神経心理ピラミッド①
高次脳機能の階層性
~高次脳の土台=意識・感情~
神経心理ピラミッドは、高次脳機能の階層性を表したものです。
より高次の働きは、低次の働きが土台としてあって機能しています。
覚醒や発動性といった基礎の部分が障害されていれば、それよりも上位の機能は影響を受けます。
この階層性は、高次脳機能の回復段階を想定したものでもあります。
「記憶障害」があるからと言って、いきなり記憶から考えるのではなく、それよりも下位の機能が保たれているのかを考えます。
記憶以前に「覚醒」や「注意」に低下があるのなら、まずはそちらからアプローチしていきます。
それぞれの機能は厳格に区別して考えるべきものではなく、互いに循環し関連し合っていて、影響を与え合うと考えるのがよいとされます。*1
それでは、神経心理ピラミッドの階層を一つずつ整理していきます。
まずは高次脳の土台となる意識・感情の二つについて!!
①意識(覚醒・心的エネルギー)
神経心理ピラミッドの土台となるのが「意識」です。
この段階の機能低下は「意識障害」「易疲労性」「覚醒の低下」「反応の遅延または無反応」「目は開いているけれどぼーっとしている」、等の症状を引き起こします。
意識を見るポイントは①覚醒、②反応、③易疲労性の三つです。*2
Ruskでの神経疲労とは、以下のように定義されています。
神経疲労とは
脳損傷の結果生じた、器質性の欠損である。脳が「損傷した」「死んだ」細胞を補うために人一倍努力することにより引き起こされる「神経」の疲労。健康な細胞が、今や依然の二倍仕事をしなくてはいけなくなったわけである。…(中略)…クリアに考えることができない。あるいは考えたり行動するのに必要な精神的エネルギーが少ない。かつては自動的にできていた色々なことも、今では慎重な努力が必要となる。
例えば、次のことに前より余計にエネルギーが必要となる。①余計なことを排除する②集中する③意味を読み込む④うるさい場所で会話する⑤自分自身をモニターする、など。従ってこれらに以前より余計に時間がかかり、以前より早く精神的に疲労する。
前頭葉機能不全その先の戦略 Rusk通院プログラムと神経心理ピラミッド:立神ショウ子p83
「目が開いている」「起きている」からと言って、必ずしも「意識が清明である」とは言えないことがあります。
起きているけれど、反応が鈍い。すぐに疲れてしまう、等はこの「意識」の段階が万全ではないことによります。
②感情(抑制・発動性)
意識の上に乗っているのが「感情」です。
「感情」を見るにあたっては「喜怒哀楽」「抑制」「意欲」3つのポイントがあります。*3
感情障害と言うと抑制困難や無気力・アパシー・自発性/発動性低下が挙げられますが、感情の平板化も見逃したくないサインです。
また易怒性ばかり目につきますが、反対のパターンも生じることもあります。
本来怒りっぽかった人が、人が変わったように穏やかになった。なんてことも、大枠で見れば「感情」の障害に入ります。
あったものがなくなった(穏やかだった人が、怒りっぽくなった)
なかったものが現れた(怒りっぽかった人が、穏やかになった)
=どちらも「感情」のレベルで何かが生じた、という判断になります。
穏やかになったこと自体は大きな問題にはなりませんが、だからと言って「感情」のレベルに問題がないと判断してしまうのは危ないです。
感情レベルに問題が生じているということは、感情コントロールがうまく行えない可能性があるということです。
そのため、ほんの小さなきっかけで怒鳴りだしたり、暴れてしまう可能性も0ではないのです。
何かケアをする時、その可能性を頭の片隅に置いておくと避けることのできる騒動もあるかもしれません。
Ruskの無気力症・抑制困難症の定義もご紹介しておきます。
無気力症とは
「ダイナミズム、生き生きしていること、動きがあること」が「欠如している」ことである。従って、無気力症は精神的エネルギーへアクセスできないことを意味する。
無気力症とは以下の3つの構成要素からなる症候群である。
1.自分からできないという問題:自分から何かを始めたり、自分を活動的にさせる、ということが難しい。つまり、意志が「麻痺」している状態。
2.発想法の欠乏:アイデアの不足、一つの考えが他の考えを導かない。
3.心の自発性の欠如:顔の表情(無表情、仮面のよう、ほとんど笑わない)、ボディランゲージ(ほとんど動かない)、あるいは声の調子(抑揚の不足、ほとんど声の調子が変化しなくて「平坦」という言葉の意味に近い。モノトーン)によって、感情の動きや心の動きを表現するのが難しい。
