ST介護職の考え事

認知症・高次脳機能・ケアについての覚え書き

アルツハイマー型認知症のコミュニケーション障害

 

コミュニケーション障害とは?

コミュニケーションとは、ラテン語のコミュニカーレ(communicare)が語源であるとされ、複数者間で何らかの情報や意思を伝達し、それを共有する活動を指す。

認知症のコミュニケーション障害 その評価と支援:三村蔣・飯干紀代子

言語・非言語にかかわらず、何等かの情報や意思を相手に伝え・共有することがコミュニケーションです。

コミュニケーションは脳の様々な部位が、場面に応じネットワークを形成しながら適正に働くことによって成立します。

 

下の図は「スピーチ・チェーン」という、音声言語でのコミュニケーション過程を図式化したものです。

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スピーチチェーン

話し手は話す内容を考え、それを言語化し、言葉を運動プログラムに変換し、各運動器官が適切に運動して言葉を発します。
利き手は空気の振動を音としてとらえ、それを言語音⇒言葉として認知し、その意味を理解する。理解した上で、相手の気持ちや関係から相槌をうったり、適切な返答を考える必要があります。

 

この過程のどこに機能低下が生じても、円滑なコミュニケーションは難しくなります。

実に多くの機能を必要とするコミュニケーションは、そのため様々な機能低下により「コミュニケーション障害」が生じてしまいます。

 

 

コミュニケーション障害の生じる代表的な原因には以下のものがあります。

失語症(言語理解・表出=スピーチ・チェーンの言語的過程の障害)

・構音障害(いわゆる「ろれつが回らない」=話す方の生理学的過程の障害)

・難聴(「聞こえない」こともコミュニケーション障害に入ります=聞く方の生理学的過程の障害)

ASD自閉症スペクトラム)(「心の理論」の障害・婉曲表現、比喩表現の理解困難、いわゆる「空気が読めない」発言や、字義通りの解釈、ターンテイキングの消失など)

・右半球損傷・前頭葉損傷(推論による理解の困難・要点把握の困難・話題の維持困難・ターンテイキングの消失・プロソディ障害・婉曲表現、比喩表現の理解困難、いわゆる「空気が読めない」発言、感情の理解・表出の困難など)

認知症(失語的症状を生じることがある。認知機能の低下)

 

今回は認知症、特にアルツハイマー認知症のコミュニケーション障害についてまとめていきます。

 

ADのコミュニケーション障害の特徴

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認知症のコミュニケーション障害の要因

認知症のコミュニケーション障害には、上の図に挙げたような様々な要因が重なっています。

 

まずは言語機能からみていきましょう。

 言語機能低下によって生じる症状

AD(アルツハイマー認知症)の言語機能の異常としては、失名詞、曖昧な表現の多様、迂回操作、首尾一貫性の障害、流暢だが空虚な発話、話の繰り返し、文が完結しない、聴理解・読解の障害などがあげられます。*1

 

失名詞とは「言おうと思った単語が出てこない症状」のことを言います。

 

例えば「りんご」を言おうとして、

「あー、あれだよ。あの、赤くて丸くて、調子悪いときにすりおろしたりするやつ」

と、「りんご」という名称は出てこないけれど、それを説明する言葉は出てくる状態です。

 

この失名詞の症状のために、次に続く「曖昧な表現」や「迂回」「流暢だが空虚な発話」が生じます。

 

話している言葉の中で、きちんと情報を担っている言葉のことを「実質語」と言います。

1つの発話の中にこの「実質語」が多く含まれているほど、その発話が伝える情報量は多くなります。反対に「実質語」が少なければ、発話量が多くても情報量が少ない「空虚な」発話であると考えます。

 

ADではこの「実質語」が失名詞症状のため喚語できず、代償的に代名詞を多用し補っていくため、空虚な発話になってしまいます。

名詞の喚語は困難になりますが、音韻面は保たれているため流暢で長い文を話すことができます。文法上の誤りも少ないです。

遠目から見ると何も問題なくコミュニケーションをとれているようで、話の情報量はとても少ない、ということがよく生じます。

 

