ST介護職の考え事

認知症・高次脳機能・ケアについての覚え書き

食形態の特徴と適応ー①嚥下調整食学会分類について+ミキサー食の特徴と適応

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今回から何回かにわけて各食形態の特徴と、適応についてまとめていきます。

まずは食形態を考える上でかかせない【嚥下調整食学会分類】についてご紹介した後に、ミキサー食の物性・特徴と適応について勉強したことをまとめていきます。

 

嚥下調整食学会分類2013

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食形態について考えるときに、頭に入れておいてほしい図がこちらの【嚥下調整食学会分類】です。

現状各施設で使われている「ペースト食」「ソフト食」などは、同じ名前を使っていても実態が異なることが多くあります。

そのため「ペースト食」などという名称を使わずに、食形態の統一した指標として作られたのがこの学会分類です。

各項目の説明は、以下の図を参照してください。

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嚥下調整食学会分類2013:

https://www.jsdr.or.jp/wp-content/uploads/file/doc/classification2013-manual.pdf

 

経口摂取をしていない状態から嚥下訓練を進めていく際には、コード0から始めて段階的に数字が大きい方へと形態を上げていくイメージで進んでいきます。

 

0j,0tは経口摂取をしていない方に対して、直接訓練開始時に使うようなものになります。

タンパク質は誤嚥し肺に入った場合に肺炎の温床となりやすいため、0j,0tではタンパク質含有量が少ないことが条件となっています。

1jも訓練レベル、もしくは補助栄養などで用いられることが多い印象です。

 

実際に「食事」提供されるのはコード2以上の物かと思います。

それぞれの項目のポイントは【凝集性・付着性・滑らかさ(粒の有無)・硬さ・離水の有無】です。

食事の物性を考えるときは、これらの項目は注意して見る必要があります。

 

コード2相当がミキサー食、コード3-4相当がソフト食になっていて、「刻み食」はどこにもありません。

常菜(通常の硬さのおかず)を細かくしただけの刻み食は、硬い上にばらつきやすいため、「嚥下しやすく」配慮されたものとは言えません。

そのため、「嚥下調整食」の中に「刻み」の形態は入れられていません。

 

「細かくする」ことで咀嚼を補うことにはなりますが、それ以降の【食塊形成・送り込み・嚥下】に対しては不利に働きます。

 

「細かくする」ことは咀嚼を補う、と書きはしましたが、実際にはあまりに細かくすることは逆に咀嚼しにくくなる、あまりに細かくすると逆に咀嚼が多く必要となることがあるという研究が発表されています。

www.jstage.jst.go.jp

 

「刻み食」が不要かと言われると、そういうわけではありません。

ミキサー食から形態を上げていく流れを考えた時に、粒が大きくなっても対応できるか

、ばらつきが増しても大丈夫か等を評価できますし、攪拌していない分ミキサーに比し元の食事の味が感じられます。

 

単に「咀嚼が不十分だから」という理由で刻み食を選択するのは、いったん止まって考える必要があるかと思います。

嚥下機能・咀嚼機能・食の楽しみ…様々な角度から総合的に評価して形態を考える必要があります。

 

ペースト食(ミキサー食)

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ミキサー食とは

【食事をミキサーにかけてペースト状にしたもの】と定義されています。

単にミキサーにかけるだけでは凝集性は低く、流入速度も速くなってしまう可能性が高いため、ここにとろみ剤を入れてまとまりを出している施設がほとんどだと思います。

 

「食物をミキサーにかける」工程まではどこでも同じかと思います。

とろみ剤を入れるところで、何を・どのくらい入れるかによって、ミキサー食の物性が変わってしまいます。

 

ミキサー食の物性

ミキサー食は大体コード2に当たります。

 

単純にミキサーにかけただけでは、ある程度粒は残り、滑らかにはなりません。

(学会分類の言う“粒がない”“滑らか”=ゼリーやババロアの表面のイメージです。)

とろみ剤をいれてまとまりを出すので、凝集性は高いです。つまり、まとまりがあります。

とろみ剤をいれる量により硬さと付着性が変化します。

とろみ剤を多く入れると、それだけ硬さと付着性が増加します。

 

「とろみ剤入れとけば安全でしょ!」と入れすぎると、ミキサー食にそぐわない(コード2ではない)硬さと付着性になってしまいます。

 

コード2は咀嚼が不要な形態です。舌の送り込みと、単純な食塊形成能力のみで丸のみする形態です。

硬くしすぎると、唾液を混ぜて嚥下に適した食塊を作るために咀嚼様の動作が必要になります。

安全にしようという配慮が裏目に出てしまいますので、ミキサー食に更にとろみ剤を入れるのは慎重に行う必要があります。

 

ミキサー食はゼリーに比べると付着性が高いため、流入速度は遅くなります。

 この特性はゼリーに近いタイプのソフト食とミキサー食の使い分けの重要なポイントです。

 

付着性に弱いタイプの方に対しては、ゼリーに近いタイプのソフト食の方が送り込みを補助し残留の軽減に有効と考えます。

対して流入速度に弱い(嚥下反射が遅れる、嚥下反射のタイミングがずれる)方は、ミキサー食で流入速度を遅くすることで、適切なタイミングでの嚥下反射惹起が可能となる場合があります。

ミキサー食の適応

 学会分類のコード2に求められる機能は

下顎と舌による食塊形成能力および食塊保持能力

とされています。

コード2は「口腔内の簡単な操作で食塊状になるもの」という説明があるように、コード0や1に比べると多少ばらつき・凝集性の低下があります。

それを一塊にするには、舌(場合によっては下顎を代償的に使う)の運動が必要です。

実際にはミキサー食の凝集性は複雑な舌運動を必要とするほど低くないため、若干の舌・下顎の運動が可能であれば摂取できることが多いです。

 

コード2の摂取には当然それ以下のコードで求められる機能も必要であるため、

若干の送り込み能力

もミキサー食の摂取に必要です。

 

