ST介護職の考え事

認知症・高次脳機能・ケアについての覚え書き

高次脳機能障害と「気付き」「アウェアネス(awareness)」の障害ー「病態失認」「障害への気付き」に対するアプローチ

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介護の現場で「厄介だな」と思うADLは、

「見守り~一部介助で歩行可能」ではないでしょうか?

 

見守りなしで歩行可能なほどの機能はないけれど、安全ではないが歩けてしまう。

 

そんな方々によく生じるのが「転倒」です。

 

見守り~一部介助で歩行可能なレベルの方々が厄介なのは、他のADLの方々に比べて転倒リスクが高い印象があるからです。

 

杖や歩行器などの補装具が必要なのに、使わないで歩いて転倒する。

見守りが必要なのに、いつの間にか一人で勝手に歩いて転倒する。

移動は車いすレベルでも起き上がりができる方は、一人で起き上がって、立ち上がろうとしてベッドから転落する。

 

どの施設でも、よくある話だと思います。

このようなタイプの方々は、ほとんどの施設ではセンサーで対応されていると思います。

 

この方たちが転倒・転落してしまう理由は大きく2つです。

①身体機能の低下

②リスク意識の低下

 

一つ目はしっかり立つ・歩くだけの身体機能がないから転んでしまう、というものです。

こちらは分かりやすいですね。そのままです。

 

今回問題にしたいのは二つ目の方です。

仮に、皆さんが足を骨折したとします。体重を乗せると痛くて力が入りません。

そうなったとき、皆さんはケガした方の足に体重をかけないようにしますよね。

移動する時には松葉杖を使ったり、車いすを使ったりします。

頭の中にはいつも「私は骨折していて、こっちの足に体重をかけると痛いし力が入らない」という意識があります。

加えて、「こっちの足に力をかけると痛くて力が入らないから危ない」ということを知っています。

その意識があるから、移動は杖や車いすを使うし、痛い方の足に負担がかからないように行動します。

 

転倒・転落を繰り返す方々は、この「私は〇〇だから、こうすると危ない」という意識が低下しています。

 

杖なしで歩いてしまう方は、「杖を使わないと危ない」という意識がないので杖を使わないで歩いてしまいます。

立位が取れないのに一人で立ち上がってしまう方は、「自分は一人で立ち上がれない」という意識がとても低いので、立ち上がってしまいます。

 

「〇〇すると危ない」という意識を「リスク意識」と言います。

自分の身体機能を適切に認識し、危ない部分に気を付けて生活していくことを「リスク管理」と言います。

 

転倒・転落を繰り返す方は、この「リスク意識」の部分に大きく問題があることが多いです。

「リスク意識」を持つためには、自分自身の状態への「気付き」が必要です。

 

認知機能の低下、高次脳機能障害により、この「自分自身の状態への気付き」が障害されることが多くあります。

そしてこの「気付きの障害」へのアプローチはとても困難で、改善させていくことがとても難しい部分でもあります…。

 

しかしこの「気付きの障害」は、患者さんのADL自立を大きく阻害する要因になります。

 

立位は取れても歩行は危ない、という同じ身体機能のレベルであっても、

リスク管理」ができていればADLは「車いす自立」になります。

しかし「気付きの障害」が重く「リスク意識」が低ければ、ADLは「移乗:見守り~一部介助」「移動:見守り~一部介助」になるかと思います。

 

患者さんのADLを上げていくには、身体機能の向上+「気付き」の向上が必須です。

(在宅に戻る/施設でのADLを考えるには、もちろん環境調整もとても大切です!)

病院から在宅を目指す患者さんであれば、高次脳機能リハの目的は「ADLの自立」が大きなものになります。

軽微なディサースリアや顔面神経麻痺、机上の注意課題に介入時間全てを使ってしまうのではなく、「ADL自立」に直結する「気付きを促す介入」をSTリハ時に行えるといいですね!

 

それでは「気付きの障害」についてまとめていきます!

