嚥下のモデルー認知症と先行期障害・その対応ー
嚥下のモデル
今回は嚥下のモデルについてまとめていきます。
嚥下のモデルには大きく「液体嚥下のモデル」と「咀嚼嚥下のモデル」があります。
まずは「液体嚥下のモデル」についてやっていきましょう!
液体嚥下のモデルには、「3期モデル」「4期モデル」「5期モデル」があります。
3期モデル、4期モデルは生理モデルです。
液体やゼリー・ペーストを丸呑みする際の嚥下動態をモデル化したものです。
注意点としては、このモデルは自由嚥下ではなく「命令嚥下」であるということです。
「命令嚥下」とはVFやMWSTの時に行う方法です。
「私が飲んでください、と言ったら飲み込んでくださいね」と教示をして飲み込んでもらいます。
3期モデルでは、その名前の通り嚥下動態が3つに分かれます。
4期モデルでは3期モデルの「口腔期」が「口腔準備期」と「口腔送り込み期」の2つに分けられています。
臨床モデルである5期モデルでは、4期モデルに「先行期」が加えられています。
ここでは実際臨床で使われることの多い5期モデルで、それぞれの「期」について説明していきます。
先行期
視覚や嗅覚によって食べ物を認知し「どのくらい」「何を」食べるかを決定する時期であり「認知期」とも呼ばれる。また「どうやって」「どの程度」食べるかを実行する段階でもあり、手や食具を用いて口に運ぶという行為も包含される。次に続く口腔準備期を調整すると考えられている。視覚や嗅覚が唾液の分泌を亢進し、食塊形成や食塊移送を促進する。また食事に関連した感覚は、例えばコップとストローで上肢や下顎、舌運動を調整するといった食事行動の運動を制御する。また環境や食事のおいしさや食欲といった要因が摂食行動や嚥下の頻度に影響する。
言語聴覚士のための摂食・嚥下障害学p32
食べ物を口に入れる前から「食事」は始まっています。
今が「食事の時間」であること、これから「食べる」ことを認識することが、スムーズ
な「食事」には必要不可欠です。
先行期の段階での食物の認知が不十分であると、認知症の方でよくある「開口拒否」が生じることあります。
「寝ている時に食べさせてはいけない」というのは、覚醒状態が悪いとこの「先行期」がほとんど働かない状態で食事をすることになるからです。
視覚や嗅覚による感覚情報で、私たちの体は「今から食べるぞ」と準備を始めます。
準備をしているところに食べ物が入ってくるので、スムーズに動けるのです。
食物の認知なしにいきなり食べ物が咽頭に入ると、嚥下反射が弱かったり、嚥下のタイミングがずれてしまうことあります。
覚醒不良で食べ物を受け入れる準備の整っていないところに食べ物を入れるのは、体にとって不意打ちをくらわされるのと同じです。
不意打ちに対応できる嚥下機能がある方ならば対応できますが、そうでない方はうまく処理できず、誤嚥してしまう可能性が高くなります。
食事時間に傾眠されてしまわれる方は、睡眠リズムの評価や離床する時間を検討してみるとよいかと思います。
食事前の離床時間が長すぎても疲れて寝てしまうかもしれませんし、直前に起こしてもうとうとしている方もいると思います。
その方にとってベストな時間は、地道な評価が必要です。
もう一つ、先行期の問題でよくあるのは「口腔期が開始しない/飲み込まない」状態です。
これは口腔期の問題ではないか?と考える新人セラピストが多いです。
実際私も新人の頃は「舌の筋力・巧緻性低下で食塊形成・食塊移送がうまくいっていない」と評価して、上司から懇切丁寧なフィードバックを頂きました。
端的に言えば、「飲み込もうとしても飲み込めない(送り込めない)」のと、「飲み込まない」のでは、起こっていることが全く違うのです。
「飲み込めない」のは口腔期の問題で、舌や頬の運動的な機能低下によるものと考えられます。
しかし「飲み込まない」「飲み込もうとする動作が生じない」のは、舌や頬の運動以前問題です。
嚥下機能が健常である私たちでも、口に食べ物が入っても口腔期が生じない時があります。
例えば、うとうとしている時に、誰かがいたずらでお菓子を口に入れたらどうでしょう
?
しっかり噛んで飲み込めるでしょうか?少し怪しいかと思います。
うとうとしている時=食物認知がしっかりできていない状態です。
この「先行期」でしっかりと食べ物を認識できていないと、そのあとの咀嚼して飲み込むまでの一連の動作は開始しないことがあります。
大切なので重ねて言いますが、
スムーズな嚥下には、食物の認知がしっかりとしていることが不可欠です!
言い換えれば「今から食べるぞ!」と準備ができている事が大切です!
