ST介護職の考え事

認知症・高次脳機能・ケアについての覚え書き

刻み食・やわらかい食品は本当に食べやすいか?

今回は「刻み食」「やわらかい食品」について考えていきたいと思います。

口腔機能が低下している方に提供されることが多いこれらの食形態ですが、実は一口大での食形態よりも「食べにくさ」や「誤嚥リスク」「食べる際の疲労感」が増す

という研究結果が出ています。

配慮を行ったつもりの「刻み食」「やわらか食」で、なぜそのような結果が生じるのか?
「刻み食」「やわらか食」の特性についてまとめていきます。

 

飲み込む直前の食べ物の物性

各形態の特徴を考える前に、飲み込む直前、食べ物はどんな状態になっているかについてまず考えてみましょう。

私達は飲み込むまでに咀嚼をします。咀嚼によって食べ物を噛み砕き小さくてしていくだけでなく、唾液と混ぜ合わせることでその物性を嚥下に適した形へ変化させていきます。

人がごっくんと飲み込むことができる各物性を嚥下閾値と呼びます。

「嚥下閾値」とは何か?

人にはそれぞれ固有の嚥下閾値(swalloeing threshold)が備わっており、同一食品を同じ人に何回咀嚼させても、嚥下までにほぼ一定の咀嚼回数が得られることが知られている。 

咀嚼時の唾液分泌量の増加が嚥下誘発に及ぼす影響

 私たちは普段特別な意識をしない限り、「何回噛んだから飲み込もう」とコントロールしているわけではありません。

それにも関わらず、同じ食品を同程度の量口の中に入れると、生じる咀嚼の回数はコントロールされています。

 

これは咀嚼の回数を制御しているわけではなく、口腔内の感覚器官が食塊の物性をモニタリングしており、食塊が嚥下に適切な物性になるまで咀嚼を行っているためです。

 

この嚥下が起こる直前の物性、嚥下ができるようになった物性のことを【嚥下閾値と呼びます。

 

口腔内の感覚機能により、咀嚼開始から嚥下直前の食塊のテクスチャーは常に監視され、食塊が嚥下可能な状態になったかの評価を行っている…(中略)…咀嚼後に咽頭に送られ良好に嚥下できるように、泥状の食塊の物性は正確に監視され、咀嚼運動で調整されていることを示唆している。

 摂食嚥下障害のキュアとケア 舘村卓

 

 食塊の物性が嚥下閾値に達したかどうかを口腔内の感覚機能は監視しており、咀嚼運動により物性をコントロールしています。

 

【嚥下閾値】にかかわる物性

嚥下誘発に関わる嚥下閾値には「硬さ」「粒度」「凝集性」「粉砕度」「付着性」「流動性」「水分量」などの特性が関連するとされています。*1

全ての特性を満たすと言うよりは、【食塊全体としての物性を感知している】とされています。

 

硬さ

 硬さ応力が50kPa以下の場合,舌 や顎堤による食品の粉砕が可能であるとしている。し たがって、嚥下閾の食塊の硬さ応力 が30kPa以下の硬さ応力 を示したことは、食塊が舌によって容易に変形させらる硬さ応力になっていることを示 していると考 えられる。
これらのことから、食品の物性にかかわらず、嚥下閾の判断は、食塊の硬さ応じる力によって判断され、その判断基準として硬さ応力が30kPa以下になったことであると考えられる。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/soshaku1991/16/1/16_1_11/_pdf/-char/en

 ※応力:物体内部に生じている単位面積当たりの力

 

咀嚼により物体の「硬さ」は徐々に減少していきます。

その硬さが「30kPa以下」であることが嚥下反射誘発の条件の1つであると、前掲した論文では言われています。

 

この研究では「硬さ」が嚥下閾値に関わる物性であることを示すとともに、取難易度が高い食品ほど、硬さ応力が高いことを示しています。

言い換えれば、【食べにくい食品ほど硬い】ということです。

これはイメージしやすいと思います。

 

付着性・粉砕度・水分量
今回のテクスチャー測定では、唾液の分泌条件にかかわらず、全ての被験者について付着性の値に差が認められなかった。このことは、すべての被験者に食物の嚥下閾には食塊の付着性が重要な因子であることを示している。口腔内での食塊の付着性は、食塊の表面と歯および口腔軟組織との問の粘着力により表される。この結果は、咀嚼により摂取された食物の嚥下には、食塊の付着性が嚥下閾を決定する要因であることを示している。摂取される前の食物自身の付着性が咀嚼行動に与える影響については、塩澤らが異なる濃度のでんぷん糊用いた場合と、米飯および米飯に水を加えたものを被験食品とした場合では、食物の付着性が大 きいものほど咀嚼時間が延長すること、また、口腔内の潤滑性が低下した状態では、正常な唾液分泌状態 に比べ咀嚼時間が延長することを示している。今回結果は嚥下の時期に付着性が大きな影響を与えているという点でこれらの報告と一致している。
以上のことから、咀嚼行動する目的とする嚥下に適した状態とは個人にとって、粉砕率がある値よりも高くなっていることと、食 塊 の付着性がある値よりも小さくなっている状態と考えられる。換言すると、咀嚼は食物を粉砕しつつ、付着性が高い状態では嚥下が困難なので咀嚼を通して唾液と食物を混和させ、付着性を低下させているといえる。このように咀嚼における唾液の役割を考えた場合、食塊の水分量が嚥下に重要なのでははなく、食塊表面の水分およびその滑沢性など重要であると考えられる。