この「送り込み能力」は、実際には代償手段により補填することが可能な部分でもあります。

咽頭期機能が保たれており口腔期にのみ重度の障害が有る場合には、シリンジの先にチューブを付けたものや、ドレッシングボトルの先を長くしたものの中にミキサー食を入れて押し出すことで摂取が可能な方もいらっしゃいます。(=口腔期をスキップする)

 
イメージとしては下の【らくらくごっくん】と同じです。
口腔での送り込みをスキップして、咽頭に直接送り込み嚥下します。

あくまで咽頭期機能が保たれていることが前提ですので、ご注意ください。 

 

逆に、ミキサー食を摂取するのに必要ではない機能は咀嚼(押しつぶし・すりつぶし)です。

簡単に言い換えれば、噛まなくていいです。

そのため舌や歯茎で押しつぶす力も弱い方は、咽頭期機能が保たれていても窒息リスクが高いためミキサー食が適当かと思います。

 

食形態変更のチェックポイント

姿勢やその他の代償手段、自力摂取/介助などほかの要素の関係もありますが、形態を含め「何かを変えなければならない」時に現れるサインをまとめてみます。

 

ソフト食や刻み食からミキサー食へ変えた方が良い所見

・いつまでももぐもぐとして飲み込まない

・口の中の残留が多い

・ガラガラ声、のどから呼吸に合わせてゴロゴロ音がする

・頻回なムセ

・微熱が続く・熱発・痰の増加

 

ミキサー食からソフト食・刻み食に上げることを考える所見

特に生活期では、病院での設定がそのままで現在の能力よりも低い形態が変えられないままの利用者さんが多くいます。

安全に食べるために「形態を下げる」ことだけ考えるのではなく、生活の質を上げるため「形態を上げる」サインも敏感にキャッチしましょう!

 

・しっかりと覚醒している(JCS1桁)

・30分以内の摂取が1週間続く(誤嚥所見なしで)

・下顎の回旋運動が生じている

・舌がふっくらとしている

・聞き取りやすい声で話せる

・力強い咳ができる

 

 

ミキサー食の特徴と適応のまとめ

ミキサー食は「若干の食塊形成を行うことで嚥下ができる」形態です。

凝集性が高く、もともとほぼ食塊となっているものを、多少寄せ集めて送り込むことで嚥下できる形態です。

付着性がゼリーに比べ高いので、流入速度はゆっくりです。

粒は多少ありますが、「濃いとろみ」の副食バージョンといったイメージです。

 

利用者さんの特性・状態に合わせて、食形態を考えていきましょう!

次回に続きます!

 

参考文献 

 

 

 

【嚥下障害の食事介助】完全側臥位法のポジショニング/メリット/デメリットー完全側臥位法は重度嚥下障害に効果的か?

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◆目次◆

 

完全側臥位法とは?完全側臥位法のポジショニング

【完全側臥位法】は嚥下機能の代償法の一つです。

咽頭の解剖学的構造と重力を利用し、「重力の作用で中~下咽頭の側壁に食塊が貯留しやすくなるように体幹側面を下にした姿勢で経口摂取する方法」と定義されています。

論文による完全側臥位の姿勢は、以下の図のように規定されています。

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重度嚥下機能障害を有する高齢者診療における完全側臥位法の有用性



ポイントは上の図に記載されている4点です。

・首の側面が真下になっている。

咽頭が水平になっている

・肩と骨盤ベッド面に対し水平になっている。

⇒肩甲帯・骨盤が立っていないと、頚部ベッド面に対し水平になりにくい。

上になっている下肢を下になっている下肢より前方に出す。上になっている下肢の下にクッションを入れる(腸骨・膝・外踝が同じ高さになるように)

=安楽肢位の考え方です。

単純に肩甲帯・骨盤を立て、下肢を伸ばしていると基底面が狭くなり不安定になります。

上になっている下肢を屈曲させ前方に出すことで、支持基底面が広がり安定します。

そのままだと足だけ落ちてしまい骨盤がねじれてしまうため、クッションを入れて高さを揃えることで、骨盤をまっすぐ立たせることができます。

・下になっている腕を前方に出す。

⇒食事中ずっと腕が圧迫されることを防ぐ。

完全側臥位法のメリット=咽頭側壁に保持できる量が増える

食塊の通り道ー誤嚥喉頭侵入

完全側臥位法のメリットは、咽頭の構造と重力が働く方向を考えることで理解できます。

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 こちらは上から喉頭を見たときの図です。

上側が前、下側が後ろです。

口腔から咽頭へ送り込まれた食塊はオレンジの矢印で示したように、喉頭蓋谷を経て左右に分かれlateral food channel→梨状窩→食道入口部へと進んでいきます。

上側真ん中の喉頭蓋谷から始まり、半円を描くように食塊は進んでいきます。

声帯に囲まれた中央の穴は気管へと繋がっています

気管(声門下)に入ってしまうと「誤嚥」になります。

気管(声門下)には入らなかったけれど、喉頭には入ったことを「喉頭侵入」と言います。

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この図で青い線を内側へ超えた時が喉頭侵入、赤い線を越えた時が誤嚥です。

 喉頭侵入・誤嚥せずに飲み込むには、食塊は青い線の外側だけを通っていく必要があります。

 

食塊の動きと重力の関係

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先ほどの図は喉を水平に切ったものでしたが、この図はのどを垂直に切った図です。

先ほどは前後に位置していた喉頭蓋」と「食道」、そして「気管」の上下の位置関係を見てみてください。

喉頭蓋」が上にあり、「食道」が下にありますね。その間に気管があります。

 

水色の矢印は食塊の動きです。

上から下へと動いていくのですが、その際気管の上を通り過ぎます。

実際の嚥下時は喉頭蓋が倒れて気管を塞ぎ、塞いだところを食塊が通っていきます。

食べ物の道と、呼吸の道が、ここで交わってしまうのです。

 

食べ物が通るタイミングで喉頭蓋がうまく閉じなかったり、閉じ方が甘かったりすると、重力によって食塊は気管の中へと落ちていきます。

 

