ST介護職の考え事

認知症・高次脳機能・ケアについての覚え書き

食事の自力摂取を考える①ー失行・道具の使用障害と食事動作

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今回のテーマは

【食事の自力摂取】です。

 

介護施設、在宅での介護を行う場合は、お食事を自分で食べれるか/介助が必要か、によって介護負担が大きく変わってきます。

 

食事の自力摂取が可能かどうかの評価・判断は、

 

・道具の使用

・運動機能(麻痺・巧緻性・失調・座位の耐久性など)

・注意・覚醒・意欲(食事に集中して取り組めるか、食事時間の覚醒維持、自分で食べ始めることができるかなど)

・嚥下機能(ペーシング、咳払い等の代償手段を自力で可能か、自力摂取可能な姿勢で摂取できるだけの嚥下機能がある、など)

 

などの視点から総合的に考えていきます。

 

この記事では【道具の使用】についてまとめていきたいと思います。

 

道具の使用障害は、食事の自力摂取を妨げるか?

自力摂取の可否を評価する際の項目に「道具の使用障害」を挙げました。

しかし、「本当に、道具を使わないと自力摂取できないのか?」は一度立ち止まって考えてみていいことだと思います。

 

何故、食事をするのに道具を使わないといけないのでしょうか?

なんで手づかみで食べてはいけないのでしょうか?

その答えは「文化」「社会的通念」です。

 

日本では、食事をする際には何かしらの道具を使わなければいけない。

おにぎりやパン、お寿司など、手で食べることができる食べ物もありますが、多くの食事は箸、スプーン、フォーク(場合によってはナイフ)を使用して食べます。

 

日本の食事文化では、手を使ってたべることは基本的に「はしたないこと」とされているからです。

 

介護の現場では、スプーンがあるのに手を使って食べ始めてしまう利用者さんによくお会いします。

その様子を見かけたスタッフは駆け寄って

「○〇さん!はい!スプーンもってください!スプーンで食べましょうね!」

とスプーンを渡すか、食事を介助するかをするかと思います。

 

ここがインドやミャンマーなら、手で食べることは何の問題にもなりません。

「手で食べる」ことが当たり前の食事文化なら、「道具が使えない」ことは自力摂取を妨げる要因にはならないのです。

 

こどもならまだしも、「ちゃんとした大人」は「手づかみで食事はしない」

手づかみで食事をする方を、「ちゃんとした大人」と見なさない文化の中に私たちはいます。

だから、私たちは手づかみで食事をされることを止めます。

その方が、周りの方から「ちゃんとした大人ではない」と思われるだろうことを避け、その方の尊厳を守るためです。

 

ただの「食事動作」としてのみ「自力摂取」を考えるなら、道具が使用できなくても自力摂取は可能です。

しかし「社会的な行動」として「食事」を考える場合には、道具の使用障害は自力摂取を阻む要因となります。

 

例えばご自宅で、他人の目が無い場所で食事をするならば、手で食べることはそこまで大きな問題にはなりません。

ただ、同じことを外食でするのはその方の尊厳を傷つけることになります。

同様に、病院や施設でも個室で他の人の目がない環境で、「手で食べる」ことによって自力摂取が可能ならばその方法は考えてみる価値があると思います。

【つまんで食べられる食事を考える】のも、少し手間はかかりますが有効な方法です。

 

「自分でできる」ことを守る事も、その方の自由と尊厳を守ることに繋がります。

「道具の使用」と「自力摂取」は、社会的な面と自分でできる自由の両方の視点から考えていく必要があります。

 

使用失行と道具の使用障害

さて、ここから道具の使用障害について話を進めていきます。

単一物品の使用障害は、近年「使用失行」という言葉を使われることが多いです。

 

使用失行とは「日常慣用的に用いる道具について、知識が保たれているにも関わらず、単一で使用した場合に、左右どちらの手を使っても使用できない病態*1とされます。

 

その道具が「何」で、「何のために使うか」という知識があるにも関わらず、使うことができない状態です。

この「知識がある」という部分が、アルツハイマー認知症によって生じる「道具が使えない」状態とは異なります。

アルツハイマー認知症の方に多い「道具が使えない」状態は、失行によるものではなく意味記憶の障害であることが多いです。

 

アルツハイマー認知症による道具の使用障害とその対応

 「箸」というものの意味記憶(食事をするために使う道具である・持ち方など)が崩壊してしまうと、目の前においてある「箸」は「箸」という道具ではなく、ただの2本の棒になってしまいます。

そのため、「箸」としての使い方はできず、ただの「棒」としてお椀をたたいてみたり、ごはんに差してみたり…という行動が生じます。

 

「箸」がどんな時につかう、どんな道具か、という意味記憶が崩壊してしまったため、「箸」を見て、あるいは触れて、自発的に「箸」として使うことには困難を生じます。

しかし、このような場合にも、「手続き記憶」は保たれている場合があります。

 

