自発性の低下(意欲の低下・発動性欠乏)、アパシーの評価と対応
一日ずっと座って、何をするわけでもなくぼーっとしてる。
そんな利用者さんが、どこの施設にもいらっしゃるかと思います。
もちろん疲労感やもともとの性格もあるかとは思いますが、中には「意欲」「発動性」「自発性」の低下、アパシーによるものもあります。
アパシーは全ての認知症のタイプで生じることが知られています。
認知機能の低下によって「できない」のと、自発性低下・アパシーによって「できるけどやらない」のでは、その対応が変わってきます。
目の前の利用者さんがどちらなのか、評価して対応を考えていけるといいですね!
アパシーの定義・「抑うつ」との違い
Marinは、アパシーは意識障害、認知障害、感情障害によらない動機付けの減弱と定義し、意識レベルの低下、認知障害、感情的な悲嘆に起因するものではないとした。…(中略)…Levy&Duboisはこれまでのアパシーの議論を踏まえ、アパシーとは動機付けの欠如というやや曖昧な心理学的概念でとらえるのではなく、目的に向けた随意的で意図的な行動の量的な減少と定義した。
アパシー(apathy、意欲低下)の診断基準 Starkstein
(A)意欲欠如:患者の病前のレベルまたは年齢的・文化的な標準と比較して意欲が低下していることが主観的に述べられるか他者から観察される(B)次の三つの領域のすべてにおいて少なくとも一つの症状が、四週間以上存在
・目標指向性の行動の減退
1.日々の活動を行う努力とエネルギーの欠如
2.日々の活動を組み立てるのに他者の助言を要する
・目標指向性の認知の減退
1.新しいことの学習または新しい経験に対する興味の欠如
2.自己の問題に関する関心の欠如
・目標指向性の行動に付随する反応の減退
1.感情の変化が乏しく平板
2.良い/悪い出来事に対する反応性の欠如
(C)症状によって、社会的、職業的、またはほかの重要な機能に臨床的に重大な困難・障害がもたらされる。
(D)症状は意識レベルの低下や薬物の直接的な生理学的効果によるものではない。
高次脳機能障害学第2版 石合純夫
そもそもアパシーは「動機付けの減弱」という、心の側面を重視した定義でした。
しかし最近では、目で見ることができず分かりにくい心の側面ではなく、実際見てわかる「行動的な側面」からアパシーを考えるようになっています。
自発性の低下・アパシーの臨床症状には以下のようなものが認められます。
・放置すると自ら何かをするという傾向がほとんど認められない。
・言語表現のみならず表情、しぐさなどの非言語的表現も乏しい。
・しかし、外からの働きかけがあると、それには最小限の反応を示すことが稀ではない。
・自発性の低下はすべての活動に及ぶこともあれば、例えば言語にのみ、あるいは思考にのみ、に限定している場合もある。
・内的体験としては、外界で生じている出来事に対して「無関心」であることが一般的であり、「抑うつ感」や「悲哀感」が訴えられることは原則的にない。
「抑うつ」の主が「抑うつ感」「悲哀感」であるのに対して、「アパシー」の主は「無関心」です。
抑うつ状態である人でも「今まで興味があったことに全然興味を持てなくなった」という訴えがあります。
抑うつの方は、そんな自分の状態に気付き、不安や悲しみを訴えます。
しかしアパシーの方は、そんな自分の状態に対しても無関心で、他人事です。
アパシーの分類とその対応
①認知処理障害によるアパシー
認知機能低下により、主に計画を立てられずに行動量が低下するアパシーです。
このタイプのアパシーは認知的不活発であるが、行動計画を立てるのに必要な認知機能の障害による目的志向行動の減少である。それは目的志向行動を計画し実行するのに必要ないくつかの遂行機能の障害に由来する。
このタイプのアパシーが、「行動量の減少」を生じる原因は遂行機能障害です。
何かをしようと思っても、どうしたらいいのか計画や手順が組み立てられないため、実行に移せない⇒自発的・合目的的な行動量の減少へとつながっています。
認知処理障害によるアパシーは、いわゆる背外側前前頭葉回路(dorsolateral prefrontal circit)前頭前野ー基底核の損傷で生じます。
その中でも特に一側または両側の尾状核頭の背側部損傷では重度のアパシーが生じるとされています。
このタイプのアパシーでは、根幹にあるのが遂行機能障害であるため、遂行機能障害に対するのと同様のアプローチがなされています
アプローチの例
・行動をスモールステップに分けて、構造化する。(言語的/視覚的)
・スケジュールの提示
・物理的空間の体系化
②情動感情処理障害によるアパシー
このタイプのアパシーは、情緒的感情的な情報と現在および近い将来の行動とを結ぶつけることができないために生じる目的指向行動の減少である。
感情と行動の結びつきの変化により、行動を起こし完結させる意欲が減じるか、将来の行動の結果を評価する能力が減少してアパシーを生じる。
情動感情処理障害によるアパシーの基盤として想定される神経心理学的症状は、「興味・関心の喪失」です。
人が行動を起こすときには、何かしら「これがしたい」「これをするのが楽しい」と思うから動きます。
人の自発的な行動には、対象への「興味・関心」が必要です。
そのため、「興味・関心の喪失」により、自発性の低下が生じます。
一方で、全般的な興味・関心の低下の結果、脳損傷前には苦手であったことにも関心が低下し、結果として苦手なことの克服につながる場合もある、という報告が上がっています。
情動感情処理障害によるアパシーの病巣は、前頭葉眼窩部・内側前頭前野が想定されています。
③自己賦活障害によるアパシー