喉頭蓋閉鎖はうまくいっても、嚥下圧が色々な理由で不十分であると喉頭蓋谷や梨状窩やに食塊が残ってしまうことがあります。

残った食塊の量が喉頭蓋谷や梨状窩で保持できる量を越えてしまうと、ここれでもまた重力により引っ張られ、食塊は気管の方へ落ちていってしまいます。

 

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つまり、「食物の通り道は上→下への道」+「重力は上から下へかかる」+「食べ物の道と呼吸の道がクロスしている」ことによって、誤嚥喉頭侵入が生じやすい構造になってしまっているのです。

完全側臥位と重力①-嚥下前誤嚥ver

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90°座位の場合、咽頭は垂直に立った状態であり、食塊は上から下へ滝の流れのようにすとんと送られてきます。

その食塊の動きのスピードに、のどの動きがついてこれないと、本来気管をふさいでいる喉頭蓋が閉じないときに、既にこの図の部分に食塊が到達してしまいます。

そうすると、赤い矢印で示したようなルートで、食塊が気管に入ってしまう危険性が高くなります。

食塊が喉頭の動きよりも速いため、嚥下反射が起こる前に生じる誤嚥を【嚥下前誤嚥】と言います。

 

この嚥下前誤嚥に対する代償法としては、

・とろみをつけて流入速度を遅くする

・リクライニング位で気道を上側にすることで、重力で食塊を食道側へ動くようにする

などの対策が知られています。

 

完全側臥位は、この嚥下前誤嚥に対し有効な代償法の1つになります。

 

咽頭側壁を真下にする姿勢をとることで、

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咽頭はこのような向きになります。

食塊は赤い矢印方向へ進みます。重力は青い矢印の方向に働きます。

完全側臥位では赤い矢印方向は水平な状態であるため、スピードが抑えられます。

また重力は気管と垂直方向に働くため、食塊が重力の影響によって気管に入ってしまうリスクが抑えられます。

 

Bedup30°でも嚥下前誤嚥が生じているような場合には、完全側臥位を試してみる価値があると思います。

 

完全側臥位と重力②-嚥下後誤嚥ver.

 

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やってみよう完全側臥位法 - 誤嚥予防と口から食べられる完全側臥位、唾液誤嚥予防の回復体位

咽頭側壁を下にした完全側臥位を取ることで、喉頭蓋谷・梨状窩に加え、咽頭側壁にもある程度食塊を保持できるようになります。

完全側臥位では重力は咽頭側壁方向に働きます。足側方向へ重力がかからなくなるため、【重力に引っ張られて溢れて気管に落ちる】ことがなくなります。

 

上の図はリクライニング位と完全側臥位で咽頭に保持できる量を比べたものです。

リクライニング位では梨状窩に3cc保持できますが、完全側臥位では梨状窩+咽頭側壁にそって15-20cc保持することができます。

(着色水の咽頭貯留量は座位(4.6 ml)に比較して完全側臥位(14.2 ml)と約3 倍に達する重度嚥下機能障害を有する高齢者診療における完全側臥位法の有用性

 

つまり、完全側臥位を取ることで、リクライニング位のおよそ3倍咽頭に保持できるようになるのです。

 

保持できる量が増えるため、

咽頭残留→溢れて誤嚥】という嚥下後誤嚥を防ぐことができる!

というのが、完全側臥位をとる大きなメリットです。

 

そのため、完全側臥位は

【嚥下後誤嚥】を生じているタイプの嚥下障害でも大きな効果を発揮します。

 

完全側臥位のデメリット

①送り込みに力が必要。

bedup30°では、口腔から咽頭にかけてなだらかな傾斜が生じます。

そのため、舌で送り込む力が弱くても、重力が食塊の送り込みを補助してくれます。

しかし、完全側臥位では口腔から咽頭が水平な状態です。

水平な状態で食塊を進めるには、舌の前後運動の力が必要です。

 

また、完全側臥位では口腔内で下側になっている頬の内側に食塊がたまりやすくなります。

重力に従い頬内側に落ちてしまう食塊を、舌の横方向の運動で舌の真ん中に持ってくる動きが必要になってきます。

その運動が不十分だと、食塊は頬の内側にごっそりとたまったまま、のどの方に送り込めなくなってしまいます。

 

完全側臥位法を使うには、ある程度の口腔機能(舌・頬)が必要です。

 

咽頭リアランスはまた別の問題

前述したように、完全側臥位では

咽頭に保持できる量が90°座位やリクライニング位に比べ増えます。

90°座位やリクライニング位で咽頭残留があふれて零れ落ちて誤嚥してしまっていたけれど、完全側臥位だとその咽頭残留が零れ落ちずに保持できる。だから誤嚥していない。

 

けれど、その後はどうでしょう?

残った咽頭残留がそのままの状態で、次の一口がはいったら?

徐々に残留量が増えていけば、保持できる量が増えていたとしても、いつかは限界を超えて溢れて気管の方へ零れ落ちていってしまいます。

 

完全側臥位は咽頭腔に保持できる量を増やしますが、咽頭リアランスの向上に寄与する方法ではありません。

咽頭残留をクリアする方法は、それぞれの場合に合わせて考えていく必要があります。

 

完全側臥位法は、あくまでも咽頭に保持できる量を増やすだけです。(その部分に対してはとても有効!)

その残留をどう処理するか、どうやって咽頭に保持できた残留をクリアするのかは、その方の機能に合わせた方法を考えなければいけません。

 

完全側臥位法は、その方に合わせた咽頭リアランス方法と合わせて用いることで、安全な経口摂取に繋がっていくものです。

 

おわりに…

完全側臥位法は

「重度嚥下障害でも安全に経口摂取ができる!」

「経口摂取を諦めていた方が、完全側臥位でなら食べれた!」

と華々しいうたい文句と一緒に喧伝されており、無敵の方法のような印象を抱く方も多いかと思います。

 

そんな魔法のような方法は、残念ながらありません。

どんな手法も「用法」「用量」が大切だと、1年目の時に教わりました。

 

完全側臥位法はどんな方もたちどころに経口摂取を可能にする魔法の方法ではありませんが、それでも適応となる方に安全な経口摂取を可能とすることができる方法です。

 

完全側臥位のメリットデメリットを知り、目の前の利用者さんの機能をしっかり評価した上で、適切に使っていきたいですね!