「聴理解・読解」の障害認知症の進行に伴い出現してきます。

これはアルツハイマー認知症の脳細胞の変性は側頭葉ー頭頂葉を中心に広がっていくことによります。

側頭葉には言葉の意味を担う部分があり、変性がその部分に及ぶと「言葉の理解」が困難になっていきます。

 

 

ある言葉に対して反応が悪い、理解できてなさそうだと感じたら、違う言葉で言い換えて反応を見てみてください。

もしかするとその言葉は、その方の中で失われてしまった言葉かもしれません。

言い換える言葉は、その方が良く使う・なじみのある言い方が効果的です。

 

注意機能低下・情報処理能力低下による症状

首尾一貫性の欠如や話の繰り返しは、記憶やワーキングメモリーに関連する症状です。

 

単純に話したことを忘れてしまって、もう一度同じ話をしてしまうのは「近時記憶の低下」として分かりやすい症状です。

ちなみに、近時記憶が何だったかについてはこちらをご参照ください。

 

ryo-kobayashi.hatenablog.com

 

話の首尾一貫性の欠如、どんどん話題が変わってしまう、という症状には、近時記憶に加えワーキングメモリーの低下も影響しています。

私たちが質問に対する答えをする時、何かテーマに沿った話をする時、一時的に頭の中にその「質問」や「テーマ」を把持しておく必要があります。

答えを考えて話すまでの間、「質問」や「テーマ」が把持できているから、私たちは質問に沿った応答が可能です。

 

この時頭の中では、

①「質問」「テーマ」の把持

②内容理解

③返答を考える

という3つの作業を同時に行っています。

 

このように同時にいくつかの作業を行うときに働くのがワーキングメモリーです。

 

ADではこのワーキングメモリーの低下により、

・答えを考えているうちに「テーマ」が何だったかわからなくなった

・把持に精いっぱいで理解が追い付かない/返答を考えるまでいかない

⇒返事ができない/曖昧・食い違った返答(取り繕い)

等の反応を生じることがあります。

 

このワーキングメモリーの低下に関連するのが、「情報処理能力」の低下です。

この能力は、パソコンでいうCPUで、アナログで言えば机の広さにあたります。

 

ハイスペックなパソコンは、いくつもの作業を同時に・素早くできます。

広い机では、一か所で本を開いておいて、コーヒーも置いて、気分転換用に別の部分で絵を描いて…と複数の作業を同時できます。

 

しかし、スペックの低いパソコンはYOUTUBE一つ開いても固まってしまって中々動かない。

狭い机ではコーヒーだけ置いたらもう何もおけません。

 

認知機能低下した方のCPUは、動画で固まってしまうパソコンのようなものです。

一つ一つの情報を処理するのに時間がかかります。

その上に複数情報なんて負荷がかかると、固まってしまいます。

 

だから、話のつじつまが合わなくなります。

一つ一つの情報を処理しきれていないためです。

 

認知症の方の情報処理能力に配慮して話すには、以下のようなテクニックがあります。

①情報は1つずつ(情報処理能力の負担を軽くする)

②代名詞を避ける(「それ」の内容の把持は記憶・ワーキングメモリーに負担をかけます)

③簡単な短文で話す・要点を整理して話す

④繰り返し説明する

 

ADの重症度と談話の特徴・かかわり方のポイント

①初期・軽度

発話は流暢であり、発音や文法等の言語の形式的側面は保たれるため、一見通常のコミュニケーションが可能なように見えます。

しかし、喚語困難(失名詞による言いたい言葉が出てこない)や、複雑な内容の理解力低下が認められます。

 

 

コミュニケーションにおける問題点の例

・考えをまとめることができず、答えにたどり着くまでに横道にそれてしまう。

・質問に対して具体的に答えることができず、曖昧に答えることが多くなる。

・課題が複数あると、何から始めていいかわからず手が付けられない。

・抽象的な内容・記憶に負荷がかかる内容への反応の遅延・困難

 

関わり方のポイント

・聞き手は患者の話を途中でまとめて整理する。横道にそれても否定せずに誘導する。紙に書きながら進めると、どこまで話したか自分で確認できる。

あらかじめ患者の家族や生活歴、趣味について情報収集しておく。答えられない時はわかりやすく教える。

⇒オープンクエッション/選択肢の提示/クローズドクエッション、と質問形式を変えて評価していくこともできる。

・課題を一度に提示せず、複数の小さいステップで進めるようにする。

今何をやっているかを常に意識させる。スケジュールや手順を書いておくと見通しもできて安心して取り組むことができる。

⇒記憶やワーキングメモリーを補うのに、文字情報·絵や画像などの視覚情報の使用は有効!

