「耳が遠い」高齢者とのコミュニケーション方法ー老人性難聴への対応·話し方のポイント
「〇〇さん!!」と耳元に口を寄せて大きな声で声掛けをしている…。
どこの施設や病院でも、よく見る光景ですね。
他の機能と同じように、加齢によって聴力も低下していきます。
2001年なので古いデータですが、年齢を重ねると平均聴力は下がっていきます。
純音聴力検査は0dB HL=健聴成人の聞こえ始め(閾値)であるので、80代では聞こえはじめるには+30dBHL分の大きさが単純に必要になることになります。
「聞こえないなら、音を大きくすればいい」という考えは間違いではありません。
しかし、加齢による難聴=「老人性難聴」の特性を十分に把握した上での対応とは言い難いです。
高齢者は認知機能低下による注意機能障害を併せ持っていることも多く、視線での注意の誘導を行わなければ、話に注意を向けることができないこともあります。
そんな方へのコミュニケーションは、「ただ耳元で大声を出せばいい」というわけにはいきません。
老人性難聴(加齢性難聴)は「ただ聞こえない」だけではなく、特徴があります。
特徴を把握した上で、適切なコミュニケーションにつなげていきましょう!
難聴の種類
「難聴」には大きく分けて2種類あります。
・伝音難聴
・感音難聴
それぞれ説明していきます。
伝音難聴
上の図は簡単な耳の構造です。
伝音難聴は「外耳」「中耳」の障害による難聴です。
音は空気の振動です。
人は音を「聞く」には
空気の振動が鼓膜を震わせる→振動が外耳道を通り、鼓膜から耳小骨に伝わる→アブミ骨底が外リンパ液を震わせる→蝸牛の基底板の特定部分が大きく震える→内有毛細胞が倒れる→蝸牛神経の発火→内耳神経…
という過程をたどります。
赤字にした部分までが「外耳」「中耳」の働きによる部分です。
外耳・中耳は「空気の振動」を内耳の「液体の振動」に変えるまでの部分です。
ここで音=空気の振動が何等かの理由で止まってしまう・減少してしまうことが、伝音難聴の原因となります。
つまり、伝音難聴はその名前の通り、「耳の中で音を届ける・伝える・つなげる」ことができないことによる難聴です。
代表的な伝音難聴を呈する疾患は「中耳炎」です。
中耳炎は鼓膜がはれたり、鼓室の中に膿がたまることで、鼓膜の振動が減少・耳小骨が震えにくくなります。
太鼓をたたく時、すぐに太鼓の面に触れてしまったら音が小さくなったりこもったりしますよね?
鼓膜がはれたり、鼓室に膿がたまった状態は、せっかく震わせた太鼓の面に何かが触れてしまっている状態と同じです。
伝音難聴は「音のボリュームが小さくなってしまう」状態です。
そのため、伝音難聴に対しては「ボリュームを上げる=振動を大きくする」ことが有効です。
また、音は空気の振動だけでなく「骨伝導」という骨に振動を伝える方法でも聞くことができます。
伝音難聴では気導聴力は低下しますが、骨導聴力は保たれます。
伝音難聴は、補聴器を使うことがとても効果的です!!!
