食事の姿勢について②-食べやすい姿勢≠誤嚥しにくい姿勢
「食べやすい姿勢」「誤嚥しにくい姿勢」
特養で働いていると、食事が来たとたんにセッティングしていたリクライニング車いすの角度を90°近くに戻していくスタッフの方がたまにいらっしゃいます。
もちろん良かれと思ってのことです。
「寝たまま食べたら危ない。しっかり起きてたべないと!」
決して間違った考えではありません。
90°座位で覚醒が上がる方もいらっしゃいます。
私たちは背もたれが倒れたまま食べることはありません。背もたれが倒れたその姿勢は、私たちが食べるには食べにくい姿勢であることは確かです。
嚥下障害のある方、飲み込みが危ないと思う方の食事姿勢について考える時、一つ念頭に置いてほしいことがあります。
それは、
「食べやすい姿勢」と「誤嚥しにくい姿勢」は違う
ということです。
座って食べる姿勢(90°座位)は常食を自力摂取するのに適した姿勢です。
下顎の運動、舌の運動、食道の蠕動運動はその姿勢で最も効率よく動きます。
90°座位で食卓上の食事をしっかり認知することで、その後の上肢の運動が適切にプログラムされます。
常食の円滑な自力摂取を目指すならば、私たちが普段食べる姿勢である90°座位が適していることは間違いありません。
しかしそれは、あくまで嚥下障害が無い方についての場合です。
嚥下障害のある方の食事でまず優先されるのは、「安全に食べる」ことです。
90°座位はメリットもありますが、嚥下障害がある方にはデメリットも大きいです。
舌の力が低下していれば、食塊を水平方向に送り込むことが困難になります。
気道と食道が交差する部分が垂直であるため、食塊はその部分を重力の影響で素早く落下します。喉頭の機能に低下があると、食塊の落下速度に喉頭運動のスピードが追い付けない事態が生じます。
このようなデメリットの影響で誤嚥を生じてしまうならば、安全のため代償的な姿勢をとる必要があります。
必ずしも食べやすいわけではないけれど、障害された機能を補う代償手段として姿勢の調整があります。
代表な代償的な姿勢には「リクライニング位」「側臥位」「頸部回旋位」「頸部前屈位」などがあります。
頸部前屈位については前回まとめているのでそちらをご覧ください
リクライニング位のメリット・デメリット
90°座位とリクライニング位の違いは重力の影響によります。
90°座位では口腔内の食塊は下顎方向へ力を受けるだけで、咽頭側へ送り込むには自身の力が必要です。
リクライニング位では重力が咽頭方向へ加わります。(上の図青い矢印)
そのため、口腔内の食塊は送り込む力が弱くてもある程度自然に咽頭側へと流れています。
この方向への重力の作用は、咽頭へ食塊を送り込む助けになります。
そのメリットの反面、食塊が自分でコントロールできずに咽頭へ流れ込んでしまうことにもなります。
頸部前屈位で咽頭を広げ、とろみで流入速度を遅くする等の対策を行い、デメリットを補うことはできます。
また、咽頭でも重力の影響が生じています。
座位では上から下へと重力がかかります。
そのため咽頭残留した場合、喉頭蓋や梨状窩(上の図の青い矢印、黄色から内側へ)を乗り越えて声門下へ食塊が落ちていきやすくなります。
(ちなみに、赤い部分が食道入口部です)
リクライニング位にすることで、食塊は咽頭後壁を伝わりゆったりと食道方向へ流れています。
咽頭に残留したものにかかる重力の方向は垂直ではなく食道入口部のある方向になり、座位と比較して声門下方向へ落ちにくくなります。
もう1点。座位とリクライニング位の違いは、口の奥から食道への角度です。
上の図で言うとオレンジの矢印です。
口の奥から食道の角度は90°座位では垂直ですが、リクライニング位ではその角度が緩やかになります。
口の奥から食道への角度が緩やかになることのメリットは食塊の流入速度が遅くなることです。
食塊が口の奥から咽頭へ送り込まれると、「嚥下反射」が生じます。
喉頭が前上方へ挙上することで喉頭蓋は気道を守り、その間に舌・口蓋・咽頭の筋肉の力・重力・下咽頭の陰圧により食塊は食道へ押し込まれます。
この時、喉頭の動きよりも食塊の動きが速いとどうなるでしょう?
気道防御が不十分で無防備なところに、食べ物が現れることになります。
その結果、喉頭蓋が閉まりきらなかった隙間から食べ物が侵入し、誤嚥となってしまうことがあります。
とろみをつけることで流入速度を遅くするのと同様の考えで、リクライニングの角度をつけています。
以上のようにリクライニング位は重力や角度の影響で誤嚥防止に資する部分が大きいですが、
・重力により舌根沈下気味になる⇒喉頭蓋反転が妨げられることがある
・咽頭期嚥下の持続時間の延長
・鼻咽頭の閉鎖圧の低下
などのデメリットが生じます。
お一人お一人の障害像に合わせて、その方にとってベストな姿勢を探していく必要があります。
次回は「食事の姿勢・側臥位」についてまとめていきます。
参考文献