・理解できていない様子であれば繰り返す。伝わったかどうかを確認する話す速さや、間合いの取り方にも気を付ける。

⇒情報処理能力の低下=言葉は一瞬で消えてしまうので、速い話を連続して処理していくのはとても大変!

 

②中期・中等度

喚語困難が進行し、迂言(意図した語を別の言い方で説明しようとする)や錯語(言おうとした元の言葉が推測できる程度の言い間違い)、保続(一度言った言葉が不適切な場面で繰り返される)が顕著となり、発話内容が空疎(empty speech)になり、情報伝達の質が低下します。

聴理解・読解ともに低下し、複雑な内容の理解・比喩表現や慣用表現の理解に困難を生じることがあります。

一方で音読や復唱能力は保たれることが多いです。

 

コミュニケーションにおける問題点の例

・質問の聞き返しが多い

・話しているうちに自分が言ったことを忘れて、同じことを繰り返し言う

記憶錯誤(事実とは違って変形された誤記憶、事実ではない偽記憶)、作話(実際にはないことを真実と思って話す)がみられ、話の内容がテーマからそれる。

視覚認知障害による見間違い、注意が違うところにそれてしまう。

 

関わり方のポイント

 ・「単語レベル」で区切って伝える。ジェスチャー・イラスト・書字などの代償手段の併用

なじみのある言葉を使って伝える

同じことを言っても指摘しない。受け止めて次に誘導する。

作話が見られても否定せず、助長もせず受け止める。話された内容からテーマにそった話題へと誘導する。テーマを紙に書いておく・テーマに関連する具体物があればそれを目の前に提示する。

・視覚的課題では特徴的な、わかりやすいものを用いる。1枚の絵でも、全体の中から一部分へ注意を向けることは困難になるため、印をつける・指さし等で注意を向ける工夫をする。

 

③後期・重度

新造語(何を言おうとしたか推測できない言葉)やジャルゴン(新造語が連続し、何をしたかわからない発話)を呈することもあり、同語反復(自分が発した語の繰り返し)、語間代(語尾の1、2音節の強迫的な繰り返し)、反響言語(オウム返し)、押韻常同パターン(同じような語が少しずつ形を変えて出現する)などが出現し、理解力も顕著に低下する。

 簡単な内容の理解も困難となり、音声言語での意思疎通が難しくなる。パターン化した日常会話は可能なことがある。

発話意欲の低下により、有意味語の産生が乏しくなっていく。

終末期には緘黙状態(明瞭な言語反応が得られない状態)に陥る。

 

コミュニケーションにおける問題点の例

・聞き手の意図したことと違うことを答える

・注意の集中・持続ができずあきらめてしまう

・発話意欲が乏しくなり、自発性が低下する

・生理的な訴えを受け取ることが難しくなる

 

関わり方のポイント

yes/noでこたえられる形式、選択式での質問にする。

答えるときも発話+指さしなどを併用する。

・雑音や音楽などのない静かな環境で話す。

・話しかける際は、声掛け、真正面から視線をとらえる、等確実に注意を向けてもらう。

・注意がそれる、保続が出た際は一度休憩をはさむ。

・挨拶や自分の名前等自動化された発話は保たれる。保たれた機能を活かす。

・言語によるコミュニケーションだけでなく、表情や声の調子等から感情を探る、伝える。

 

参考文献

 

 

 

 

 

*1:痴呆患者とのコミュニケーション―最近の研究とコミュニケーション・ケアの提言 綿森敏子