補聴器は入る音を大きくしてくれるので、「大きくすれば聞こえる」伝音難聴は補聴器をつけることでカバーできます。
感音難聴
感音難聴は「内耳」、その後ろの「後迷路」と言われる部分の障害による難聴です。
「振動」として耳の中を伝わってきた「音」は、内耳で内有毛細胞が倒れることによって電気信号に変えられます。
感音難聴は、その電気信号の処理がうまくいかない状態です。
感音難聴は細かく分けると、障害された部分により「内耳性難聴」「後迷路難聴」と分けることができます。
内耳性難聴は「内耳」、つまり上の図で見える構造に障害がある状態です。
内耳は音を電気信号に変え、その時に色々な処理を加えています。
つまり、「音の高さ・強さ」の分析をしています。
内耳にある蝸牛の「基底板」は底の方で幅が狭く、頂点の方で幅が広くなっています。
幅の違いがあることで、基底板が振動しやすい音の高さが変わっています。
基底板の底辺回転側は高音、頂点回転側は低音で最もよく震えるようになっています。
この基底版の揺れた場所の違いによって、音の高さの違いを把握=周波数弁別をしているのです。
一方、音の大きさは、基底板の揺れの大きさで把握しています。
基底版の揺れが大きくなることで、内有毛細胞の脱分極がより大きくなり、発生する電気信号がより大きいものになります。
内耳には「大きさ」「高さ」の分析に加え、もう一つ重要な役割があります。
それが「感度の調整」です。
上の図、蝸牛の中の「コルチ器」の中には、音を電気信号に変える1本の「内有毛細胞」に加え、3本の「外有毛細胞」があります。
この「外有毛細胞」の役割が、「音の感度の調整」です。
外有毛細胞は、働く時に細胞の長さがわずかに短縮します。
この動きによって、基底板の振動を増幅します。
つまり、外有毛細胞が反応することで、反応した音を大きくすることができます。
外有毛細胞には脳からの運動神経が繋がっていて、脳から指令が行くと外有毛細胞の運動を抑制することができます。
この指令が下ると外有毛細胞は動くことができず、入ってきた音を増幅することができなくなる=音に対する感度・周波数分析は低下します。
この外有毛細胞の働きに障害が起こると【補充現象】という症状が現れます。
補充現象とは、【音の大きさの感覚の異常】です。
音の大きさの変化を、とても過敏に感じ取ってしまいます。少し音が大きくなっただけで、とても大きくなったように感じてしまいます。
ST向けに言葉を変えると、ダイナミックレンジの低下が生じます。
(ダイナミックレンジ=ぎりぎり聞こえる大きさ~大きすぎて不快な大きさまでの、音の大きさの幅)
ちょうどよく聞こえる=聞こえやすい音の大きさの幅がとても狭くなるのです。
つまり、内耳性難聴の場合は「単純に大きくすればいい」わけではないのです!!
補充現象により、「大きくしすぎると逆に聞こえづらい(聞こえが破綻する大きさ)・大きすぎて不快」な状態が生じてしまいます…
こんな状態が生じる「内耳性難聴」に「老人性難聴」は含まれます!
そのため、「耳元で大きく」は補充現象の生じる「老人性難聴」には、あまり推奨される方法ではありません。
この辺りの対応は、後でもう一度まとめます!
感音難聴にはもう一つ、「後迷路難聴」がありました。
「迷路」とは「蝸牛」を指し、「後迷路」とは蝸牛より後ろの神経系のことを指しています。
内有毛細胞の脱分極により電気信号に変化した「音」は、その後聴覚野(へシュル回)にたどり着くまでに様々に伝導・分析がされます。
具体的には
蝸牛神経核→上オリーブ核(両耳聴処理の開始)→外側毛帯→下丘(強さの処理)→内側膝状体(高さの処理)→聴覚野(横側頭回・へシュル回)=認知的処理
内耳で音の高さや強さの分析はされますが、その情報がこの伝導路を通って脳に伝わります。
ここでの処理が不十分であることにより「語音明瞭度の低下」を生じます。
語音明瞭度とは、言葉がどのくらいはっきりと聞こえているのかの指標です。
語音明瞭度が低いと「何か話しているのは分かるけれど聞き取れない」ということが生じます。
人の言語音の違いは、周波数・大きさの違いによって生じています。
その為、周波数分析や大きさの分析が曖昧であると、「言語音がどの言語音」なのかがはっきりしなくなってしまいます。
そのため、大げさな例をだすと「人の話している言葉」が「ドナルド・ダック」が話しているような言葉に聞こえてしまいます。
「老人性難聴」は「内耳性難聴」と「後迷路難聴」両方の要素を持った難聴です。
そのため「補充現象」「語音明瞭度の低下」
この二つの要素に注意した対応をする必要があります。
「老人性難聴」の特徴・話し方のポイント
老人性難聴は基本的に両側同程度の進行性の内耳性難聴(後迷路障害含む)です。
老人性難聴では高い音ほど聞き取りにくくなります。
高齢者への話し方のポイントで「低めの声で」と言われるのは、「高い音が聞き取りにくい」老人性難聴に配慮しているからだと思います。
高い音が聞き取りにくいのに加え、先ほど挙げたように
・聞き取りやすい声の大きさの範囲が狭い=音を大きくすればいいわけではない
・言葉が聞き取りにくい・はっきり聞こえない・こもって聞こえる
特性があります。
老人性難聴の方への話し方のポイント
話し方のポイントは3つです!