 

気付きの段階

気付きはAwarenessと言われることもあります。このAwarenessの障害を、Crossonら(1989)は

①知的アウェアネス

②体験的アウェアネス

③予測的アウェアネス

 

に区別し、知的アウェアネス→体験的アウェアネス→予測的アウェアネスと上がっていく階層モデルを提示しました。*1

知的アウェアネス以前の段階

この段階では、障害の認識が全くできていない状態です。

多くの場合意識障害や、注意や記憶の重篤な障害が併存している場合が多いです。

アウェアネス/自己への気付きは、神経心理ピラミッドでみると高次の機能にあたります。

 

 

 

ryo-kobayashi.hatenablog.com

 

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高次の機能は、低次の機能が土台としてしっかりとしていることで十分に機能することができます。

そのため、意識・感情・記憶・注意といった低次の機能が不安定であれば、「気付き」の障害は生じて当然であるともいえます。

 

認知関連行動アセスメントCBAの得点とFIM運動得点とは有意に関連しており、認知機能の低下が重篤であるほど運動機能自体の低下も重篤であることを示しています。

それと同時に、認知機能の低下が重ければADLの自立の阻害要因になっている、という風にも解釈することができます。

 

CBAでは中等度(17-22点)で屋内見守りレベルのADLが可能とされています。

知的アウェアネスが可能となり始めるのaは、CBAで言うと中等度程度からです。

 

認知機能がCBAでの重度・最重度のレベルにある患者さんには、

覚醒を上げ反応を引き出すこと、意欲や笑顔を増やすこと

を目標に関わっていく必要があります。

 

CBA重症度別のかかわり方のポイントは以下をご覧ください。

最重度=6-10点

重度=11-16点

中等度=17-22点

軽度=23-28点

良好=29-30点

 

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知的アウェアネスの段階

①知的アウェアネスとは、「障害を知識としては知っている」状態です。

自分の疾患名、それがどのような病気かを理解している段階です。

この状態から少し進むと、自分の疾患からどのような「障害」が生じているのか、その障害がどの程度のものなのかを理解する段階へと至ります。

 

脳卒中の患者さんで言えば、「自分は脳梗塞になった」という理解が第一段階です。

そこから少し進むと、「脳梗塞の影響で左手足に麻痺が生じている」という理解の生じる段階があります。

 

この気付きの段階では自分の能力の低下に対する「自覚」はありません。

そのため、「脳卒中で左手足に麻痺がある」と話していても、どこか他人事のような雰囲気があります。

 

「麻痺があるんですって」

脳卒中で倒れたそうです。」

「左の手足が動かないと言われました」

 

こんな風に、伝聞体で自分の疾患や障害について話されることが多くあります。

 

知的アウェアネスを促すアプローチ

CBAで認知機能が中等度程度になったら、本人に対して疾患や検査結果の説明を行っていきましょう。

この際カウンセリングでいう「標準化」の手法を使って伝えていくのがポイントです。

「あなたは」と伝えるのではなく、

 

「一般的に、頭を強く打つと新しいことが覚えにくくなったりします」

脳梗塞の後には、考えることに疲れやすくなったり、注意が続かなくなったりします」

 

というように、「一般的に」「この病気の多くの人に」同じ症状が生じる、という形で伝えていきましょう。

 このように伝えることで、宣告のように本人の目の前に障害を突きつけず、また他にもそういう人がいるという安心感を持たせつつ、必要なことを理解してもらうのに役立ちます*2

 

このような説明を、何度も行っていきましょう。

障害による日常的な問題が起こったタイミングで説明できると、体験的な気付きへつなげていきやすくなります。

 

できればご家族も同席して説明できるとよいです。

高次脳機能障害周囲の支援者を含めた環境的なアプローチが効果的なことが多いです。

どのような障害があり、どのような場面でどのような問題が起こりうるのか、その際どのようい対応したらいいのかを説明し、適切な対処ができるように支援していきましょう

 

 

体験的アウェアネス

生活や訓練の中の体験を通じて、「自分には何ができて、何ができないのか」に気付いていく状態です。

自分の知識と体験が結びつき、「その障害が自分にある」と実感できている段階です。

 障害のために起こりうる日常生活の問題を認識できている状態です。

 

この状態は、「なんだかうまくいかないことがある」という気付きが生まれる状態です。

ということは、「なんだかうまくいかない」状況に出会わせる必要が出てくるタイミングである、ということです。

 

