ST介護職の考え事

認知症・高次脳機能・ケアについての覚え書き

認知症ケアへのElderspeakの影響【英語論文要約】〜不適切な声掛けは介護抵抗に繋がる〜

Elderspeak communication:impact on Dementia care

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

Elderspeakとは

Elderspeak(幼児化、二次的ベビートーク)は、単純な語彙と文法、短い文章、ゆっくりとした話し方、高いピッチと音量、不適切に親しみを込めた呼び方などが特徴である。
Elderspeakには、愛称で呼ぶことや、"honey ""good girl "などの不適切で親密な呼び名が含まれる。集団(複数)代名詞は、単数形が文法的に正しい場合、複数形の参照に置き換えられ、高齢者が独立して行動できないことを意味する。(例"Are we ready for our bath? "など。)"You want to get up now, don’t you ?""もう起きたいんでしょう?" といった形の質問は、居住者の回答を促すため、居住者が主体的に選択できないことを示唆する。非常に短い文章は、発話を簡略化する戦略として使用される。簡略化された語彙、文法もElderspeakにおいてよくみられる。

 

先行研究におけるElderspeakの評価

Ryanたちの研究

elderspeakが、高齢者は若い大人よりも能力が低いというステレオタイプな見方に由来し、elderspeakがそのステレオタイプを高齢者に投影していることを説明。無能であるという暗黙のメッセージを与え、高齢者たちは自尊心の低下、抑うつ、引きこもり、依存的行動といった反応を示す。

 

KemperとHardenの研究

認知機能に問題のない高齢者がエルダースピークに対して否定的な認識を持つことを確認。

Elderspeakでのコミュニケーションは恩着せがましさや卑屈さを感じさせ、指示を理解することを困難にする。エルダースピークで指示を受けた高齢者は、エルダースピークで指示を受けなかった高齢者と比べて、要求されたタスクの正確性は高くなかった。エルダースピークは、効果的なコミュニケーションを促進し、思いやりを示すことを目的としているかもしれないが、これらの目的を達成できていないことが研究によって証明されている。

エルダースピークの暗黙のメッセージは、認知症患者のウェルビーイングにとって重要な自己概念と人間性の維持にとって特に脅威となる可能性がある。エルダースピークは、認知症高齢者が維持しようと努力しているポジティブな自己概念と対立する可能性がある。また、Elderspeakは、他の人々との交流を通じて構築され維持されている自己のイメージを困難にする可能性がある。

Elderspeakに肯定的な研究
Sloaneらは、認知症の被介護者を慰めるために「パパ」のような家族的な呼び方を使用することを推奨し、Smallは、介護活動への協力を得るために集団代名詞を代用することが有効であるとし、OrangeとColton-Hudsonは、認知症の人の音声コミュニケーションの理解能力を高めるために文法や語彙の単純化、ゆっくりな話し方、アクセントピッチを推奨する。O'ConnorとRigbyは、高齢者の中には、Elderspeakの温かさや優しさを大切にする人がいることを発見しました。

 

対象・サンプル

ADLケア中の看護スタッフ(N=52)と認知症入居者(N=20)のやりとりをビデオ撮影したもの(N=80)を本研究のサンプルとした。参加した3つの認知症ケア施設の入居者と看護スタッフ(主にCNA)を募集し、入浴、食事、口腔ケア、着替えの活動中のビデオ録画についてIRB承認に基づき書面で許可を得た。

 

Elderspeak:愛称、集合代名詞の使用、文章の長さの指標として平均発話長、語彙の複雑さの指標として異なる語根に対して使用される単語の比率であるタイプトークン比を測定。

 

介護抵抗:Resistiveness to Care Scale(RTCS)16を使用。

RTCスケールは、「物をつかむ」「ノーと言う」「内転(腕や脚を体に密着させる)」「人をつかむ」「引き離す」「歯を食いしばる」「泣き叫ぶ」「背を向ける」「突き放す」「叩く・蹴る」「脅す」等の13行動を評価する。

 

結果

Elderspeakでのコミュニケーションを行うと、沈黙、普通の会話を行った時に比べ、入居者が介護抵抗を起こす確率が上がる。

Elderspeakを使うと介護抵抗の可能性が上がる

先行研究では入浴介助などパーソナルなケアの際に介護抵抗が増え、それに伴いElderspeakの使用が増加したが、今回の研究ではケア間での介護抵抗の差はなかった。

愛称の使用はケア間で使用頻度の差はなかった。集合代名詞の使用は入浴と更衣の介助で増加した。

認知症の重症度が高いと、集合代名詞の使用頻度が上がる。

介助量が多いと、集合代名詞の使用頻度が減少する。

入居者がニュートラルな状態の時に、Elderspeakが最もよく使われていた。これは各ビデオクリップの行動コーディングが、入居者が中立(入居者の行動がない)・スタッフが通常のコミュニケーション状態で開始されたことから、おそらくスタッフが入居者との会話を開始する際にElderspeakを使用したことを反映している。

 

考察

Elderspeakの使用は沈黙、普通の会話に比べ顕著に介護抵抗の確率を増加させる。認知症の方であっても、Elderspeakの孕む恩着せがましさ等は感じ取り理解し、敬意の払われた、大人としての会話への欲求が介護抵抗として現れるのではないか。

特記しておくべきこととして、普通の会話はとても少なく、Elderspeakでの会話は頻回であった。

看護師がElderspeakの使用を減らすことで、認知症の人のニーズに応え、抵抗行動を減らし、看護ケアの向上につながると考えられる。

図1:普段の会話は少なく、Elderspeakでの会話が多い

 

私的考察

介護の現場で「親しみを込めようとして」あえて崩した言葉や、人によっては「ちゃん付け」での声掛けを耳にすることがある。

この研究は、「親しみを伝えようとする」その声掛けが、認知症の方にとって「侮辱」「不愉快なもの」として受け取られている大きな可能性を示した。

 

日本語と英語の差があり、Elderspeakの例として頻回に出てくる集合代名詞の使用が、日本語においてどのようなニュアンスになるかの判断は難しく注意が必要である。(追記:日本語で小さい男の子に話しかける時、「ぼく、お名前は?」のように使う「ぼく」の使い方か?)

この論文の中では、それが「選択する能力がないことを暗に示す」とあり、入居者に選択肢を与えない声掛けになっていることが問題とされていると考えられる。

 

認知症の重症度が上がるとElderspeakが増加するのは肌感として理解しやすいが、介助量が増えるとElderspeakが減るというのが不思議な感じがする。(介助量が多い方は認知症の重症度も高いことが多いので)細かなデータが載せられていないので憶測になってしまうが、介助量の増加で声掛け自体が減り、沈黙が増えている可能性は考えられる。

図1を見ると、会話量はElderspeak>沈黙>普通の会話となっている。このことからも、介助量が増えるとより介護者が作業中心となり、無言でのケアになっている可能性がある。

 

Elderspeakを減少させる取り組みとしてCHATというプログラムが行われているようだが、プログラムの詳細はフリーの論文では読むことができずまだ私は把握できていない。ジョークや肯定的なコミュニケーションやパーソン・センタードなコミュニケーションなどが、要約にてポイントとして挙げられていた。

 

介護抵抗は適切なコミュニケーションにより減らすことができる可能性が高く、適切なコミュニケーション方法を習得していく必要がある。