相貌失認とカプグラ症候群
「失認」とは?
失認agnosuaは、要素的感覚の障害、知能の低下、注意の障害、失語による呼称障害、刺激に対する知識(意味記憶)のなさの、いずれにも帰することのできない、特定の感覚種に限った対象認知の障害と定義される。
失認とは、特定の感覚モダリティに限定された認知の障害です。
それは感覚の問題(見えない、聞こえない、触れた感じがしない)や知能・知識の問題(そもそもそれが何か知らない)ではない、という除外項目があります。
感覚や知能が正常であるにも関わらず、特定の感覚モダリティへの刺激を認知できない状態を指しています。
障害される刺激が視覚的な刺激であれば「視覚性失認」、触覚的刺激であれば「触覚性失認」、聴覚的な刺激であれば「聴覚性失認」と言います。
感覚入力は適切にできているので、「視覚性失認」では「見えているけれど、見えている対象が何なのか分からない」状態が生じます。
「聴覚性失認」では、「音としては聞こえているけれど、何の音なのか分からない」、
「触覚性失認」では、「触っている感覚はあるけれど、何に触っているのか分からない」ということになります。
これら「失認」は「特定の感覚モダリティ」に限ったものであるため、例えば視覚性失認は「見る」だけではそれが何か分かりませんが、言葉で説明されたり触れたりすると対象の認知が可能です。
同様に聴覚性失認では、「聞く」だけでは分かりませんが、絵や実物を見せればそれが何であるかすぐに分かります。
相貌失認
相貌失認は視覚性失認の中の一つです。
その主症状は「熟知した顔を見て、誰であるのか分からなくなる」ことです。
見ているものが「人の顔である」ということや、顔の各パーツの認識は可能です。
相貌失認は視覚性失認の一つであるため、視覚的な顔の認識は障害されますが、声を聴くと誰か判別することができます。
また相貌失認において認知障害の対象は「顔」に限られるため、髪型や服装で誰かを判別することも可能です。
相貌失認のメカニズム
視覚的に入力された「顔」の情報をコード化しまとめていくのが第一段階です。
その時に見た「顔」のイメージから、表情と独立した全体的な形状や特徴を抽出した、「相貌イメージ」へと処理していきます。
怒った顔でも笑った顔でも、表情が変わっただけで「顔自体」が変わったわけではないと判断できるのは、この処理段階があるからです。
その情報は「相貌認知(同定)ユニット」=「顔認知ユニット」に送られます。そこには特定の既知の顔と、その他の既知の顔、未知の顔との識別を可能とする視覚的な構造の情報(顔の携帯記憶)が個人単位で蓄えられています。
この「顔認知ユニット」の活性化によって、その顔に対する「既知感」が得られます。
つまり、入力された相貌イメージと、顔の形状記憶が結びつくことで「知っている顔」という既知間が生じます。
「人物の意味記憶」=「人物同一性ノード」にはその顔の持ち主ついての意味記憶が蓄えられています。
この意味記憶の段階と相貌認知ユニットには相互関係があります。
顔のイメージからその人に関する情報を思い出すこともあれば、情報から顔を思い出すこともあります。
すれちがった人の顔から「どこかで見た人だけど、どこであった人だっけ?」と考えることもあれば、「小学校の同級生の〇〇さん」と聞いて顔を思い浮かべようとすることもあるでしょう。
意味記憶→相貌認知ユニット、相貌認知ユニット→意味記憶の相互関係とはそのようなことを意味しています。
カプグラ症候群
カプグラ症候群とは「自分の周囲の既知であるはずの人たちを、そっくりであるが本物ではない人によって置き換えられたと確信する現象」*1です。
統合失調症で出現すると言われていますが、パーキンソン病・レビー小体型認知症においてもこの症状が現れることが知られています。
このカプグラ症候群が相貌失認の鏡像型であるというElisとYoungの「鏡像仮説」があります。
この仮説の中で、顔の認識には二つの経路が関わっており、一つは顕在的な経路、もう一つは潜在的な経路があるとされます。
顕在的な経路の損傷により「相貌の認識」自体が障害されたのが相貌失認。
もう一つの潜在的な経路の損傷は「相貌の認識」自体は可能であるが、既知の相貌を見た時に生じるはずの情動的な反応が生起されない。知っている顔のはずなのに、それに伴う感情が沸いてこない→顔は同じだけれど、偽物だ!となってしまう。
すなわち、顔の形態認知と情動認知の間に生じる齟齬によりこのような誤りが生じてしまうとされています。
この病態は海馬、偏桃体、帯状回といった前頭葉、側頭葉の障害によって生じると考えられています。*2
またカプグラ症候群の症例では右半球損傷有意の傾向が示されています。*3
人に対する見当識障害
利用者様がご家族様の顔を見ても誰だか分からない、ということは時々あります。
お孫さんを「息子」と言ったり、懸命に介護をしているお嫁さんを「お手伝いさん」と言ったりすることもあります。
この状態も「よく知った人の顔を判別できていない」ことになります。
カプグラ症候群のように妄想性を帯びた人物誤認を「妄想性人物誤認」と言うのに対し、認知症でよく生じるような人物誤認や人物混同は「単純性人物誤認」と言います。
この単純性人物誤認の背景には、記憶の障害や、意欲・関心のなさ(アパシー)が一つの要因であると言われます。*4
孫がいる事、孫がそれだけ大きくなったということに思いが至らない記憶の問題故に、孫を息子と間違える。
「人々の個別性」「周囲への関心」の低下から、自分の介護を行ってくれる人は皆「お手伝いさん」になってしまう。
見当識=記憶と考えてしまいがちですが、「意欲」の部分も忘れずに評価していきたいですね!
参考文献