認知機能の評価~長谷川式~
改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)
認知症の検査と聞いて、最初に頭に浮かぶのが長谷川式(HDS-R)ではないでしょうか?
質問項目はたったの9個。5分から10分でできる、とても簡便な検査です。
その簡便さには、「高齢者に対して実施する」ことへの長谷川先生の配慮があったようです。
体力が低下した高齢者でも答えられるよう、できるだけ短時間で行えること。ボクたちの経験では、三十分を越えるテストに耐えられる高齢者は少なく、長時間のテストは一種の持久力テストのようなものになってしまうたえ、最大限でも二十分以内にできるものが望ましいと考えました。
…(中略)…そして、これが最も重要なことですが、知的機能が正常な人なら簡単に答えられるけれども、認知症の人には回答することが難しい質問を並べることを心掛けました。つまり、やさしい質問を多くして、その問題に答えることさえ難しい高齢者を見つけだすようなテストにしようとしたのです。
持久力・耐久性ではなく、認知機能を見る事ができるように、長谷川式はできるだけ短時間でできるように作られています。
長谷川先生の気持ちを汲み取り、
長谷川式は長くても10分でとる!!
と心に決めて検査に臨んでいきましょう。
長谷川式の注意点がもう一つあります。
それは、長谷川式は「言語性」の検査だということです。
質問を言葉で聞いて、それに対して言葉で答えることが求められます
そのため、言語機能に特異的な障害がある方に長谷川式を使っても、その方の正確な認知機能を評価することはできません。
その方は認知機能の問題で質問に答えられなかったり、答えを間違ったりするわけではなく、言語機能の問題で答えられない可能性が高いからです。
「失語症の方に長谷川式をとってはいけない」
と言われるのは、失語の影響であまりに低くその方の認知機能が見積もられてしまうリスクがとても高いからです。
ただ、その方の言語機能をしっかりと評価した上でなら、長谷川式をとることが絶対に禁止されるわけではありません。
長谷川式に出てくる程度の質問であれば、理解/表出ともに言語機能の影響はないと評価した上での使用であるならば、十分にありうると思います。
長谷川式が「言語性」課題で構成されているのは、当時は脳血管疾患による認知症が多かったため、何かを書かせる問題を避けたため。また視覚が衰えた高齢者も多いので、視覚的な問題を避けた、と書かれてます。*1
この部分は長谷川式とMMSEとの違いでよく取り上げれます。
長谷川式は言語性の課題から構成されていますが、MMSEでは書字や図形の模写など視覚性の課題を含みます。
対象とする方の特性に合わせて、長谷川式をとるのか、MMSEをとるのか考える必要があります。
長谷川式概説・注意点
長谷川式は9個の質問項目からなり、ご本人の生年月日の情報をこちらが持っておけば評価が可能です。
記憶を中心とした大まかな認知機能障害の有無をとらえることを目的としています。
そのため、長谷川式は認知症の鑑別の補助検査として使用されることが多いですが、全般的な認知機能の評価や高次脳機能障害のスクリーニングとしても活用することができます。
最高得点は30点。カットオフは21点/20点です。
これは20点から認知機能低下が疑われる、という意味です。認知症であることが確定している場合は、20点以上で軽度、11-19点で中等度、10点以下で高度、とする指標もあります。
21点/20点をカットオフとした時の感度は0.93、特異度は0.86です。
感度とは認知症である人を認知症であると判断される割合を示し、特異度は認知症でない人をきちんと認知症でないと判断する割合を示します。
つまり、長谷川式でも7%は認知症と判断されずにこぼれおちてしまうことがあります。逆に14%は認知症でない人が認知症と判断されてしまうことがあり得ます。
カットオフにだけ注目して判断することは、このようなリスクがあります。
また、教育年数と知能テストの成績が高い相関を示すことは広く知られています。一般的に教育年数の影響は、加齢による影響力よりも大きいと言われています。
長谷川式の標準化データでは検査成績と学歴との相関は認めていませんが、高学歴者の検査成績は慎重に評価する必要があります。その方のもともとの知的レベルがどうだったのか、ということと合わせて解釈をする必要があります。
最後に、長谷川先生の「長谷川式」を行うにあたっての注意を引用します。
検査を行うにあたって、ぜひ注意して頂きたいことがあります。「お願いする」という姿勢をわすれないでほしいということです。検査では、簡単な暗算など、患者さんのプライドを傷つけるような質問もするわけですから、あくまで丁寧に、慎重に、お願いする姿勢を心掛けてもらいたいと思います。