 

参考資料

やってみよう完全側臥位法 - 誤嚥予防と口から食べられる完全側臥位、唾液誤嚥予防の回復体位

重度嚥下機能障害を有する高齢者診療における完全側臥位法の有用性

心血管性の嚥下障害に関する論文(英文和訳)【Dysphagia as an early sign of cardiac decompensation in elderly; case report】

Dysphagia as an early sign of cardiac decompensation in elderly; case report

(高齢者の心機能低下の初期徴候としての嚥下障害:ケースレポート)

本文リンク: https://academic.oup.com/ehjcr/article/4/4/1/5859002

【導入】

  嚥下障害の定義は、嚥下の困難または水分・固形物の咽頭・食道の通過(移動)が困難であることの感覚(知覚)である。

嚥下障害は嚥下の問題である中咽頭嚥下障害と、食道への食塊移送の問題である食道性嚥下障害に分類される。

嚥下障害は高齢者には一般的な病気である。病因には胃腸系から循環器疾患まで多様な幅がある。

全体としてみると、病院は運動機能低下と機械的な妨害(閉塞)に分けられるだろう。

実際に、心室や心房といった心臓の構造物が食道を外から圧迫していることを示している心血管性嚥下障害は臨床的存在として文献が書かれているが、我々の日常的な臨床で遭遇することはめったにない。

それゆえ、我々は心機能低下と急性心不全が予測される危険な兆候を示す症状を呈し、拡張した左心房が食道を圧迫していた症例を報告する。

 

 TImeline:時系列

入院時

患者は駆出率の低下を認める虚血性の拡張型心筋症を有しており、その後液体へと進行する固形物の嚥下障害を呈していた。経胸壁心エコーで拡大した左心房と左心室の駆出率は30%であることが明らかになった。

 

 

1日目

上部消化管内視鏡検査の所見は正常であった。

詳細な病歴で特筆すべきは、嚥下障害はほとんどいつも呼吸困難に続いて生じ、それらは利尿剤の投与で解決した。

 

2日目

胸部造影CTは巨大な左心房が食道中部を後方へ移動させており、中部食道を圧迫していることを明らかにした。

拡大した心房が食道を圧迫する心機能低下を伴うサイズに拡大するという、心房または心血管性嚥下障害の診断がつけられた。

多くの専門医による判断の後、我々は保守的治療を行い、また患者に嚥下障害が生じた時にループ系利尿剤を増やすように指示した。

 

2カ月

患者の体液量は臨床的に正常範囲内であり、心機能低下のための入院は不要であった。

フロセミド80mgを二週間連続して服薬したことで改善した嚥下障害のエピソードを特筆した。

 

Case Presentation:症例紹介

 

患者は76歳の高齢男性。その後液体へと進行する固形物の嚥下障害の複数の症状を認めていた。この患者は駆出率低下と左前下行枝血管形成術を行った冠動脈疾患を有していた。

服薬情報:アスピリン100mg、ラミプリル5mg、ビソプロロール5mg、アトルバスタチン40mg、フロセミド80mg、スピロノラクトン25mg

心肺・胃腸に異常所見はなかった。胸部レントゲンでは心肥大を認めた。

安静時の12誘導心電図において、サイナスリズムは虚血性の徴候を示さなかった。

経胸壁心エコーにおいて、左心室拡大、diffuse hypokinesisに関連する収縮不全により左室駆出率は30%であった。拡大した左心房は心係数53ml/m2,縦径80mm,横径43mであり、中等度から重度の僧帽弁逆流を認めた。(図1)

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図1 心エコーでは左心房拡大と左心室の僧帽弁逆流を認めた

消化器専門医の協力で、上部消化管内視鏡検査を実施し、胃腸の異常の形跡以外は正常であると分かった。

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図2食道胃十二指腸内視鏡検査は食道通路は正常であると明らかにした

詳細な現病歴を聴取したところ、嚥下障害は11か月前から始まり、ほぼ毎回1、2日前に呼吸困難を生じており、それは利尿剤の服薬後に自然に緩解すると患者は言及した。

この症状は急性心不全がきっかけの循環血液量増加に対する利尿剤投与量調整のための過去の入院時も生じていた。

その後、機械的な妨害(閉塞)を調べるため、我々は胸部造影CTを行った。

胸部造影CTにおいて、前後径81mm,横径45mmの巨大な左心房が食道中部を後方に圧迫し移動させていることが明らかになった。(図3)

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図3

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心房の嚥下障害は拡大した左心房が容積と圧力を増し、隣接する食道を圧迫するほどの心機能低下が嚥下障害を引き起こすという概念を含んでいる。

その心房の嚥下障害の診断がついた。

この嚥下障害は体液量減少による左心房の縮小に関連すると思われる利尿剤の使用後なくなった。

複数の専門医の判断により、我々は外科的な心房切開術を避けた保存的治療を行い、患者に嚥下障害が出現したときにはループ系利尿剤を増やすように指示した。

 退院2ヶ月後、患者の血液量は正常範囲内であり、心機能低下での入院加療は必要なかった。

+80mgのフロセミドの2週間連続投与により嚥下障害が改善した症状を特筆した。

discussion:考察

昨今では、嚥下障害は平均寿命の延長や肥満・逆流性食道炎の有病率の増加といった嚥下障害に繋がるリスクファクターのために、より一般的になってきている。

実際に老年期の嚥下障害は研究を必要とする深刻な症状であり、いくつかの状況では、加齢過程に関連する脳変性に起因する神経学的機能障害と相関しており、その結果、食道蠕動が変化する可能性がある。