食塊の物性が嚥下閾に与える影響

付着性は「食塊が口の中にどのくらいくっつくか」という性質です。

付着性は咀嚼により食物が噛み砕かれ一塊になることで一度上昇し、その後更に咀嚼され嚥下できるとことまで低下するとされています。

もとの食品の付着性が高いほど、より唾液と混ぜ付着性を低下させる必要があり、その分咀嚼時間が増えることは理解に難しくありません。

 

www.jstage.jst.go.jp

上の論文では粒の大きさの異なるアーモンド、さらしあんに模擬唾液をまぜ口に含んでもらい、飲み込める直前まで唾液と混ぜ合わせ、嚥下直前の物性を調べています。

この研究において水分量と付着性は下図のように変化しました。

アーモンド粉砕品大以外の変化は、1度付着性が上がりその後低下していく形になっています。

(*アーモンド粉砕品大は粉砕度が不十分=粒度が高いため、水分量が増加してもひとまとまりになることができなかった。)

これは前述したように、食品が咀嚼され(=この実験内では唾液を含ませていく)一塊になる時付着性があがります。その後さらに唾液が含まれていく、つまり水分量があがることで、付着性が低下していきます。

唾液を混ぜて水分量をあげることで、嚥下可能な範囲(上のグラフでは破線)まで付着性を下げることが、咀嚼の役割の一つです。

 

そのため別の研究

咀嚼時の唾液分泌量の増加が嚥下誘発に及ぼす影響

においては、「咀嚼時の唾液分泌量が増すと、嚥下までの咀嚼回数が有意に減少する」との結果が出ています。

唾液分泌量が多ければ、食品に十分な水分量を含ませ付着性を低下させることができるため、付着性の点からは咀嚼回数が少なくて済みます。(硬さや粉砕度と分けて考えてみれば)

口腔乾燥のある高齢者は、唾液分泌量が減少しているため、より咀嚼回数が多くなっている可能性があります。

咀嚼回数が増えると、同量を摂取するのに必要な労力が増えるため、「食べる事が疲れる」という状況を生み出すリスクになります。

 

この「咀嚼回数」が、高齢者にとって「刻み食」「やわらか食」が食べやすいか?を考えるポイントになってきます。

 

刻み食は一口大よりも食べにくい

一口大の食品を刻んで提供するのは、咀嚼の負担の軽減、つまりあまり噛まなくても飲み込むことができるようにと考えてのことだと思います。

しかし、ある研究において、実際にはその配慮は真逆の効果を発揮していることが分かりました。

www.jstage.jst.go.jp

この研究では、一口大(厚さ10mm)と薄切り(一口大に1mmごとに切れ目をいれる)の咀嚼回数を比較しています。

結果、

・薄切りで咀嚼回数、咀嚼時間、筋活動時間総和、筋活動量総和が、輪切より高値を示した。(=飲み込むまでにたくさん噛む)

・1回目から5回目の筋電位振幅は薄切りが一口大よりも大きかった。(=噛み切るのに力が必要)

つまり、刻んだ食形態の方が一口大よりもたくさん咀嚼する上に、噛み切るのに力が必要だということです。

 

やわらかい食品は咀嚼回数が増加する

www.jstage.jst.go.jp

 

この研究では、洋食/和食のそれぞれ固いもの/柔らかい物の咀嚼回数、食事時間、筋電図での筋活動の計測を行っています。

結果、

・筋活動量は硬いほど高くなる

・咀嚼回数は全粥の方が米飯より多い

・やわらかい食品は咀嚼一回あたりの筋活動量は低いが、咀嚼回数が多い。その上口数(さじを口運ぶ数)が多く、食事時間が長い。

 

水分を足して柔らかくした食品は、咀嚼回数が多くなっていました。この部分に対する考察はなかったのですが、全粥に関しては粒を噛む形になるため、凝集性を高め食塊にするのに多く咀嚼要することになると考えられます。

またここでは健康な成人が被験者であり、「噛まずにたべる」やわらかい形態を噛んで食べているため、咀嚼回数が多くなっていると予測されます。

 

咀嚼回数の増加は誤嚥リスクを増加させる

ここまで、「刻み食」「やわらかい食品」が咀嚼回数を増加させる、という研究結果を見てきました。

咀嚼回数の増加が、疲労感に繋がるのはわかりやすいかと思います。

咀嚼回数が増えると、誤嚥リスクも増加していってしまいます。

 

咀嚼をする際、口とのどに境である口峡は開いています。

もぐもぐとしている間に、食塊は少しづつのどに流れ込んでいきます。これをstage II transportといいます。詳しくは下の記事を参照してください。

 

ryo-kobayashi.hatenablog.com

 

適切な量が流れ込み、適度なタイミングで嚥下反射が惹起すれば何の問題もありません。

しかし、咽頭期機能が低下している場合、嚥下反射が遅れてしまったり、咽頭にまだ残っているところに更に食塊が流れ込み溢れてしまったりする可能性が高いです。

 

咀嚼をすることで、口腔内の食塊や唾液はのどの方へ流れ込んでいきます。

そのため、その動きに対応する力が低下している方には誤嚥のリスクになってしまいます。

 

 

まとめ

・「刻み食」は咀嚼回数を増加させる上に噛みにくいため、食べるのによりエネルギーが必要な上に誤嚥リスクを増加させる。

・水分をたしてやわらかくした「やわらかい食品」は咀嚼回数を増加させるため、食事時疲労感、誤嚥リスクが上がる。

 

噛む力が低下した方には、栄養士さんと相談し、粒度と凝集性、付着性に配慮した「やわらかい食形態」を提供する必要があります。

また、咀嚼嚥下で食品を口腔内で処理している方に、丸呑みで処理するべき食形態提供してしまうと、同様の問題点やリスクが生じてしまいます。

各専門職が専門性を発揮し、口から食べる喜びをより長く続けいけるように支援していきましょう!