行動観察での記憶障害の評価-認知症の記憶障害評価-
記憶障害は認知症の中核症状の一つです。
記憶障害の程度や、残存する記憶に関する機能の特性を知ることは、その方のケアをより良いものへするために必要なことです。
しかし、多くの認知症の方に対して、既存の検査バッテリーを用いた評価は負担が大きい+教示の理解困難などで実施が困難なことが多い上、生活期の施設では検査バッテリー自体が無いことがほとんどです。
そこで今回は生活期、検査バッテリーでの評価ができなくても可能な、【コミュニケーション・行動観察による記憶障害の評価】についてまとめていきます。
評価の前に…
いきなり評価を行う前に、情報収集を行いましょう。
・服薬内容
・既往歴・現病歴・合併症、バイタル
・生活歴(出身地・家族の名前・住所など)
などなど
①服薬内容
向精神薬の使用の有無・量を確認しましょう。
過鎮静による覚醒不良により、見当識障害・記憶障害に見える言動を呈する場合もあります。
②既往歴・現病歴・合併症
「認知症」の診断がついている方の場合は、どのタイプの認知症であるかまで確認しましょう。(タイプ診断まではされていない方もいらっしゃいます)
アルツハイマー型認知症では、記憶障害(近時記憶障害)は早期から生じるとされています。
脳血管型認知症では、原因となる脳血管疾患の損傷部位や範囲により記憶障害の程度はばらつきがあります。ラクナ梗塞(小さな脳梗塞)を繰り返していったような方であれば、損傷部位が情報に載っていないことも多いです。
脳画像が見られればありがたいですが、生活期だとそんなことは滅多にないですね…。
レビー小体型認知症では、早期には記憶障害は軽度であるとされています。パーキンソン病に伴う認知症(PDD)においても、記憶障害は進行してから現れるとされています。
診断がついている方は、このようにある程度記憶障害の程度の予測ができます。
先入観は邪魔になることもありますが、ある程度の予測をもって評価にあたることは有用です。
他にもうつ病や精神疾患の有無は重要なポイントです。薬とも関連してきます。
質問に対する反応に覚えた違和感が、記憶の問題なのか、うつや精神疾患なのかに注意する必要が出てくるからです。
脱水や栄養バランスが崩れている際、全身状態の悪化時にも、覚醒が落ち見当識障害や記憶障害様の反応やせん妄症状を見せることがあります。
基礎疾患のコントロール状況がどうなのか、最近のバイタルがどうなのかを把握しておくことが重要です。
③生活歴
生活歴は記憶障害の評価で使う情報です。
こちらが正解を知っていないと、どこまでのヒントで正解できるのか/正解できないかの評価ができなくなってしまいます。
この辺りの情報は入所時に相談員さんがとってくれる情報だけでは薄いことが多いです…。
ご家族から直接聞くことができれば一番ですが、情報が取れなければある情報でできる限りの評価をしていきましょう。
記憶障害の行動観察指標
コミュニケーション・行動観察で記憶を評価する!バッテリーなんて使わない!
と言っても、何らかの基準がないと評価のしようがないですよね。
ということで、「記憶」に関する行動観察評価について紹介します。
CDRで見る記憶
臨床的認知尺度(CDR)は認知症の観察評価指標としてよく用いられています。
CDRにおける記憶項目を書き出してみます。
健康(CDR0):記憶障害無し。時に若干の物忘れ
認知症の疑い(CDR0.5):一貫した軽い物忘れ。不完全な想起。
軽度認知症(CDR1):中等度の記憶障害。特に最近の出来事に対して。日常生活に支障。
中等度認知症(CDR2):重度の記憶障害。高度に学習した記憶は保持。新しいものはすぐに忘れる。
重度認知症(CDR3):重度の記憶障害。断片的記憶のみ残存。
CDRでは「近時記憶」「手続き記憶」「長期記憶」のどの記憶が障害されているのか、という部分が評価の大きなポイントになっています。
それぞれどれがどんな記憶だったかな?ということは、前にかいた記事を参照してください。
CDR1とCDR0.5の差は「記憶障害が日常生活に支障をきたしているかどうか」が境になっています。
・薬を飲むのを忘れてしまう。飲みすぎてしまう。
・火や電気の消し忘れ。水道の閉め忘れ
・誰から電話がかかってきたか忘れる。伝言の内容を忘れる。
こんな症状は、「記憶障害」が日常生活に支障をきたしている状態です。
CDR2では近時記憶障害が著明であることが示されています。
長期記憶や手続き記憶は保持されていますが、記銘力は顕著に低下し「すぐ前のことも覚えていない」状態です。
・さっきご飯を食べたことを忘れてしまう。
・自宅の住所は言えるが今いる施設の場所は分からない
CDR3では長期記憶や手続き記憶にも障害が生じています。
認知・行動チェックリストでみる記憶
認知・行動チェックリストは、森田先生が認知機能を行動から評価するために作成されたチェックリストです。各項目を0-3点の4段階で評価します。
全ての項目は以下の論文から見ることができます。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jstroke/33/3/33_3_341/_pdf/-char/ja
今回は認知・行動チェックリストの「記憶」部分だけを取り上げます。
記憶は①近時記憶②遠隔記憶③展望記憶④手続き記憶、4つの記憶の種類に分けて評価を行います。
①近時記憶
0点:当日中の出来事の想起が全く、あるいはほとんどできない。または作話や明らかな記憶の混同が認められる。
1点:当日中の出来事を一部正確に想起可能だが、細部が曖昧(例:人や場所を誤るなど)であったり、時系列を間違えたりする。
