食事の姿勢について①-上向き·頚部伸展位はなぜ危ないか?
なぜ頸部伸展位は危ないのか
食事介助の際、「上向きにならないように」「顎が上がらないように」という注意点はどんなものにも記載してあることが多いです。
上を向いている・顎が上がっている状態を「頸部伸展」している状態と言います。
この頸部伸展位は嚥下にとても不利な姿勢です。
それは喉頭の解剖的構造に由来します。
喉頭の解剖的構造
喉の筋肉と軟骨の作りは上の図のようになっています。
軟骨組織が、複数の筋肉や腱によって吊り下げられる構造です。
舌骨を中心に考えて、上から舌骨にくっついている筋群を舌骨上筋群、舌から舌骨にくっついている筋群を舌骨下筋群と言います。
これら喉頭を支えている舌骨上筋群と舌骨下筋群の、収縮と弛緩とのバランスで喉頭は動いています。
「ごっくん」と飲み込む時、のどぼとけが上下に動きます。
のどぼとけは甲状軟骨という大きめの軟骨です。上の図では筋肉の下に埋もれて見える白い枠が甲状軟骨です。
甲状軟骨は甲状舌骨筋という筋肉で舌骨と繋がっていて、飲み込む際には一緒に前上方へと運動します。
舌骨が前上方に動くために、舌骨上筋群は収縮し、舌骨下筋群は弛緩しています。
この際もし舌骨下筋群が十分に弛緩していなかったとします。
舌骨は上方向に動きたいのに、下方向へも引っ張られている状態になります。
反対方向の力が邪魔をして、舌骨は十分な動きをすることができません。
少し話は変わりますが、筋肉が十分に収縮するには収縮するだけの長さが保たれていることが必要です。
もともと縮み切っている状態では、それ以上縮むことはできません。反対に力をかけて伸ばされている状態から縮もうとするのは、もともとの長さから縮もうとするときよりもよりたくさん力が必要になります。
もともとの筋肉の長さを生体長と言います。筋肉は生体長にあるとき、最も力を出すことができます。
さて、ここで頸部伸展位について話を戻します。
頸部伸展位では舌骨上筋群、下筋群ともにぐっと引き延ばされることになります。
両者ともに筋肉は生体長よりも引き延ばされます。
その結果舌骨上筋群は十分に収縮することができなくなります。
その上、本来弛緩しなければいけない舌骨下筋群も引き延ばされることによって、元の長さに戻ろうと収縮方向へ働いてしまいます。
舌骨上筋群は十分な出力ができない上、反対方向の力を加えられてしまいます。
上下から筋肉がくっついていて、そのバランスを調整し運動を行う喉頭の構造故に、頸部伸展位は喉頭の上方向への運動を大きく阻害することになるのです。
じゃあ頸部を前屈させればいい?
「上向きが危ないから、下を向かせて食べさせればいい」
単純に考えるとそうなります。
頸部伸展位で食べるよりは、過屈曲でも下を向かせた方が誤嚥のリスクは軽減すると思います。
ただ一言に「前屈」と言ってもいくつか種類があり、それぞれメリットとデメリットがあります。代表的な三種類をご紹介します。
①頭部屈曲位(後頭骨-C1の前屈・顎引き位)
頭を下げないで、あごだけを引いた姿勢です。
中咽頭腔全体が押しつぶされるように狭くなります。
喉頭蓋谷が狭まりますが、喉頭蓋が咽頭後壁に近付き反転できない*1との所見もあります。
咽頭収縮不良で喉頭蓋谷等に残留があるケースで、残留のクリアランスを図る際には使えるかと思います。
②頸部屈曲位(下位頸椎C1-C7の屈曲)
お辞儀をするように頸部を屈曲させる姿勢です。この際自然と頭部も屈曲してしまうことが多く、①のデメリットの影響を受けることが予測されます。
頸部屈曲のみでは喉頭蓋谷は広がりますが、頭部屈曲の要素が入ると相殺されてしまいます。
食道入口部の開大には③頸部前屈突出位よりもこの頸部屈曲位が有利だとする報告があります。
③頸部前屈突出位(下位頸椎の屈曲+やや顎を突出させる)
お辞儀をするように頸部を屈曲させ、そこかからやや顎を前に出させた姿勢です。
喉頭蓋谷、咽頭腔や梨状窩が広がります。咽頭が広がることで食塊の通路が広がり、また喉頭蓋谷が広がり食塊との粘膜の接触面積が大きくなることで、嚥下反射が起こりやすくなると言われています。*2
一人ひとりの状況に合わせて、その方に適した前屈を誘導することが必要です。
過度な前屈位は先行期~咽頭期全ての動きを阻害することになります。
食べさせる前にしっかりと姿勢を確認して、安全で快適な食事時間を提供していきたいですね!
参考文献
脳卒中の摂食嚥下障害 第3版
食べて治す!頸部聴診法と摂食嚥下リハ実践ノート