しかしながら、食道はその解剖学的位置といくつかの隣接する臓器への近接性のために外因性圧迫の素因が非常に高く、隣接する構造の病気が食道の通過に悪影響を与える可能性があるという事実を指摘している。

大動脈による圧迫や、我々の報告のように左心房によって食道が圧迫されなかった場合の下行大動脈による食道通過障害・心血管性嚥下障害は症例の報告があった。

それ以外の場合、オルタナー症候群として知られる心血管疾患に伴って生じる左反回神経麻痺は、心血管病変によって誘発される喉頭神経麻痺と称される。

Piccoliは、TTEにおいて左心房の前後径が8cmを越えると巨大左心房と定義した。

過去には、重大な僧帽弁狭窄症は左心房の持続的な圧負荷につながり、大規模な左心房の肥大および嚥下障害を引き起こす可能性があるとされた。

リウマチ性心疾患は僧帽弁狭窄症の主病因と考えられている。それ以上に、左心房壁の固有特性を変化させ、左心房のリモデリングと拡大をもたらす可能性がある。

心血管性嚥下障害の珍しい症例の報告に加え、我々は嚥下障害の詳細な病歴を注意深くとる重要性を強調する。我々の症例では、早期の適切な利尿剤の調整を確立し、将来の更なる入院を回避することを可能にする急性心不全の興味深い予測因子となっていた。

心血管性嚥下障害はあまり一般的ではない臨床的な存在であり、よく見逃される。

解剖学的に、左心房は食道の前に位置する。

左心房拡大は、特に非代償性心不全の水分過負荷が左心房拡大を引き起こしている際の機械的圧迫による嚥下障害の潜在的な原因となる。

 

conclusion まとめ

嚥下障害は高齢者に一般的な疾患であるが、それは心血管性嚥下障害のような珍しい臨床的な疾患の存在を明らかにするかもしれない。

詳細な病歴の聴取は関連する診断の肝であり、治療者は単純な症状がより深刻な状況を防ぐための予測因子かもしれないことを忘れてはならない。

 

私的まとめ

・珍しい症例ではあるが、心不全(左心房拡大)の進行により食道の圧迫が生じる

食道の通過に問題が生じる

食道の外部圧迫が原因だったため、食道通過は固形物>液体で困難であった。

・拡大した左心房が食道を圧迫し食道通過が困難

⇒利尿剤により体液量調整

⇒心肥大の改善

⇒食道への圧迫が軽減

⇒嚥下困難の改善

 

☆慢性心不全を持っている利用者さんを評価する際は、このような事例があることを頭に置いておく必要がありますね。

(今回の症例は左心房でしたが、下行大動脈による食道通過障害(dysphagia Aortica)の症例もありました。)

 

余談ですがこの論文にちらっと出てきた【心血管疾患に伴い生じる左反回神経麻痺】も興味深いと思いました。

cardiovocal syndromeで検索してみると、僧帽弁閉鎖不全や胸部大動脈瘤により嗄声を生じた症例などが上がってきます。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/orltokyo/55/5/55_279/_pdf/-char/ja

僧帽弁閉鎖不全症に起因したCardiovocal syndrome例

 

反回神経は食道や肺、心血管系の病変の影響を受けることが知られています。

たかが「嗄声」と思わず、その辺りの病気を疑ってみることも必要ですね。

 

※翻訳はgoogle翻訳を使いながらやっていますが、意味が多少違ったりおかしな文があるかと思います。

あくまで私の勉強用ですので、大筋の内容をつかめる程度の訳になっています。正確な翻訳が知りたい方は本文にアクセスし、Deeoleなどで訳してみてください。

食事の自力摂取を考える①ー失行・道具の使用障害と食事動作

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今回のテーマは

【食事の自力摂取】です。

 

介護施設、在宅での介護を行う場合は、お食事を自分で食べれるか/介助が必要か、によって介護負担が大きく変わってきます。

 

食事の自力摂取が可能かどうかの評価・判断は、

 

・道具の使用

・運動機能(麻痺・巧緻性・失調・座位の耐久性など)

・注意・覚醒・意欲(食事に集中して取り組めるか、食事時間の覚醒維持、自分で食べ始めることができるかなど)

・嚥下機能(ペーシング、咳払い等の代償手段を自力で可能か、自力摂取可能な姿勢で摂取できるだけの嚥下機能がある、など)

 

などの視点から総合的に考えていきます。

 

この記事では【道具の使用】についてまとめていきたいと思います。

 

道具の使用障害は、食事の自力摂取を妨げるか?

自力摂取の可否を評価する際の項目に「道具の使用障害」を挙げました。

しかし、「本当に、道具を使わないと自力摂取できないのか?」は一度立ち止まって考えてみていいことだと思います。

 

何故、食事をするのに道具を使わないといけないのでしょうか?

なんで手づかみで食べてはいけないのでしょうか?

その答えは「文化」「社会的通念」です。

 

日本では、食事をする際には何かしらの道具を使わなければいけない。

おにぎりやパン、お寿司など、手で食べることができる食べ物もありますが、多くの食事は箸、スプーン、フォーク(場合によってはナイフ)を使用して食べます。

 

日本の食事文化では、手を使ってたべることは基本的に「はしたないこと」とされているからです。

 

介護の現場では、スプーンがあるのに手を使って食べ始めてしまう利用者さんによくお会いします。

その様子を見かけたスタッフは駆け寄って

「○〇さん!はい!スプーンもってください!スプーンで食べましょうね!」

とスプーンを渡すか、食事を介助するかをするかと思います。

 

ここがインドやミャンマーなら、手で食べることは何の問題にもなりません。

「手で食べる」ことが当たり前の食事文化なら、「道具が使えない」ことは自力摂取を妨げる要因にはならないのです。

 

こどもならまだしも、「ちゃんとした大人」は「手づかみで食事はしない」

手づかみで食事をする方を、「ちゃんとした大人」と見なさない文化の中に私たちはいます。

だから、私たちは手づかみで食事をされることを止めます。

その方が、周りの方から「ちゃんとした大人ではない」と思われるだろうことを避け、その方の尊厳を守るためです。

 

