認知症患者さんとのコミュニケーションにおけるマスクのデメリット
認知症患者さんとのコミュニケーションにおけるマスクのデメリット
ワクチン接種が広がってきたとは言え、まだまだマスクを外し以前のようにお話することは難しい状況が続いています。
私たちは何気なくつけているマスクですが、特に認知症患者さんとのコミュニケーションにおいて、マスクの与える影響は決して小さくありません。
ということで、今回は認知症患者さんとのコミュニケーションにおけるマスクのデメリットについてまとめていきます!
認知症患者さんのコミュニケーションの特徴
マスクの影響を考える前に、認知症患者さんのコミュニケーションの特徴を振り返っておきましょう。
この記事内ではマスクの影響と関連する部分について触れていきますので、詳細は是非下記の記事をご覧ください。
情報処理速度の低下・注意機能の低下
認知症患者さんに限らず、脳にダメージを受けた患者さんの多くは頭の中のCPUが小さくなってしまった状態になっていることがあります。
そのため、一度に処理できる情報は少なくなり、また情報処理の速度も遅くなります。
外部からの刺激に対する過敏性が増し、ちょっとした刺激でその時行っていた情報処理がフリーズしてしまうこともあります。
私たちは普段、不要な情報(エアコンの音、カフェのBGM、柔軟剤のにおい、机の木目など)をシャットアウトして、必要な情報を際立たせそこに意識を向けることを無意識のうちに行っています。
脳にダメージを受けると、このシャットアウトの機能が弱くなってしまうことがあります。(このシャットアウトの機能も注意機能の1つです)
ただでさえ情報処理に手いっぱいな状況で、不要な情報が流れ込んできてしまいその処理も行わなければなってしまうと、脳は許容量を超えフリーズしてしまう…。
このような情報処理機能の低下、注意機能の低下によるコミュニケーション上の問題を生じる場合には、
・一度に1つの事を伝える。短く簡潔に。
・理解できたかの確認を行う。
・話題を文字/絵/写真など視覚的に呈示する。
(話題の視覚呈示は、近時記憶障害の症状に対しても効果的です)
などの対応が有効です。
脳にダメージを受けたことによる情報処理や注意の障害の実像については、鈴木大介さんの【脳コワさん支援ガイド】に詳細に描かれています。
鈴木さんは脳梗塞による高次脳機能障害の当事者ですが、その症状や「脳が壊れた」ことによる苦しみは認知症患者さんが抱えているものと通ずるところがあるかと思います。
患者さんにとって「世界」がどう感じられているのか、の一端をつかめる本ですので、ぜひ読まれてみることをおすすめします!!
聴覚的理解の低下・速度の低下/ワーキングメモリーの低下
アルツハイマー型認知症は、症状の進行によって耳で聞いた言葉の理解力が低下することがあります。
【おうむ返しはできるけれど、その言葉が意味へと繋がっていない】症状が特徴的にみられます。
単語レベルで言葉の聴覚的理解が低下している方に対しては、
・文字や絵、視覚的に呈示をする
・単語レベルで簡潔に伝える。馴染みのある単語を使う(例:「スプーン」が理解×→「さじ」、「ベッド」が理解×→「寝床」「布団」「とこ」など)
・単語と一緒にジェスチャーを使う
などの対応が考えられます。
聴覚的理解力に低下がなくとも、ワーキングメモリーの低下により会話に支障を生じることがあります。
会話をスムーズに行うには、相手の言ったことを頭の中にとどめておく必要があります。
この力が弱くなってしまっていると「質問と違う答えが返ってくる」「聞き返しが多い」などの症状として現れることがあります。
マスクの影響
マスクをつけることにより起こる事。
それは、、、「口が隠れる」
これにつきます!!!!
マスクによるデメリットは「口が隠れる」ことによるデメリットです。
マスクにより口が隠れる/塞がれることによって、
①放射特性の効果減少
②口形が隠れる
③表情認知が阻害
主にこの3つのデメリットが生じます。
放射特性
一般的に、口元から離れるにしたがって低周波域が減衰して、その結果広域が相対的に強められる。これを放射特性と言う。…(中略)…放射特性が作用した悔過、口元のスペクトルは高周波域が持ち上げられる
言語超過齲歯の音響学入門 吉田友敬著
難しく書いてありますが、要は口から出たあとの声は「低い音が弱くなるため、高い音が強調される」ということです。
「高い音」が強調されると何が良いのか?