①大きすぎない、低めの声で話す
高い音ほど聞き取りにくいです。
あからさまに低音にする必要はありません。
大きすぎる声は、補充現象により逆に聞き取りにくい上に不快な可能性が高いです。
またあからさまにゆっくりと話すことも、聞き取りを悪くします。
語音聴取の悪い場合、トップダウンで聞き取りを補っている場合が多いです。
言葉に変に引き延ばしやリズムを変えてしまうことで、トップダウン処理を妨げてしまう可能性があります。
②正面から口の形を見せて話す。
語音明瞭度が下がり、音だけでは何の言葉を話しているのが分かりにくくなっています。
聞き取りを助けるのに、「口の形を見せる」ことが有効です。
老人性難聴は高い音(高い周波数)が聞き取りにくくなります。
つまり、高い周波数をもつ「子音」の聞き取りが低下します。
口の形を見せることで、口の形からどの「子音」を発音しているのかのヒントを得ることができるのです。
低下した聞き取りを、「口形」という視覚情報によってトップダウンで補う方法です。
アルツハイマー型認知症と難聴を併発されている方でも、口形呈示が聞き取りを助けるという研究結果が出ています*1
「認知症だから、口の形を見せたって無駄だろう」と思わずに、正面から口の形を気持ち大げさにして話してみてください。
③冗長な言葉で話す。言葉を繰り返す。
一か所聞こえない部分があったとしても、他の部分が聞こえていれば頭の中で何を話しているのか予測することができます。
老人性難聴の方に話すときは、「代名詞を使わない」「言葉を繰り返す」と伝わりやすいです。
この配慮は認知症の方とのコミュニケーションの時にも有効です!
認知症の方のコミュニケーション特性・コミュニケーションの注意点はこちらをご覧ください。
施設・ご家庭でよくある「テレビの大音量」問題対策
老人性難聴の方は、どうしてもテレビの音量が大きくなりがちです。
その結果施設やご家庭では「テレビの音がうるさい!!!!」と他の利用者さんやご家族とトラブルになることが多くあります。
テレビの大音量問題対策案の1つとして【手元スピーカー】があります!
公式サイト: 高齢者向けテレビ用スピーカー『ミライスピーカー・ホーム』30日間返金保証
テレビの主音量を大きくするのではなく、近くに置いたこちらのスピーカーのみの音量を調節できるようになります。
商品によってはこのスピーカーにイヤホンをつけることができるものがあり、そうすると周囲へ聞こえる音はほとんどなくなります。
イヤホンの使用に抵抗がある方に対しては、手元スピーカーを目の前などにおいて、そちらのみの音量調節をしてもらう形になります。
周囲に音は聞こえますが、近くにスピーカーがある分テレビそのものの音を大きくするよりは小さい音量で聞こえるようにはなります。
1万円程度するので決して安くはないですが、施設に1台あると何かと便利ではあります。
おわりに…
「耳が遠い」からといって、「耳元で大声で話す」ことはあまりお勧めしません。
正面で目を合わせて話すことは、聞こえを助けるだけでなく、注意の誘導、安心感・信頼感の構築という視点からも最も良い形だと思います。
いつもその通りやっているから、で同じケアを続けるのではなく、
「何がその方にとってベストか?」を日々考えながらケアをしていきたいですね!
参考文献