記憶障害のリハビリテーションでは、基本的にはエラーレスで行うことが推奨されています。

しかしこの体験的アウェアネスを促していくタイミングでは、時としてあえて失敗してもらうことも必要になってきます。

 失敗したタイミングで、すぐその場でフィードバックを行い、気付きを促していきましょう。

 

「なんだかうまくいかなかった」と本人が思ったタイミングで、「これは〇〇の影響で、こうなっているからこうなりました」と本人にフィードバックを行います。

 

このようなフィードバックを繰り返していき、「何で失敗したのか」の原因と結果を結び付けていけるようにサポートしていきましょう。

 

体験的アウェアネスを促すアプローチ

前述したように、時に「失敗」に出会わせながらその場で即時フィードバックをしていくことが必要です。

セラピストがいくら口頭で障害の説明をしても、その方の「実感」にならなければ「知的アウェアネス」のレベルにとどまってしまいます。

 

セラピストは「安全に失敗できる」状況をセッティングし、その場ですぐに修正・フィードバックすることで「気付き」につなげていきましょう。

 

その方の能力に応じた代償手段の活用も考えていくことも大切です。

 

車いすからの移乗時ブレーキやフットレストの管理が不十分な方には、まずは1つ1つ声掛けをして移乗することから始め、徐々に声掛けを少なくしていく方法があります。

必要な方には確認項目を視覚化することも有効です。

 

他にも記憶障害に対してメモやチェックリスト、スマホのアラーム機能の活用等があります。

注意や記憶障害の代償手段については、また別の機会にまとめたいと思います。

 

「会話」により気付きを促す方法

会話を用いて「気付き」を深めていくことも有効です。

会話の中で患者さんの気付きがどの段階であるのかを評価し、「気付き始めている」部分を強化していくことができます。

 

会話で「病識」に対する気付きを深めていくには、CBAの病識の評価視点が頭に入っているとやりやすいです。

CBAにおいて病識は

①病気理解

②障害理解

③能力理解

④環境適応

4段階に分けられています。

おおよそ「知識的気付き=病気理解」「体験的気付き=障害理解・能力理解」「予測的気付き=環境適応」にあたります。

 

 以下、会話の中で気付きを促していく際の基本姿勢のポイントです!*3

・受容的で穏やかな対応

・質問し考えてもらう

 反応の特徴:確信的か、自信がある感じか、不安そう?適当な感じか?

 浮動性:反応は一貫しているか?揺れや修正があるか?

 反応の精度:答えは確実か?曖昧か?明らかな間違いをはっきりと言っているか?

基本的に誤りは修正しない

まずは自由に答えてもらう→ちょっと修正を入れてみて、反応を見る

 

この基本姿勢を意識した上で、気付きのどの段階にあるのかを手順にそって評価していきます。

①記憶・見当識を評価する。

=病気の認識の有無、どこの病気か認識しているか、発症からの時間経過の認識を確認する

・今日はいつか、病気をしたのはいつか、発症からどのくらいたっているかの確認

・病気をした認識はあるか?

認識がない場合は、相手に合わせて話しを進める

・時間経過の実感はあるか?

 

②生じている障害の認識の評価

=自発的に障害に気付いているか?(誘導・ヒントで気付くレベルか、誘導で気付いていても深刻さにかけ楽観的か、などの態度の評価)

・今回の病気でどのような障害が生じているか聞く

・身体機能(手・足)、言葉などと順番に聞いていく

=聞きたい部分だけ聞かない。

・認知機能について慎重に尋ねる

「標準化」して「一般論」として聞く。

「この病気では思い出しにくかったり、集中しにくかったりすることがよくあります」

 

③起こりうることの推測が可能か評価

・「こらからどうしていきたいですか」を問う

・自宅退院、職業についても見通り

会社の特徴・立場・業務の内容を語ってもらう→遂行機能も評価できる

運動面、認知面からその職務が可能か考えてもらう

こだわり・やりがい・働く事の必要に配慮する

・今戻るとどうなるかを、自発的にイメージしてもらう

細かく考えてもらう(通勤・階段・電話など)

 