ただの「食事動作」としてのみ「自力摂取」を考えるなら、道具が使用できなくても自力摂取は可能です。

しかし「社会的な行動」として「食事」を考える場合には、道具の使用障害は自力摂取を阻む要因となります。

 

例えばご自宅で、他人の目が無い場所で食事をするならば、手で食べることはそこまで大きな問題にはなりません。

ただ、同じことを外食でするのはその方の尊厳を傷つけることになります。

同様に、病院や施設でも個室で他の人の目がない環境で、「手で食べる」ことによって自力摂取が可能ならばその方法は考えてみる価値があると思います。

【つまんで食べられる食事を考える】のも、少し手間はかかりますが有効な方法です。

 

「自分でできる」ことを守る事も、その方の自由と尊厳を守ることに繋がります。

「道具の使用」と「自力摂取」は、社会的な面と自分でできる自由の両方の視点から考えていく必要があります。

 

使用失行と道具の使用障害

さて、ここから道具の使用障害について話を進めていきます。

単一物品の使用障害は、近年「使用失行」という言葉を使われることが多いです。

 

使用失行とは「日常慣用的に用いる道具について、知識が保たれているにも関わらず、単一で使用した場合に、左右どちらの手を使っても使用できない病態*1とされます。

 

その道具が「何」で、「何のために使うか」という知識があるにも関わらず、使うことができない状態です。

この「知識がある」という部分が、アルツハイマー認知症によって生じる「道具が使えない」状態とは異なります。

アルツハイマー認知症の方に多い「道具が使えない」状態は、失行によるものではなく意味記憶の障害であることが多いです。

 

アルツハイマー認知症による道具の使用障害とその対応

 「箸」というものの意味記憶(食事をするために使う道具である・持ち方など)が崩壊してしまうと、目の前においてある「箸」は「箸」という道具ではなく、ただの2本の棒になってしまいます。

そのため、「箸」としての使い方はできず、ただの「棒」としてお椀をたたいてみたり、ごはんに差してみたり…という行動が生じます。

 

「箸」がどんな時につかう、どんな道具か、という意味記憶が崩壊してしまったため、「箸」を見て、あるいは触れて、自発的に「箸」として使うことには困難を生じます。

しかし、このような場合にも、「手続き記憶」は保たれている場合があります。

 

手続き記憶は「体で覚えた技能の記憶」です。

毎日毎日行ってきた食事動作は、その道具の意味記憶は失われても体が覚えている可能性があります。

 

お茶碗を片手に持ってもらって、利き手に箸を持ってもらって、一口動作を誘導すると、二口目からは自分で箸を使って食事を始めることができるかもしれません。

(箸を持つのを誘導するのはとても大変ですが、スプーンでの誘導で×だけれども箸なら可能、という方もいらっしゃったので、試してみる価値はあると思います。)

 

「食具を持たせて誘導してみましょう」と、自発的に食べ始めない方への対応法でよく言われるのは、「今は食事の時間」だと分からない見当識・基盤的認知機能の問題もありますが、この手続き記憶を賦活する方法でもあります。

 

使用失行と動作区分の分類

 話が少し脱線しました。

使用失行はアルツハイマー認知症に見られるような「意味記憶の障害」ではありません。

道具の意味記憶は保たれているけれど、その道具を使用できない状態です。

 

使用失行の概念を考えるためには、「道具を使う」ということを細かく分けて考える必要があります。

 

 

道具を使う状況には「手」「道具」「対象」という3つの要素が存在します。

道具を使う場合にはこの「手」「道具」「対象」の三つがある、つまり「三者関係」が生じている場合と、「道具=対象」となり「手」、「道具=対象」の二つ「二者関係」が生じている場合に2パターンが考えられます。*2

 

二者関係とは、手と対象という二者の関係であり、対象への到達・把持動作の間は、常に二者関係にある、二者関係の対象は、「物体」あるいは「物品」であり、二者関係は「物体二者関係」と「物品二者関係」に区別できる、一般通念上の「道具」は、到達・把持動作を行っている間、二者関係で扱われるため、この間は「物品」とみなす。把持後も、次の道具としての扱い以外は、物体あるいは物品として扱う二者関係と見なす。

この一般通念上の「道具」を把持し、さらに第二の対象(道具の使用対象)に対して用いようとする、「手」-「対象(道具)」ー「第二の対象(道具の使用対象)」という縦列的関係が明確に生じている場合を三者関係とする。

※物体:対象の形状当、物理的な法則に則って扱う場合。

物品:特定の意図をもって作成されたものであり、把持の仕方等、その意図に基づいた扱われ方がある。

失行の新しい分類とADL障害;中川賀嗣;MB Med Reha No.99:23-35,2008

 

手で対象に何かをするのが「二者関係」、手で道具を使って対象に何かをするのが「三者関係」になります。

 

物体/物品二者関係と使用失行

物体二者関係は、単純にいいかえると「道具をモノとして使う」ことです。

「持つ」「握る」「つぶす」など手と物体が一体となるような行為が、物体二者関係にあたります。

 

この道具を特定の用途を持たない、ただの「モノ」として使う行為は、失行によって障害されないとされています。

 

道具には、道具としての固有性と、形状や素材などで規定される一般的な物(物体)としての二重性があって、前者が障害されても、後者の一般的な物(物体)しての理解と操作は症例1,2や以前の自験例でも保たれていたことを示している。

使用失行の発現機序について;中川賀嗣,大槻美佳,井ノ川真紀;神経心理学20;241-253,2004

 

 この「物体としての理解と操作」は生後すぐに体得する、「生得的な」動作と考えられています。*3

 

物体として扱う物体二者関係が全ての学習動作の基礎になります。

この機構に加えて左優位半球から「対象の再認情報」を加えられることで「物品二者関係」が可能になっていくとされます。

 

