ST介護職の考え事

認知症・高次脳機能・ケアについての覚え書き

サルコペニアによる嚥下障害と舌圧の関係ー高齢の利用者さんは何故嚥下機能が低下する?

f:id:ryok-kobayashi:20201223144118j:plain

サルコペニアによる嚥下障害

脳血管疾患の既往や神経難病等、嚥下障害を引き起こしそうな既往が無いにも関わらず、実際には嚥下に困難を抱える高齢者の方を施設ではよく目にするかと思います。

 

90歳になってもとんかつをもりもり食べている方もいれば、78歳でペースト食ミキサー粥をギャッチアップ30°で…という方もいらっしゃいます。

 

この78歳の方は、特段の既往歴がないのに、なぜ嚥下障害を生じているのか?

種々要因はあるでしょうが、要因の一つが「サルコペニアです。

 

サルコペニアとは何か?

サルコペニアとは

【進行性、全身性に認める筋肉量減少と筋力低下であり、身体機能障害、QOL低下、市のリスクを伴う】

と定義されています。*1

 

診断基準は各学会により多少の違いはありますが、

・高齢者

・歩行速度

・握力

・骨格筋量

などから診断されます。

 

 加齢以外の原因がない場合が原発サルコペニアの他の原因による場合を二次性サルコペニアとされています。

「その他の原因」には例えば廃用、低栄養、侵襲、悪液質…などが含まれます。

 

廃用とサルコペニアはどう違う?-摂食嚥下機能についてー

施設で出会う高齢者の方で、何の既往歴もないけれど摂食嚥下障害を有する方は、多くの場合「現在口から食べている」状態だと思います。

「食事をする」というそれだけで、嚥下関連筋群はしっかりと動いています。その方が食事もベッド上で一日中離床しない方であっても、嚥下関連筋群は「不使用」には陥っていません。

 

嚥下関連筋群を使っているこの状態で、他の何の病気も起きていないのに、それなのに筋力が落ちていく。

この状態が「サルコペニア」です。

 

同じ方が、肺炎になって入院したとします。

抗生剤をいっている間は絶食になってしまったとしましょう。

離床しない状況は同じですが、今回は「絶食」となっているので、今まで食事の時間働いていた嚥下関連筋群の使用頻度がぐっと落ちます。

嚥下関連筋群の「不使用」が生じます。

退院してきたら、ムセがひどくなった、食事時間が長くなった…

 

使わなかったことにより、その機能が落ちてしまった。

これが「廃用」です。

 

サルコペニアと老嚥(presbyphagia)

高齢者での嚥下機能低下には「老嚥」という概念もあります。

こちらもサルコペニアと同様に、加齢のみを原因とするものを原発性presbyphagia、疾患・活動・栄養など加齢以外の要因の絡むものを二次性presbyphagiaと分類されています。

 

舌・舌骨上筋群のサルコペニアが、presbyphagia(老嚥)に関連している。

と【サルコペニアと摂食嚥下障害】の中で若林先生は仰っています。

 

老嚥(presbyphagia)については、また詳しくまとめたいと思います。

 

サルコペニアによる嚥下障害と舌圧・口唇圧

f:id:ryok-kobayashi:20201223170245j:plain

 

 

論文+要約をご紹介させて頂きます。

Diagnostic accuracy of lip force and tongue strength for sarcopenic dysphagia in older inpatients: A cross-sectional observational study - PubMed (nih.gov)

(舌圧と口唇の筋力による高齢患者に対するサルコペニア診断の正確性ー横断的研究)

サルコペニアによる嚥下障害は舌圧、口唇の筋力低下と有意に関連する。

(カットオフ値は、男性:舌圧24.3kPa口唇力10.4N、女性:舌圧23.9kPa口唇力8.5N)

この研究で対象となったのは65歳以上の急性期病院入院患者。

Low tongue strength is associated with oral and cough-related abnormalities in older inpatients - PubMed (nih.gov)

 (高齢患者において低い舌圧は口腔・咳に関連する異常と関連している)

・低い舌圧(20kPa以下)は舌の協調性の低下、口腔通過時間の延長、咳反射、自発的咳嗽と独立した関連を有する。

The effect of tongue strength on meal consumption in long term care - PubMed (nih.gov)

 (舌圧が長期療養における食事摂取に与える影響)

・食事中に嚥下障害の徴候(ムセなど)を示した患者は、そうでない患者にくらべ有意に舌圧が低かった。

舌圧の低さは食事時間の延長、食事摂取量の減少、嚥下障害の徴候と有意に関連していた。

 

サルコペニアによる嚥下障害においては、舌圧・口唇力の低下が認められます。

サルコペニアの定義が「筋肉量低下・筋力低下」であるため、この結果は納得がいきます。

 

舌圧が低下することで食塊を送り込むのに時間を要し、結果的に食事時間が延長します。

筋力が落ちているので送り込み、食道へ押し込むのがより大変になり、疲れやすくなります。

疲れてしまうので、食事を全て食べきることが難しくなります。

摂取カロリーが落ち、低栄養となり、サルコペニアが益々進み…と悪循環が生まれてしまいます。

 

フレイルやサルコペニア予防の第一として挙げられるのは、レジスタンストレーニングです。つまりは運動、筋トレです。

ということで、続いては「舌」「口唇」の筋トレについて。

(低栄養状態での筋トレは逆効果になってしまいます。

しっかしと栄養状態を整えた上で、筋トレを行っていきましょう)

 

 舌圧トレーニング方法

 

 ぺこぱんだ
 
舌圧を高めるトレーニングで簡便なのは、このペコパンダを使う方法です。
平らな部分を前歯で噛んだ状態で、舌の前の方を上あごに押し付けます。
しっかり押し付けられると、「ぺこっ」とつぶれた感覚があります。
 
負荷を選ぶことができるため、患者さんの力に合わせて調整することが可能です!
 
舌圧子やスプーンを使う

舌圧子やスプーンで介助者が抵抗を加える方法もあります。

STはこの方法で行うことが多いかと思います。

どの部分にどの程度負荷をかけるかを調整できる故に、自分が今何を目的に行っているのかに注意しなければいけません。

 

ペコパンダの代わりとして使うならば、前舌の挙上を行うため、舌の前方中央辺りに平らにおいて抵抗を加えます。

奥に入れすぎると舌面の挙上になってしまう+咽頭反射・嘔吐反射誘発のリスクがあるため注意しましょう。

 

口唇のトレーニン

 

 

こちらのリップトレーナーは外に出る部分を介助者が引っ張って負荷を掛けます。

昔からある訓練方法でボタンに糸を通して行うものがありますが、誤飲のリスクの高いかたはこちらの方が安全かと思います。

 

 ブローイングでも口唇閉鎖を促すことができます。

長息生活も負荷を選ぶことができるため、レベル0から始めて10秒程度吹き続けることができるレベルを選びましょう。

もちろん呼吸機能訓練として行うこともできます!

 

 

*1:サルコペニアの摂食嚥下障害