それぞれの気付きの段階に合わせて、会話の中で質問し、その答えを評価しながら気付きを深めていきましょう。

対応のポイントは「自分で気付いてもらい、その気付きを強化する」ことです。

ぽんと聞いてみて自発的な答えが出てこなさそうだったら、誘導していく方向に切りかえます。

どのくらいの誘導で気付けるのか評価しながらも、誘導で気付けたのならその答えを共感的に繰り返し確認していきましょう。

 

 

 少し脱線しますが、

「今日の日付」「発症日」「発症から今までの経過」を聞くことはとても重要です。

その方の「今、ここ」がどこであるのかを察することができるからです。

 

特に前頭前野に障害のある方は、自己への関心を失い、自己の時間的連続性の自覚を失っている場合が多くあります。*4

見当識障害・記憶障害によっても、昨日から今日、今日から明日、という時間の連続性・自己の連続性が失われます。

 

【その方にとっての「今、ここ」がどこにあるのか】をつかんでおくことは、介入していく上でとても重要です

私たちの「今、ここ」にいない患者さんに、「病識」をもってもらうのはとても難しいです。

その方のいる「今、ここ」では病気や事故にあう前の、元気な自分のままなのですから。

前頭葉損傷・見当識障害・記憶障害などで違う「今、ここ」にいる患者さんに対しては、なるべく現実の「今、ここ」に近いところに来てもらうようなアプローチが先に求められます。

 

脳損傷の患者さんでは、傷ついた脳が回復していく中で意識障害が晴れ、徐々に現実に近付いてくることができる方々が多くいらっしゃいます。

一方で、広範な脳損傷により意識障害が中々戻らない方や、認知症の方はそれぞれの「今、ここ」から現実へ戻ってこられない方もいらっしゃいます。

 

そのような方々には、私たち側にその方々を近付かせるのではなく、こちらから近付くケアが必要です。

優しく心地よい感覚入力をしながらも、その方の世界を壊さない声掛けを意識していきましょう。

 

 認知症の方の「気付き」「アウェアネス」、「気付きの障害への対応」については最後にまとめます!

 

体験的アウェアネスを促す際の注意点

体験的なアウェアネスを促していくことは「できない」ことに気付かせていく過程です。

今まで当たりまえにできていたことが、病気や事故によって「できない」ということに向き合ってもらうことになります。

そこには当然、強い心理的なストレスが伴ってきます。

 

Flemingら(1998)は頭部外傷者のセルフアウェアネスに関するクラスター分析から、セルフアウェアネスの高い群は仕事復帰への意欲も高いが逆に抑うつや不安の得点も高く…(中略)…また、Cooper-Evansら(2008)は、自尊感情が低いと抑うつや不安といった心理的ストレスが高く、低い自尊感情はセルフアウェアネスの高さと関係していることを示唆した。さらに、セルフアウェアネス抑うつや不安などの心理的ストレスの高さは、障害の重症度や発症からの期間には関係が見られないことも報告されている。

セルフアウェアネス心理的ストレス 岡村陽子 

 「気付き」の力が高いほど、抑うつ自尊感情の低下といった心理的ストレスを抱えやすくなります。

気付きを高めていく過程の中では、患者さんの心理・精神状態に十分に配慮をしながら進めていく必要があります。

 

予測的アウェアネス

予測的アウェアネス自身の障害・能力を理解した上で「問題が起きないように予測して対処する」ことができる状態です。

言い換えると、障害されている能力を保たれている能力で代償し、日常生活諸問題を解決するための工夫を行い環境に適応している状態です

 

この状態までくると、積極的に代償手段を用いたり、必要時に他者に助けを自分から求めることができます。

 

「気付き」に対するアプローチは、体験・フィードバックを重ねることで体験的アウェアネス→予測的アウェアネスへと気付きを深めていく事が主とされています。

 

体験の中で「こうならないためにはこうしなければならない」という原因と結果の因果関係に気付くことができれば、代償手段の獲得もそれほど難しいことではなくなるのです。

 