物品二者関係と使用失行

手の「物品」の関係を生じるには、「物品」の特性の認識が必要となります。

ボタンに対して「押す」という動作を選択する、ドアノブに対してそのドアノブの形にあった押し下げる/ひねる動作を選択するためには、物品が何かを理解し、目的・文脈に沿った動作を選択する(=意図に合わせた扱われ方をされる)必要があります。

 

この関係において生じる問題は「物品が何か分からない」ことから生じるものであり、失行には含めないとされます。

 

この部分の具体的な例として、「ボタンの押し間違い」が上記の論文には呈示されています。

例えば、テレビのリモコンのボタンを押す際に、電源ボタンの代わりに音量ボタンを誤って押した場合には、「ボタンは誤ったが、動作としては決定したボタンを正しく押した(ボタンを押すと言う動作自体は正しい)」ことになる。このような場合が、再認障害による動作内容の選択障害である。

この論文において、「物品の再認」=「物体が何か分かる」と置き換えることが可能です。

注意したいのは単にそれが何か分かる、というだけでは不十分で、【その物品の道具としての効果の知識まできちんと分かっている】必要があります。

上の例でいくと、「このボタンを押す→電源が入る」「こっちのボタンを押す→音量が上がる」という1つのボタンの持つ効果の知識を適切に賦活しアクセスできる必要があります。

 

ボタンの押し間違いは、一つ一つのボタンという「道具」の効果を十分に把握できていないために生じています。

 

ボタンという物体が呈示する形状等の情報に基づき、生得的な「押す」という動作はできても、その道具の持つ「効果」を適切に再認することができないため正しいボタンを押すことができない。

 

この「効果」も含めた「物品」の意味知識をうまく賦活できない状態は、失行とは言わない、ということを、【物品の再認障害による動作内容の選択障害】とこの論文では言っています。

(リモコン操作・電子機器の操作は失行とはまた違った機能が必要とするという論文もあります。ボタンー効果の対応の理解は、意味記憶だけでなく遂行機能等高次の機能を必要とします。*4この論文で言っているのは、失行は「使い方・操作方法」の問題であり、「目的や効果」の理解の問題ではない、ということだと考えています。

 

物品の意味記憶や行為の意味系は左半球優位に存在するとされており*5、このレベルの障害は左半球損傷で認められることが多いです。

 

この物品二者関係は「体性感覚を利用しない物品操作」とも表現されます。

このような物品操作は

「概念や知識(意味記憶)に基づいて設計図(運動企図)を発見・作成し、要素的動作から動作を組みたてて遂行すると考えられている」*6

三者関係において使用失行は生じる

 三者関係においてはじめて、「手」-「道具」-「道具の使用対象」という関係が現れます。

【道具を使って、対象に対し何かを行う】関係です。

その「道具の使い方」に誤りが生じるのが使用失行です。

使用失行では、その誤り方として、異なる道具のように用いる誤り、すなわち意味性の錯行為が生じることが指摘されてきた。その他には、保続や当惑、無反応等も指摘されている。しかし使用失行例では、こうした誤りのみでなく、三者関係動作が障害され、それに代わって道具の使用法を改めて探索しようとするような二者関係動作が見られる。

例えば、自験例ではライターをライターと正しく呼称し、たばこをつけるものと正しく説明するが、実際に火をつけられない。そのかわりにどんなふうに付けるのか考えながら、ひっくり返したり、裏を見たりといった二者関係動作が出現した。…(中略)…すなわち使用失行は、三者関係が選択的に障害された症候である可能性がある。

 失行の新しい分類とADL障害;中川賀嗣;MB Med Reha No.99:23-35,2008

 使用失行は「手」-「道具」ー「対象」の三者関係が、選択的に障害されたものとされています。

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 単一物品を正しく使用するには、手ー道具間では「正しい使用法の選択」、道具ー対象間では「正しく対象を選ぶ」必要があります。

手―道具間の「動作内容の選択障害」が、使用失行の中核とされています。

 

 物品二者関係が「体性感覚を利用しない物品操作」(主に視覚経由で感知)であったのに対し、手ー道具の関係は体性感覚を経由し行われます。

 そのため使用失行は【体性感覚情報から、使用法(動作イメージ)を喚起・駆動することの障害】

 と言い換えることができます。

道具を持った時に得られる手指肢位などの感覚情報が、その後の動作イメージ・使用法を駆動していきます。

感覚情報→動作イメージがうまくつながらないことで、誤った動作が生じてしまうことになります。

 

使用失行のリハビリテーション

 視覚経由での「物品二者関係」の障害、また、使用対象の誤りは、対象の「誤認」によると考えられています。

 「誤認」に対する対策としては、「それが何か分かるための情報をできるだけ多く提供する」ことが有効です。

 

よく認知症の方のご自宅で、電気のスイッチに「電気」と文字を貼ったりしているのを見かけますが、これも「情報を多くする」対策の1つです。

 

文字呈示・色などでの強調・関係する物品を配置する・なれた環境設定など、ヒントを多くすることによって、誤認をしにくくすることができます。

 

使用失行に関しては、「体性感覚」との関係が強く、「道具との接触」を重視した訓練の有効性が検討されています。

食事動作であれば、セラプラストをスプーンで押し広げたり、集めたりしながら、手の延長としての道具の使用を促していく方法が一つあります。

 

 
基盤的認知機能が保たれている方であれば、言語的ヒントやフィードバックが有効です。
一つ一つの動作(手首・指などの運動)を分かりやすく言語化して伝えていきましょう。
誤反応に対して徒手的誘導も有効とされています。
言語ヒントも徒手的誘導も、どちらにしても正しく効率的な動作の誘導が必要とされるため、食事動作に必要な上肢の運動を理解しておく必要があります。
 
食事動作については、また次回勉強した内容をまとめていきます。
 
参考文献
 

*1:使用失行の発現機序について;中川賀嗣,大槻美佳,井ノ川真紀;神経心理学20;241-253,2004

*2:失行の新しい分類とADL障害;中川賀嗣;MB Med Reha No.99:23-35,2008

*3:失行の新しい分類とADL障害;中川賀嗣;MB Med Reha No.99:23-35,2008

*4:アルツハイマー認知症における日用物品使用調査と「リモコン使用課題」の検討

*5:高次脳機能障害第2版 石合純夫

*6:使用失行の発現機序について

【特養STが選ぶ】生活を見据えた高次脳機能障害対応(リハビリ)おすすめの本

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高次脳機能障害】の生活支援に関するおすすめの本

 

今回はまた本のご紹介です!