手続き記憶は「体で覚えた技能の記憶」です。

毎日毎日行ってきた食事動作は、その道具の意味記憶は失われても体が覚えている可能性があります。

 

お茶碗を片手に持ってもらって、利き手に箸を持ってもらって、一口動作を誘導すると、二口目からは自分で箸を使って食事を始めることができるかもしれません。

(箸を持つのを誘導するのはとても大変ですが、スプーンでの誘導で×だけれども箸なら可能、という方もいらっしゃったので、試してみる価値はあると思います。)

 

「食具を持たせて誘導してみましょう」と、自発的に食べ始めない方への対応法でよく言われるのは、「今は食事の時間」だと分からない見当識・基盤的認知機能の問題もありますが、この手続き記憶を賦活する方法でもあります。

 

使用失行と動作区分の分類

 話が少し脱線しました。

使用失行はアルツハイマー認知症に見られるような「意味記憶の障害」ではありません。

道具の意味記憶は保たれているけれど、その道具を使用できない状態です。

 

使用失行の概念を考えるためには、「道具を使う」ということを細かく分けて考える必要があります。

 

 

道具を使う状況には「手」「道具」「対象」という3つの要素が存在します。

道具を使う場合にはこの「手」「道具」「対象」の三つがある、つまり「三者関係」が生じている場合と、「道具=対象」となり「手」、「道具=対象」の二つ「二者関係」が生じている場合に2パターンが考えられます。*2

 

二者関係とは、手と対象という二者の関係であり、対象への到達・把持動作の間は、常に二者関係にある、二者関係の対象は、「物体」あるいは「物品」であり、二者関係は「物体二者関係」と「物品二者関係」に区別できる、一般通念上の「道具」は、到達・把持動作を行っている間、二者関係で扱われるため、この間は「物品」とみなす。把持後も、次の道具としての扱い以外は、物体あるいは物品として扱う二者関係と見なす。

この一般通念上の「道具」を把持し、さらに第二の対象(道具の使用対象)に対して用いようとする、「手」-「対象(道具)」ー「第二の対象(道具の使用対象)」という縦列的関係が明確に生じている場合を三者関係とする。

※物体:対象の形状当、物理的な法則に則って扱う場合。

物品:特定の意図をもって作成されたものであり、把持の仕方等、その意図に基づいた扱われ方がある。

失行の新しい分類とADL障害;中川賀嗣;MB Med Reha No.99:23-35,2008

 

手で対象に何かをするのが「二者関係」、手で道具を使って対象に何かをするのが「三者関係」になります。

 

物体/物品二者関係と使用失行

物体二者関係は、単純にいいかえると「道具をモノとして使う」ことです。

「持つ」「握る」「つぶす」など手と物体が一体となるような行為が、物体二者関係にあたります。

 

この道具を特定の用途を持たない、ただの「モノ」として使う行為は、失行によって障害されないとされています。

 

道具には、道具としての固有性と、形状や素材などで規定される一般的な物(物体)としての二重性があって、前者が障害されても、後者の一般的な物(物体)しての理解と操作は症例1,2や以前の自験例でも保たれていたことを示している。

使用失行の発現機序について;中川賀嗣,大槻美佳,井ノ川真紀;神経心理学20;241-253,2004

 

 この「物体としての理解と操作」は生後すぐに体得する、「生得的な」動作と考えられています。*3

 

物体として扱う物体二者関係が全ての学習動作の基礎になります。

この機構に加えて左優位半球から「対象の再認情報」を加えられることで「物品二者関係」が可能になっていくとされます。

 

物品二者関係と使用失行

手の「物品」の関係を生じるには、「物品」の特性の認識が必要となります。

ボタンに対して「押す」という動作を選択する、ドアノブに対してそのドアノブの形にあった押し下げる/ひねる動作を選択するためには、物品が何かを理解し、目的・文脈に沿った動作を選択する(=意図に合わせた扱われ方をされる)必要があります。

 

この関係において生じる問題は「物品が何か分からない」ことから生じるものであり、失行には含めないとされます。

 

この部分の具体的な例として、「ボタンの押し間違い」が上記の論文には呈示されています。

例えば、テレビのリモコンのボタンを押す際に、電源ボタンの代わりに音量ボタンを誤って押した場合には、「ボタンは誤ったが、動作としては決定したボタンを正しく押した(ボタンを押すと言う動作自体は正しい)」ことになる。このような場合が、再認障害による動作内容の選択障害である。

この論文において、「物品の再認」=「物体が何か分かる」と置き換えることが可能です。

注意したいのは単にそれが何か分かる、というだけでは不十分で、【その物品の道具としての効果の知識まできちんと分かっている】必要があります。

上の例でいくと、「このボタンを押す→電源が入る」「こっちのボタンを押す→音量が上がる」という1つのボタンの持つ効果の知識を適切に賦活しアクセスできる必要があります。

 

ボタンの押し間違いは、一つ一つのボタンという「道具」の効果を十分に把握できていないために生じています。

 