認知症と「病態失認」「気付きの障害」

認知症と「気付き」の問題

広義の「病態失認」を伴わない「認知症」というのはあり得ない、と考えてよい。すなわち、自身の認知状態に気付き、それを正しく「意識化」しうるということは基本的に困難なこと、と考えられる。つまり、自身の病態を「意識化」しえないと言う意味での「病態失認」は、認知症における本質的で不可欠の症状である、と想定しうる。

高次脳機能研究33(3):「気付き」の障害 大東祥孝 

 認知症であるからには、「自分は認知機能が低下している」と気付くことは困難である。

「自分自身の認知機能の低下に気付けない」という点が、認知症の本質的な部分であると大東先生は言っています。

更に大東先生は

「多様な認知症に通底するのは、記憶や認知の障害というより、再帰性意識の病態である」「記号機能の解体に伴う、主体意識の解体こそが、認知症における神経心理学的病態のきばんである」と言っています。

大東先生の言っているこの仮説から考えると、認知症と「気付き」の問題を考えやすくなります。

そのために、まずは「意識」についてまとめていきます。

 

「意識」の発生仮説

それでは「意識化」の「意識」とはなんであるのか?

大東先生がEdelmanの理論から導いている「意識化」の仮説では

「自己の特殊価値カテゴリー記憶」と「知覚カテゴリーシステム」という二つのニューロン群の間で生じる「再入力」結合が基盤となってまず【一次意識】が生じるとされます。

彼の言う「再入力」過程と言うのは、複数のニューロン群の間にまず前もって多くの神経相互入力が生じる。その状態で、個体がある外的刺激に出会うと、ニューロン群間において準備されていた入力の中から特定の相互入力が選択的に増強されることになる。すでに相互入力が形成されているニューロン群間において、新たに特定の入力が選択される過程が、エーデルマンの言う「再入力」なのである。

高次脳機能研究33(3):「気付き」の障害 大東祥孝

 

純化して言い換えます。

記憶ー感覚でニューロン間で繋がりができている状態で、ある「刺激」に出会った時、

感覚→記憶の回路の中のいくつかが選択的に選ばれて活性化します。

既につながり合ってるたくさんの回路の中から、ある刺激に際していくつが選択的に選ばれて活性化することを「再入力」と言っています。

この再入力は視床ー皮質系で動的な安定状態を保ちながら成立している【ダイナミック・コア】という巨大な機能的クラスタで生じます。*5

【ダイナミックコアを構成する神経細胞群だけが、意識体験に直接関与しています】

 

記憶ー感覚の相互入力・新たな刺激に対してあるダイナミックコアが活性化した状態によって「一次意識」が生じた、という仮説です。

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ここで発生する「一次意識」は「想起された現在」と呼ばれています。

ここからさらに高次の意識が発生するには、「言語」の介在が必要とされています。

言語の出現とともに、自己の価値カテゴリー記憶と外界からの知覚カテゴリーシステムとの間に意味的能力、統語的能力が介在して、新しい再入力が生じる。この再入力過程が、高次の意識の発現を促す。

高次の意識の発生とともに、セルフの概念や、過去・未来の概念が生じる。

高次脳機能研究33(3):「気付き」の障害 大東祥孝

 

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記憶ー知覚という繋がりが、「言語」によって意味的統語的な修飾を受けることで、初めて「高次の意識」が生じます。

 

意識のネットワーク

意識のネットワークには3種類あります。

①セイリアンスネットワーク

セイリアンスとは「他の周囲の対象に比べて突出して際立った対象」という意味です。 

セイリアンスネットワークは「動的際立ち系」とでもいうシステムであり、個体がその場その場で自身にとって重要である外的情報を際立たせ、同時にその際立ちに対応する神経ネットワークを活性化させるような「情動社会行動系」のネットワークです。*6

関係する神経基盤は前頭葉内側前部帯状回と内側底面の眼窩脳ー島皮質です。

 

エーデルマンの意識の仮説からすると、「一次意識」に相当するのがこのセイリアンスネットワークです。

 

②遂行制御ネットワーク

遂行制御ネットワークは「外へ向かう気付き」のネットワークです。

外界との知覚・運動に際して生じる「認知的問題解決」に対応する機能系で、頭頂連合野が外界からの情報をルーチンの手法で処理することが困難になった際に、前頭葉関連の遂行機能が働き始めます。