2点:当日中の出来事の想起はおおむね保たれている。ただし2-3日以上前の出来事になると細部が曖昧であったり、時系列に誤りが見られたりして不確実になる。
3点:2-3日前の出来事想起が良く保たれている。また1-2週間程度前の新規な出来事の想起もおおむね可能である。
近時記憶の各評価は想起までの時間(干渉刺激の多さ)・内容の正確さで分けられています。
覚えてから思い出すまでに干渉刺激(邪魔)が多くなると、その分忘れてしまいやすくなります。
このような記憶の評価は、会話の中でそれとなく聞いてみることで可能です。
大切なのは「それとなく聞く」ことです。
世間話の中で、そのままの流れで聞いていって、「検査」的にならないようにしていきましょう。
②遠隔記憶
0点:発症前数か月から数年にわたる明らかな逆行健忘(発症以前の出来事の記憶障害)をみとめ、自伝的記憶が損なわれている。
1点:発症前二週間以内の逆行健忘を認める。またそれ以前の記憶、特に自伝的記憶にも不正確さや記憶錯誤を認める。
2点:発症前2週間程度の記憶にあいまいさはあるが、それ以前の記憶、特に自伝的記憶はおおむね保たれている。
3点:発症以前の記憶がおおむね保たれており、特に自伝的記憶についてはよく保たれている。
自伝的記憶とは、自分自身の人生についての記憶です。
何人兄弟の何番目で、生まれはどこで、○〇小学校に入って、大学受験に失敗して1浪して、どこの会社に入ってどんな仕事をして、何歳で転勤して…
脳に何の障害もなければ、そうそう忘れてしまうことはない記憶です。
認知症の方でも「昔の記憶は保たれる」と言われますが、この自伝的記憶も保たれやすい記憶です。
脳挫傷による健忘症候群では、「逆行性健忘」が生じこの自伝的記憶も障害されてしまうことがあります。
自伝的記憶の評価をするには、ご本人の生活歴の情報が必須です。
③展望記憶
0点:スケジュールや予定、約束事を覚えておくことができず、何かするべきことがあったこと自体再認できない。
1点:スケジュールや予定、約束事を忘れてしまうことがあるが、促せば何かするべきことがあったと想起可能。ただし内容までは自力で想起できない。
2点:スケジュールや予定、約束事を忘れてしまうことがあるが、促せば何かするべきことがあったことや、内容の想起が可能である。
3点:スケジュールや予定、約束事をたまに忘れてしまうことがあるが、日常生活上の支障となりうる問題は生じない程度にとどまる。
「再認」とは、提示された情報が記憶として保持されているものかどうかを参照する課題(脳科学辞典)です。
テストで例えると、マークシートなど正しいものを選ぶ・選択肢のある課題は「再認」の課題です。
再認ができるということは、「内容は頭の中に保持されている」ということです。
この展望記憶の0点と1点の差は、予定や約束事の存在を「記銘し保持できているか」という部分にあります。
展望記憶には「存在想起」と「内容想起」の二つが必要であり、「存在想起」は注意機能との関連も指摘されています。*1
前頭葉損傷の方で聞けば「内容想起」ができるのに、「存在想起」ができないと言う方もいらっしゃいます。
そのようなタイプの方は、記憶だけでなく注意機能の問題も考える必要があります。
④手続き記憶
0点:平均により頻回に反復練習を行っても、新しい作業手順をほとんど覚えられない。
1点:平均より頻回に反復練習を行うことで、新しい作業手順の一部を習得可能である。
2点:平均より頻回に反復練習を行うことで、新しい作業手順の習得が可能である。
3点:数回行えば、新しい作業手順をおおむね習得することができる。
平均より頻回にってどのくらい?と私も思います…。
ただ、デイサービスのアクティビティで折り紙や手作業をしていると、すぐに覚えられる方と何回同じことを繰り返しても1つ1つ教えなければいけない方が出てきますよね?
そこの差に点数で評価をつけるとすると、この段階分けが有効ではないかと思います。
認知・行動チェックリストの評価詳細は下記の本(p52-53)から抜粋しております。
CBAで見る記憶
CBAは何回かこのブログでも紹介させて頂きました、森田先生が開発した高次脳機能の評価スケールです。
以下の記事の中でCBAに触れていますので、興味のある方は御覧ください。
また、CBAの評価用紙はこちらからダウンロード可能です。
www.cba-ninchikanrenkoudou.com
CBAも森田先生が作られているので、認知・行動チェックリストの評価方法と大まかには同じです。
認知・行動チェックリストが各記憶について評価するのに対し、CBAでは「記憶」としてひとまとまりに扱っています。
まず大きく「記憶」によって日常生活に支障が生じているか否か、を評価します。
そして当日中の記憶の想起が可能であるか、曖昧かを見ます。当日中の記憶の想起が問題なく可能であるならば、4点以上です。
4点以上ならば、2-3日前の出来事の記憶の正確性を評価します。
2日前にご家族3人が面会に来たとして、「2日前・3人全員」を正確に思い出せるならば5点。時間や人(1人が違う人、人数が違う)などが曖昧ならば4点です。
まとめ
特に認知・行動チェックリスト、CBAは他の項目も検査バッテリーの使えない方・施設での高次脳機能評価にとても有用です。
点数化することで、例えばリスク意識の評価や服薬管理が可能かどうかなどの議論をするときの根拠として使うことができるようになります。
ぜひとも活用してみてください!
会話・コミュニケーションから記憶を評価していくポイントについても今後まとめていきたいと思います!
参考文献