このタイプのアパシーでは思考の賦活が困難、あるいは行動を完遂するのに必要な運動プログラム開始が困難である。自己賦活障害のある患者は、最も重度のアパシーを呈する。この特徴は自分で行動や思考を開始することが困難(心的空虚)であるが、外からの誘導や促しによる反応や行動は比較的保たれている。患者が認知情報への自動的反応ではなく内的基準に基づき行動する場合、思考や行動が開始あるいは賦活の閾値に到達しないために自己賦活がなされない。
自己賦活障害によるアパシーの神経心理学的基盤は、「発動性の低下」そのものです。
自分の力だけでは、「行動化するスイッチ」が入らない状態です。
重篤な場合は、「無言無動症」「無為無関心」と表現されるように、一日中自発的な発話もなく過ごすことがあります。
狭義のアパシーは、この自己賦活障害によるアパシーを指しています。
自己賦活障害によるアパシーの病巣としては、大脳基底核の認知領域と辺縁領域の損傷(大きな一側または両側尾状核損傷、両側淡蒼球内側部損傷・視床背内側部損傷)、背内側前頭前野と背側帯状回前部を含む前頭葉内側の損傷、大きな前頭葉深部白質の損傷が想定されています。
②情動感情障害によるアパシー、③自己賦活障害によるアパシーに対しても様々な非薬物療法がおこなわれいますが、エビデンスはまだ不十分です。
例としては
・音楽療法
・認知症例に対して回想法
などが行われているようです。
自発性・アパシーの評価方法
ここからは臨床で使えるアパシーの評価方法を載せていきます。
やるきスコア
やる気スコア
全くない 少し かなり 大いに
1)新しいことを学びたいと思いますか? 3 2 1 0
2)何か興味を持っていることがありますか? 3 2 1 0
3)健康状態に関心がありますか? 3 2 1 0
4)物事に打ち込めますか? 3 2 1 0
5)いつも何かしたいと思っていますか? 3 2 1 0
6)将来のことについての計画や目標を
持っていますか? 3 2 1 0
7)何かをやろうとする意欲はありますか? 3 2 1 0
8)毎日張り切って過ごしていますか? 3 2 1 0
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全く違う 少し かなり まさに
9)毎日何をしたらいいか誰かに言って
もらわなければなりませんか? 0 1 2 3
10)何事にも無関心ですか? 0 1 2 3
11)関心を惹かれるものなど何もないですか? 0 1 2 3
12)誰かに言われないと何にもしませんか? 0 1 2 3
13)楽しくもなく、悲しくもなくその
中間位の気持ちですか? 0 1 2 3
14)自分自身にやる気がないと思いますか? 0 1 2 3
合計 ____
Apathy Scale島根医科大学第3内科版:16点以上をapathyありと評価
(Starkstein SE, Fedoroff JP, Price TR, Leiguarda R, Robinson RG:Apathy
following cerebrovascular lesions.
Stroke 24: 1625-1630,1993から引用、翻訳作成)
参考文献
1. 岡田和悟,小林祥泰,青木 耕,須山信夫,山口修平:やる気スコアを用いた
脳卒中後の意欲低下の評価. 脳卒中 20:318-323,1998
2.Okada K, Kobayashi S, Yamagata S, Takahashi K, Yamaguchi S:Poststroke apathy
and regional cerebral blood flow. Stroke 28:2437-2441,1997
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jstroke1979/20/3/20_3_318/_pdf
やる気スコアは全14項目の質問で意欲の低下・アパシーを簡便に評価することができます。
質問に対して「全くない 」・「全く違う」から「おおいに」・「まさに」の4段 階 で回答し、それぞれ0~3点の評価点を与え、総合点が高値であるほど意欲低下が強いことを意味しています。
カットオフ値は16点です。
つまり、16点以上であれば意欲の低下・アパシーの疑いが強くありまs。
やる気スコアの対象はアパシーが軽度から中等度であり、適切な回答ができる知的レベルと言語機能を有する患者です。
Vitality Index
https://jpn-geriat-soc.or.jp/tool/pdf/tool_12.pdf
Vitarity Indexは利用者さんの様子から意欲・アパシーを評価する観察評価です。
全15項目を0-2点の3段階で評価をします。
得点範囲は0-10点であり、点数が高いほど意欲が高いことを示します。
観察評価であるため、質問に対する応答が困難な方にも評価を行うことができます。
標準意欲評価法(CAS)
標準意欲評価法は脳損傷に伴う意欲低下について、面接・質問紙・日常生活行動・自由時価の行動観察および臨床的総合評価、5つの評価からなります。
高次脳機能障害学会が作成し、名前の通り「標準化」されています。
観察項目や評価基準が明確に定められており、現時点で最も客観的で信頼性のある評価です。
他二つの検査の方が簡便ですが、CASでは細かい分情報をたくさん集めることができます。
CASは面接での質問、質問紙合わせると質問項目が多くなるので、その量に対応できる方が対象になります。
標準化されているが故、ちゃんとした検査バッテリーを購入しなくてはなりません。
病院ならおいてあるところが多いと思いますが、生活期で使うにはその辺が厳しいですね…。
上申してみて購入してもらえるのであれば、ぜひ買ってもらって使ってみるとよいと思います!
参考文献