関係する神経基盤は前頭葉背外測ー頭頂葉連合野です。

 

③デフォルトモードネットワーク

デフォルトモードネットワークは「内へ向かう気付き」のネットワークです。

デフォルトモードネットワークは何らかの課題達成活動の際には沈静化しているが、安静休息状態にあって活性化し、「おそらく内界に対して志向しているであろう状態において賦活される*7ネットワークです。

この内へ向かう気付きのネットワークによって、「自分自身の状態に気付く」再帰性意識が生じます。

関係する神経基盤は皮質正中内側部構造(内側前頭葉・前部帯状回・後部帯状回・稧前部・外側側頭葉)とされています。

 

認知症と「再帰性意識」の希薄化・「記号機能の解体」

デフォルトモードネットワークによって担われる「内へ向かう気付き」=「再帰性意識」の希薄化が生じるとされています。

記号機能の対象が「自己」に及ぶと、自己=自己意識/再帰性意識、という構造化が生じるが、認知症ではこの構造が障害されるために、結果的に自己の解体が生じ、これが認知症に共通する特徴となる、と想定される。

注意と意欲の神経機構 日本高次脳機能障害学会

 

自身も認知症となった長谷川先生は、自身の症状について「色んなことが曖昧になっていく」と言っています。

この曖昧さも「自分」とは「自分と考えているこの意識である」という再帰性意識、それを担保する記号機能が徐々に解体されてきていることを象徴する感覚、と考えることもできます。

 

認知症の根幹は、感覚ー記憶の統合により生じた一次意識・そこに言語機能の装飾を受け生じる高次意識の障害、つまり、「自己意識の障害」と言い換えることができます。

 

認知症が進行していった先には、高次の意識を介さない、一次意識として立ち現れている状態があります。

時間的連続性が断たれ、純粋に感覚ー感情がリンクしている状態です。

この状態の方には、だから、「快い刺激」を入れることが必要になってきます。

 

そのあわいにいる方々に対しては、「その方がどのレベルか」を評価した関わりが大切です。

 

認知症の方に「リスク管理」を定着させるには?

とても回り道をしましたが、「リスク管理」の話をしていました!

認知症は進行性疾患であるため、最初であったとき既に「気付き」が曖昧であるならば、今後その「気付き」を深めていく事は難しいです。

 

それでも「杖を使って歩く」「移乗時ブレーキをかける」等の動作を定着させたいのなら、それは「手続き記憶」として「体で覚えてもらう」ことを試してみるのが良いと思います。

 

認知症の方でも「手続き記憶」は後期まで残ることが多いです。

ひたすら同じ動作を繰り返すことで、手続き記憶として体に覚えてもらうことが可能な場合があります。

 

認知症による認知機能低下がある方に「気を付けてくださいね」といくら言っても大した効果はありません。

それよりも、定着させたい動作を抽出し、その動作を繰り返すことの方が有効です。

 

動作の繰り返しの際には、環境設定も重要です。

歩く時は杖を使ってほしいなら、歩き出す際に杖が目立って視界に入る必要があります。

すぐに目の入る位置に、目立たせる工夫をして置いてみましょう。

 

おわりに…

リスク意識から「気付き」「意識」と大風呂敷を広げてしまいました…

この部分はまだ未解明な部分も多く、その分面白い分野でもありますので、興味のある方はぜひ色々調べてみてください。

認知症の方は「自分が自分であること」「感覚と記憶の集合体としての自己」の部分にも障害が生じている、と念頭においておくと、すこし違った見方のできる時があると思います。

認知症の方特有の「曖昧さ」「不安」に、一歩踏み込んで寄り添うことができるヒントになればうれしいです。

 

参考文献

 

*1:高次脳機能研究第32巻第3号;セルフアウェアネス心理的ストレス 岡村陽子 

*2:高次脳機能研究第32巻第3号;高次脳機能のawareness 長野友里

*3:「CBAと会話」講習会資料

*4:高次脳機能研究第36巻第2号;前頭葉損傷のリハビリテーション 渡辺修

*5:専門家医のための精神科リュミエール 注意障害

*6:注意と意欲の神経機構

*7:注意と意欲の神経機構