が使いやすいと感じています。
フレンチドレッシング、とんかつソース…での濃さの違いが少し考えないとピンとこなかったので…。
どの濃さを使うかはもちろん評価を行って決めますが、迷ったときはとりあえず
「中間のとろみ」から評価をはじめてみると良いと思います。
中間とろみ3ccから段階的に増やして、30cc一気飲みで問題なければ薄いとろみに変更してまた評価してみる。
中間とろみ3ccで引っかかるようだったら、濃いとろみに変えて評価してみる必要があります。
とろみよりもゼリーの方が適した方ももちろんいます。
ゼリーでうまくいかなければとろみを、とろみでうまくいかない方にはゼリーを、それぞれ試してみる価値はあると思います。
途中で色々と書きましたが、ゼリーととろみの物性は大きく異なります。
物性の特徴を把握した上で、しっかりとその方の評価を行って、より適した方を選択して使っていく必要があります。
参考文献
*1:頸部聴診法と摂食嚥下リハ実践ノートp126