高い音が強調されるということは、「子音」が強調されるということです。
下の図は「スピーチバナナ」といって、言語音を周波数と大きさ別に配置したものです。
スピーチバナナの右側にいくほど、周波数が高い=高い音になります。
/s/の音や/t/の音が高い音の場所にありますね。
これらの音は4000Hz程の高い音かつ小さい音です。
しかしこの/s/や/t/の音が聞こえないと、「さか」なのか「たか」なのか「あか」なのか判別がつきません。
子音の聞き取りは「何を言っているのか聞き取る」「言葉を聞き取る」際にとても重要です。
しかし老人性難聴では、この「子音の聞き取り」が非常に難しくなります。
高音の聴力が低下するのに加え、「どの言葉を発音しているのかを聞き取る聴力」(語音聴力)が低下するためです。
このただでさえ聞き取りにくい「子音」を、聞き取りやすくする放射特性を、マスクは殺してしまいます。
口元から出た音はマスクですぐに跳ね返ってしまいます。
音はこもり、不明瞭になり、聞き取りづらさは余計に増してしまいます…。
マスクは放射特性を殺し、音の不明瞭さを増す。
これがマスクの、第一のデメリットです。
口形が隠れる
先ほど、老人性難聴では「高音の聞き取りが低下し、語音聴力が低下する」と話しました。
低下した聴力、聞き取りづらさを補うのが「口の形」から得る音の情報です。
「読唇術」というのが探偵ドラマなどでよく出てきますよね。それをイメージしてみてもらえると良いかと思います。
口の形をみて、何を話しているのかを予測する。
ドラマの探偵ほど完璧ではなくても、聞こえる部分は聞き取って、聞き取れなかった部分を視覚情報(口の形)で補うことができます。
口の形を見せることは、アルツハイマー型認知症患者でも聞き取りの改善に効果があると確認されています。(飯干・他:聴覚障害を伴うAlzheimer型認知症者の補聴器適用の要因分析.鹿児島高次脳機能研究会会誌.23:36-40,2012)
これは
口形呈示は、調音点・調音方法とモーラ数といった音韻情報を聞き手に与える。ADの音韻系は残存能力の一つである…
認知症のコミュニケーション障害 その評価と支援
ことによると考えられています。
「口の形から音を読み取る」という方法を使えるのは、基盤的な認知機能が保たれている方だろうという先入観がありましたが、先ほどの論文において「口形呈示の効果とMMSEの点数の交互作用はなかった」とされています。
認知症患者さんにおいても、「口の形の情報」は聞き取りを補助します。
マスクをすることで口の形は隠れてしまいます。
聞き手は「音の情報」のみで聞き取りを行うことを強いられてしまいます。
マスクは口を隠し、「口の形の情報」を遮断してしまう。
これがマスクの二つ目のデメリットです。
表情認知を阻害する
日本人は表情を読み取るのに「目」に注目して、米国人は「口」に注目する…とよく耳にしますね。
パソコンの顔文字でも日本では目のバリエーションが多様で、米国では口で変化をつける。
その差異によって、日本ではサングラスをかけている(=目を隠している)人を何となく怪しく感じ、米国ではマスクをしている(=口元を隠している)人に違和感を持つ。
さて、それでは高齢者・認知症高齢者において、表情認知で重要視されるのは目でしょうか?口でしょうか?
話の流れでお分かりでしょうが、正解は「口」です。
高齢者・認知症高齢者では、表情認知において「口」の比重が重くなります。
こちらの論文は健常高齢者と若者の「目の表情認知」について研究したものです。
“喜び”情動を用いた高齢者における“眼の表情認知” (jst.go.jp)
目から「喜び」の表情を認知する能力は、高齢者で低下していたことがこの中で報告されています。
またこちらの論文内では、未発表データであるものの健常成人の視線が目にいく時間が長いのに対し、健常高齢者では口に注目する時間が有意に長くなっていたとされています。
社会生活障害としての認知症 アルツハイマー型認知症を中心に (jst.go.jp)
健常高齢者においても、「表情」を目からの情報のみで認知するのは難しくなり、代償的にかは不明ですが、「口」に注目し表情を読み取ろうとしています。
マスクは表情の重要な要素である、その口元の情報を遮断してしまいます。
いくらにこやかな表情を作っても、「目で笑顔を」と言われても、そもそも高齢者が「目から表情を認知する」力は低下しています。
それに加え、認知症高齢者では種々の要因により表情認知の能力が低下しています。
ユマニチュードにおいても「多少大げさな表情で」と言っているのは、認知症高齢者の表情認知の力の低下に刺激を合わせているからと考えています。
高齢者は「口」の注目して表情を認知している。
マスクはその口元を隠してしまう。
これがマスクの3つ目のデメリットです。
おわりに…
コロナ禍はまだ続き、マスクをつけざるを得ない日々が続きます。
マスクのデメリットを知った上で、コミュニケーションをとっていきましょう!
参考文献