ボタンという物体が呈示する形状等の情報に基づき、生得的な「押す」という動作はできても、その道具の持つ「効果」を適切に再認することができないため正しいボタンを押すことができない。

 

この「効果」も含めた「物品」の意味知識をうまく賦活できない状態は、失行とは言わない、ということを、【物品の再認障害による動作内容の選択障害】とこの論文では言っています。

(リモコン操作・電子機器の操作は失行とはまた違った機能が必要とするという論文もあります。ボタンー効果の対応の理解は、意味記憶だけでなく遂行機能等高次の機能を必要とします。*4この論文で言っているのは、失行は「使い方・操作方法」の問題であり、「目的や効果」の理解の問題ではない、ということだと考えています。

 

物品の意味記憶や行為の意味系は左半球優位に存在するとされており*5、このレベルの障害は左半球損傷で認められることが多いです。

 

この物品二者関係は「体性感覚を利用しない物品操作」とも表現されます。

このような物品操作は

「概念や知識(意味記憶)に基づいて設計図(運動企図)を発見・作成し、要素的動作から動作を組みたてて遂行すると考えられている」*6

三者関係において使用失行は生じる

 三者関係においてはじめて、「手」-「道具」-「道具の使用対象」という関係が現れます。

【道具を使って、対象に対し何かを行う】関係です。

その「道具の使い方」に誤りが生じるのが使用失行です。

使用失行では、その誤り方として、異なる道具のように用いる誤り、すなわち意味性の錯行為が生じることが指摘されてきた。その他には、保続や当惑、無反応等も指摘されている。しかし使用失行例では、こうした誤りのみでなく、三者関係動作が障害され、それに代わって道具の使用法を改めて探索しようとするような二者関係動作が見られる。

例えば、自験例ではライターをライターと正しく呼称し、たばこをつけるものと正しく説明するが、実際に火をつけられない。そのかわりにどんなふうに付けるのか考えながら、ひっくり返したり、裏を見たりといった二者関係動作が出現した。…(中略)…すなわち使用失行は、三者関係が選択的に障害された症候である可能性がある。

 失行の新しい分類とADL障害;中川賀嗣;MB Med Reha No.99:23-35,2008

 使用失行は「手」-「道具」ー「対象」の三者関係が、選択的に障害されたものとされています。

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 単一物品を正しく使用するには、手ー道具間では「正しい使用法の選択」、道具ー対象間では「正しく対象を選ぶ」必要があります。

手―道具間の「動作内容の選択障害」が、使用失行の中核とされています。

 

 物品二者関係が「体性感覚を利用しない物品操作」(主に視覚経由で感知)であったのに対し、手ー道具の関係は体性感覚を経由し行われます。

 そのため使用失行は【体性感覚情報から、使用法(動作イメージ)を喚起・駆動することの障害】

 と言い換えることができます。

道具を持った時に得られる手指肢位などの感覚情報が、その後の動作イメージ・使用法を駆動していきます。

感覚情報→動作イメージがうまくつながらないことで、誤った動作が生じてしまうことになります。

 

使用失行のリハビリテーション

 視覚経由での「物品二者関係」の障害、また、使用対象の誤りは、対象の「誤認」によると考えられています。

 「誤認」に対する対策としては、「それが何か分かるための情報をできるだけ多く提供する」ことが有効です。

 

よく認知症の方のご自宅で、電気のスイッチに「電気」と文字を貼ったりしているのを見かけますが、これも「情報を多くする」対策の1つです。

 

文字呈示・色などでの強調・関係する物品を配置する・なれた環境設定など、ヒントを多くすることによって、誤認をしにくくすることができます。

 

使用失行に関しては、「体性感覚」との関係が強く、「道具との接触」を重視した訓練の有効性が検討されています。

食事動作であれば、セラプラストをスプーンで押し広げたり、集めたりしながら、手の延長としての道具の使用を促していく方法が一つあります。

 

 
基盤的認知機能が保たれている方であれば、言語的ヒントやフィードバックが有効です。
一つ一つの動作(手首・指などの運動)を分かりやすく言語化して伝えていきましょう。
誤反応に対して徒手的誘導も有効とされています。
言語ヒントも徒手的誘導も、どちらにしても正しく効率的な動作の誘導が必要とされるため、食事動作に必要な上肢の運動を理解しておく必要があります。
 
食事動作については、また次回勉強した内容をまとめていきます。
 
参考文献
 

*1:使用失行の発現機序について;中川賀嗣,大槻美佳,井ノ川真紀;神経心理学20;241-253,2004

*2:失行の新しい分類とADL障害;中川賀嗣;MB Med Reha No.99:23-35,2008

*3:失行の新しい分類とADL障害;中川賀嗣;MB Med Reha No.99:23-35,2008

*4:アルツハイマー認知症における日用物品使用調査と「リモコン使用課題」の検討

*5:高次脳機能障害第2版 石合純夫

*6:使用失行の発現機序について