前頭葉機能不全その先の戦略 Rusk通院プログラムと神経心理ピラミッド:立神ショウ子p85
「抑制困難症」は自己調整力に問題があること、自己を抑制することができないこと、エネルギーがありすぎて、そのエネルギーをコントロールすることができないこと、という意味である。
「抑制困難症」は以下の7つの要因からなる症候群である。
1.衝動症:衝動による欠損
①心に浮かんだことを、考えなしに、あるいは結果を考えずに言ったり行ったりすること②たくさんの思いが次から次へと頭の中を駆け巡ること③自分の番でないときに話すこと。人の話を遮ったり、人が話していても構わず話したりしてしまうこと④ふさわしくない時に冗談を言ったり小野知ったりすること。脳損傷以前だったら、その時がふさわしくないとか…(中略)…考えて自分を抑制できていたが、損傷後はそういった思いに至らない。
2.調整不良症
①あまりに激しく、あるいはあまりに早く、言ったり行ったりしてしまう事。大声で話したり、猛烈に早口で話すこと。②動作するときのエネルギーをコントロールできない。例えばドアを普通に閉じるつもりでも激しく閉じてしまう。③情緒の調節がきかないこと。または感情的に「持っていかれてしまう」こと。微笑み程度がふさわしいようなときでも、ヒステリックに笑うこと。④誇張したり、あまりにドラマチックな表現をすること。
3.フラストレーション耐性低下症
①困難や挑戦などに耐える能力が不足していること(要求の高い仕事、退屈な仕事、感情的に荷が重い仕事…(中略)…突然の変化、新しい状況などのような状況の時にそれらに耐える力が低下する)②フラストレーション耐性低下症はイライラ症と激怒症につながりうる。
4.イライラ症
これは脳損傷による器質性障害で人格の問題ではないという事の理解がまずは大事である。①脳損傷後は、簡単にイライラしやすくなる②刺激がありすぎると、イライラ症を引き起こすことがある。③小さなイライラの要因でも「払い落す」ことが難しく、それに「とらわれて」しまい、それをわきに置くことができなくなる。
5.激怒症、気性爆発症
フラストレーションや怒りの気持ちがあまりに強くなると、ただちに引き金の調節が利かなくなり、怒りの爆発が起こる。
6.多動症
身体を動かすところに生じるエネルギー過多症。…(中略)…退屈や心配が原因ではなく、エネルギーがありすぎる問題。フォーカスや集中力をなくす原因になりうる。そしてそれは記憶や、学ぶ力、学ぶ過程、そして学ぶ理由に影響する。
7.洪水症(情動・感情あるいは認知の)
情動・感情や心の混乱にあまりに圧倒され、物事をクリアに考えられなくなってしまう事。心や頭の中が「真っ白に」なること。あまりにたくさんの思いが心に去来し、それらの思いを伝えるのにどこから始めてよいか分からなくなること。何も語ることができなくなり、泣きじゃくる、固まってしまう、というふうになる。
前頭葉機能不全その先の戦略 Rusk通院プログラムと神経心理ピラミッド:立神ショウ子p88-89
感情のレベルでの障害は、単純にすぐに怒ってしまう、泣いてしまう、というだけではありません。
Ruskの定義にあるように、このレベルの障害は「エネルギーのコントロール」の問題です。
そのため、「無気力」も生じれば「エネルギー過多」も生じるのです。
どちら側に傾くかの問題で、どちらにしてもそれがいわゆる正常範囲に比して「過剰」であることに変わりない。
最初に述べたように神経心理ピラミッドの各階層は互いに影響しているので、意識がとてもクリアでなんの問題もないのに、感情コントロールだけに大きな障害がある、というような障害像は考えにくいです。
もちろん、前頭葉眼窩面のみの損傷で…等損傷部位にもよるとは思います。ただ、顕著な部分にだけ目を向けるのではなく、一旦落ち着いて全体像を見てみる必要があると思います。
本当に意識のレベルに障害はないのか?注意はどうだろう?
開眼はしているけれど、本当に覚醒は良いのか?表情をよく見て確認してみる。
刺激に対する反応は?疲れやすさはどうでしょう?
案外、起きて居られても「ぼーっとした」表情の方は多くいらっしゃいます。
ぺらぺらとずっと話していても、思考に負荷がかかるやりとりでは反応が遅延することもあります。
ただ「話す」だけでも、目的をもって「話す」とそれは「評価」になります。
何気ない普段の会話の中に、その方の高次脳を評価するきっかけがたくさんあります。
その方が見せてくれる小さなサインを、見逃さないようにしていきたいですね。
次回、神経心理ピラミッドの続き「注意」「情報処理」「記憶」までをまとめたいと思います!
参考文献紹介