代償法の1つである「嚥下の意識化」は、この先行期へのアプローチでもあります。
嚥下障害というとどうしても口腔期以降に目が向きがちですが、
「この口腔期の拙劣さは先行期の影響があるのかもしれない!」
と考えてみることはとても大切です。
以下の表に、代表的な先行期の症状をまとめています。
認知症は進行していくと嚥下の「先行期」障害を呈する代表的な疾患です。
脳血管型認知症やLewy小体型認知症で口腔期や咽頭期の障害が生じやすいのに対し、アルツハイマー型認知症では咽頭期の機能は比較的保たれやすいです。
半面、アルツハイマー型認知症では先行期の症状が前景化しやすいです。
開口拒否や口腔内へのため込みが認められるのも、進行したアルツハイマー型認知症で多い印象を持っています。
開口拒否もただ口をつぐんでしまうのか、咬反射的な反応なのかで対応が変わってきます。
開口拒否への対応
原始反射的な反応が生じてしまっているのならば、吸啜反射を利用して「吸う」動作が可能か評価してみるとよいと思います。
スプーンでの捕食が困難でも、ストローを口元にあてるとぐびぐび飲み始めるかたがいらっしゃいます。
反射的ではないけれど常時噛みしめてしまっている場合は、K-point刺激を試してみましょう。
下口唇を押し下げて、歯列をなぞりながら奥歯まで進み、奥歯のさらに奥の歯茎の部分に触れてみます。
開かない場合は左右両側試してみるとよいと思います。噛みつきには十分注意してください。
他にも下口唇を押し下げる(口腔前庭に人差し指をいれて押し下げる)、
下顎を介助して開口を促す方法(下顎体に人差し指、下顎枝に親指を添わせて回転運動を介助する)があります。
ため込みへの対応
ため込んだまま舌の動きが止まっている場合、空のスプーンで舌背を刺激してみましょう。
「口の中に食べ物がある」との認識を高めるための、刺激入力になります。
この刺激がきっかけになって、口腔期が開始されることがあります。
舌の上にマーガリンを塗るようなイメージで、舌全体を触ってみてください。
あまり奥の方を触ると咽頭反射・嘔吐反射が出てしまうリスクがあるので注意してください。
アルツハイマー型認知症の中には、奥舌が盛り上がって口の中の食べ物をのどにおくるのを阻んでいる方がいらっしゃいます。
その場合は、咽頭期の機能が保たれていることを評価したうえで、盛り上がっている奥舌を押し下げて食物を入れる方法が有効です。
咽頭まで食べ物が入ってしまえば、そこからは反射的な運動になります。
口腔期をスキップしてしまえば、口から食べることが可能な方は一定数いらっしゃいます。
スプーンで奥舌を押さえて食塊を流入させるのが難しい場合は、シリンジや、シリンジの先に吸引チューブをつけたものを用いて咽頭へ直接食べ物・液体を流入させてみると、口腔期がスキップできます。
医療・介護施設でたまに使われている「らくらくごっくん」という商品があります。
「無理やりのどまで押し込んでいる」「無理やり食べさせている」と悪名高いものではありましたが、咽頭期が保たれていて口腔期が障害されている場合や、先行期障害で奥舌での抵抗がある方に経口摂取を継続する場合には有効なことがあります。
チューブ部分を奥舌を超えた部分まで入れることで、食塊形成や食塊移送をスキップすることができるのです。
舌運動が拙劣で食べられない、という方は、咽頭期が保たれているならこれを使って経口摂取が可能になります。
奥舌が邪魔をして送り込めない、という場合も、チューブによって咽頭に直接食べ物を入れられれば、あとは嚥下機構が自動的に反射を起こし飲み込むことができます。
もちろん一口量のコントロールをしなければ窒息のリスクがありますが、
対象とする方の評価をしっかりと行ったうえであれば、経口摂取を続ける味方となる商品です。
咽頭期に障害がなく、開口幅が狭くて奥舌の抵抗があって食事介助に一苦労するような方は、一度試してみる価値はあるかと思います。
嗜好の変化
またアルツハイマー型認知症では、嗜好が甘味に偏ることが知られています。
昨今の栄養補助食品はとても甘いものが多いため、他のものは食べなくても甘いものなら食べる方ならば、栄養補助食品をフル活用して栄養を入れていくことは可能です。
進行した認知症の方には、栄養バランスよりも「とりあえずカロリーを何とかいれないと!」という状況の方も多いです。
ちゃんとしたご飯を食べなきゃいけない!と思い込んで対応すると、対応する側もご本人自身もつらく苦しくなってしまうことがあります。
そのような方の場合は、「食べてくれるものを食べてもらう」という対処が落としどころだと私は考えます。
おわりに…
先行期についてかなりの量で書かせていただきました。
というのも、先行期は本当に軽く見積もられがちですが、後に続く嚥下動作への影響がとても大きいからです!
「今から食べる」という認識を土台として、嚥下動作は開始されます。
特に認知症の方は、この認識が通常の刺激量では不十分になってしまったり、途中で途切れてしまうことがあります。
そのような方々には、「今は食事」「今、食べている」という感覚刺激を、その方に合った形式で入力し続ける必要があります。
その刺激は唇にスプーンを当ててみることだったり、目の前でだれかがご飯を食べていることだったり、上肢での動作をちょっと手伝ってもらうことだったり、人それぞれ多様です。
そんなちょっとした事をトリガーに、「今は食事」のスイッチが入ってスムーズに食べられる方々がいます。
「食べない」「止まってしまう」「口が開かない」
そのような方々への対応には頭を悩ませることも多いですが、何かしらその方のトリガーがあるはずです。
なるべく多くの方に、なるべく長く「口から食べる」「幸せ」を享受してもらえるように、大変なこともありますが試行錯誤を重ねていきましょう!
参考文献