また、この検査だけで認知症と判断したり、重症度を決めたりするのは危険です。教育歴の高い人は高い点数をとることがあるし、たとえ認知機能が正常でも、気力が衰えた時は低い点数が出ることもあります。テストを受けた二人の人の点数が同じでも、間違っていた箇所が違うこともよくあり、答えの中身をよく精査することも必要です。…(中略)…究極的に、認知症は「暮らしの障害」ですから、家族や介護関係者など、本人を日ごろからよく知っている方に生活の様子をうかがうなどして、総合的に判断することが何よりも大切です。
長谷川式を取って、点数を出して「認知機能が低下している」と終わらせてはいけません。
中身をよく分析し、どの機能が低下していてどこが保たれているのかを考え、それをケアに活かしていくことが必要です。
日付の見当識が曖昧ならば、カレンダーで代償できるかをみていく必要があります。
即時再生ができて遅延再生ができないなら、近時記憶に対する代償や環境調整が必要です。
点数だけに振り回されるのではなく、検査の中身をじっくり検討すること、そして何よりも、日常生活の中での評価をしっかりと行うことが大切です。
長谷川式の各項目について
①年齢:自己に対する見当識
正確な年齢が答えられれば1点が与えられます。2歳までの誤差は正答になります。
「米寿」や「年男」などの答えは0点になります。
節目の年の名称は外部から多く与えられるため、自分で認識している年齢でない可能性があるためです。
②年・月・日・曜日:時間の見当識
各項目それぞれ正答で1点ずつ与えます。一つ一つ聞いても、全部一度に聞いても良いとされています。
③今いる場所:場所の見当識
ヒント無しでの正答は2点を与えます。5秒ほど待っても自発的な表出がなければ、「ここは病院ですか?施設ですか?家ですか?」と質問します。ヒント後の正答には1点を与えます。
見当識はその方が「今、ここ」にいるのかどうか判断する重要な項目です。
①~③までをきっちりと聞いていくと検査のかっちりした感じが前面に出てしまいます。長谷川式は④以降を順番に行えば項目の順番を変えても可能ですので、①~③は会話の中で自然に聞き取ることを考えても良いと思います。
④三単語の記銘:即時記憶
3つの単語をゆっくりと区切って発音し(1単語1秒程度)、3つ全て言い終わった後に繰り返してもらいます。1つの単語ごとに1点、計3点が与えられます。
全て言えない場合、正しい答えを再教示して覚えてもらいます。(遅延再生があるため)3回以上言っても覚えられないときは、そこで打ち切り⑦遅延再生を除外します。
⑤計算問題:計算能力・ワーキングメモリー
100から7を引いていってもらいます。2回目の際に「97から7を引くと?」と聞いてはいけません。その「97」を把持することができているのかを見ているからです。
最初の計算に失敗したらそこで打ち切ります。(←MMSEとは異なるので注意)
正当1つに対し1点が与えられます。
⑥数字の逆唱:ワーキングメモリー
検査の前に「1-2-3」等で練習を行ってみるのが良いです。逆から言う、の理解が不十分の方はそのまま順唱することが多くあります。
逆唱こそ、ワーキングメモリーを見る課題です。数字を一時的に頭にとどめ、頭の中でその順番を並べ替える。「作業のために、一時的に頭に情報をとどめておく」力がワーキングメモリーです。
⑤で言うと、次の計算のために「97」という前の計算結果をとどめておくというのが、ワーキングメモリーの働きです。
⑦三単語の遅延再生:数分前の近時記憶
自発的に答えられた単語には2点。カテゴリーのヒントにより想起できた単語には1点を与えます。
検査の点数にはなりませんが、ここで「再認」できるかどうかを評価することができます。カテゴリーのヒントでも再生できなかった場合に、「羊」「猫」「犬」「うさぎ」この中のどれでしたか?というように選択肢を出してみます。
それで正答できたならば、保持まではできていたことが分かります。
⑧五つの物品記銘:即時記憶・視覚記銘力
5つの物品は名前を言いながら一つずつ並べ、並べ終わった後1つずつ指をさしてその物品の名前を言っていってもらいます。元々名前を言えないものが無いかを確認しておくためです。
物品記銘と三単語の即時再生の成績に乖離がある場合は、言語性記憶と視覚性記憶の乖離が考えられます。
視覚性記憶の方が良さそうな場合は、言葉で伝えるよりも図や絵を使った方が有効です。
⑨野菜の名前:言葉の流暢性
知っている野菜の名前をできるだけたくさん言ってもらいます。6個目から1点ずつ加点していき、最高得点は5点です。途中で言葉に詰まった場合、10秒ほど待って次がでてこないようであればそこで終了とします。
同じ野菜の名前や野菜ではないものの名前が出てきても注意することはせずに、「いいですね、どんどん言ってみてください」とサポートしていく言葉掛けが必要です。採点時に重複等を引いていきます。
ここは頭の柔軟性や発散的思考を見ています。前頭葉の機能です。
前頭葉損傷の高次脳機能障害でワーキングメモリーや語想起が低下することがあります。高次脳機能障害のスクリーニング的に使う際には、そのような見方をすると有用です。
参考文献