テーマは「生活を見据えた高次脳機能障害支援」

 

◆目次◆

 

「数唱の桁が増えたところで、キャンセレーションが速くミスなくなったところで、この患者さんは家で今まで通りに生活できるの?元の仕事に戻れるの?そこはどう評価して、どういうプランを考えてるの?」

 

1年目の夏。何もわかっていないまま、教科書通り記憶障害があるからこれ、注意障害があるからこれ、と机上課題を行った際、すぐにコーチから指導を受けました。

 

【実際の生活につなげるアプローチ】を、養成校では実はほとんど教わりません。

 

養成校では個別機能に対する知識・アプローチを多く教わります。

しかし実際の高次脳機能障害への対応では、神経心理ピラミッドや山鳥モデル、神経心理循環のモデルで表される階層性や相互関係を理解した上で、「個別機能」よりも基盤の部分から評価・訓練を行っていく必要があります。

 

記憶障害、注意障害などの機能障害に対する個別的なアプローチではなく、

高次脳機能障害と共に生きる人」をどう支援していくか?

机上で行う個別の機能ではなく、生活していくための力を上げていくにはどうしたらいいか?

 

そんな疑問へのヒントになる本をご紹介していきます。

加えて、「高次脳機能障害の生活支援」について調べるなら、この先生の著書や論文を見ればとりあえず大丈夫!という方々をピックアップしていきます。

 

 認知関連行動アセスメント 森田秋子

 

高次脳機能の評価にCBAを使うところも大分増えてきたのではないでしょうか?

この本はずばりそのCBAの本です!

6項目の評価基準が丁寧に書かれていますが分かりやすい!CBAを使うなら、まずこの本で勉強しましょう。

ST以外の他職種の方でも、抵抗感なく読むことができると思います。

個別機能ではなく、全体的な高次脳機能の評価を行うことが高次脳支援の第一歩です。

 

最近出版された新しい本もあります。

こちらはまだ購入できてないのですが、是非読んでみたいです! 

 

CBAについてはまたどこかで詳しくまとめます。

こちらで少しCBAについて触れているので、ご興味ある方はぜひ。

 

ryo-kobayashi.hatenablog.com

 

 CBAを作成されたのが、著者である森田秋子先生です。

 高次脳機能、基盤的認知機能に合わせた介入方法・支援方法について調べたい時には、森田先生の論文や著書を調べてみるとよいと思います。

 

失語症の評価(発語失行と音韻性錯語・構音障害の判別)についても、森田先生の著書から勉強させていただきました。

(Ex.母音の完全な置換→発語失行では起こりにくい→音韻性錯誤の可能性大)

 

臨床のよくある場面を切り取るような形で、患者さんの反応を例に挙げて書いてくださっているのでとても分かりやすいです。 

 

森田先生は積極的に研修を開催してくださっています!!

コロナ禍の現在でも、オンラインに切り替え研修を続けていらっしゃいます。

高次脳対応・失語症悩んでいる方は、是非一度参加されると明日からの臨床が楽しく、より気合が入ると思います!!

認知関連行動アセスメント(CBA)公式サイト: https://www.cba-ninchikanrenkoudou.com/

 

生活を支える高次脳機能リハビリテーション 橋本圭司

 

 
橋本圭司先生は高次脳機能障害の地域リハビリテーションに力を入れていらっしゃるリハビリテーション医師です。
前回記事でご紹介した、【神経心理循環】モデルを提唱された先生です。
 
【神経心理循環】に触れた記事はこちら↓↓

 

ryo-kobayashi.hatenablog.com

 

ご家族向けに分かりやすい言葉で、高次脳機能障害のよくある症状に対して「どうしてそうなってしまうのか?」「その症状が出たらどうしたらいいのか」「どうしたらよくなっていくのか」が書かれています。

「ご家族向け」といってあなどることなかれ!!!

リハ職が見ても、「明日あの方にこれをやってみよう」「あの方の対応をこんなふうに変えてみよう」と思う部分が必ずあります!

 

リハビリ方法部分もとても勉強になりますが、神経心理循環モデルの考え方も高次脳リハを行う上で頭に入れておくと理解しやすくなる部分が増えます。

 
 先生の著書ではこちらもおすすめです!

 
 

高次脳機能障害と家族のケア 渡邊修

 
高次脳機能障害・頭部外傷リハビリテーションの大家であるのが東京慈恵医科大学リハビリテーション医師の渡邊修先生です。
 
前頭葉障害・社会行動障害に対する対応・復職支援・生活期リハについて考える際には、一度先生の論文を読んでみることをおすすめします。
 
脳卒中患者の高次脳機能障害への対応:
脳外傷者における通院プログラムの試み:
 
渡邊先生も関東圏でよく研修や講演を行われています。
まとめて情報が載っているところを見つけられておらず、ちょくちょく検索して開催予定を見つけたら申し込む、ような感じで私はいます。
病院所属の方は研修案内などのお知らせがきっとくるかと思いますので、渡邊先生の研修あったら是非参加してみてください!
 

前頭葉機能不全その先の戦略ーRusk通院プログラムと神経心理ピラミッド 

 
Ruskは「神経心理ピラミッド」モデルを提唱した、ニューヨーク大学脳損傷通院プログラムです。
「神経心理ピラミッドに基づいて介入しよう!」と思っても、じゃあどうしたらいいの?となってしまうかと思います。
神経心理ピラミッドとは何か?神経心理ピラミッドに基づいた介入方法、障害を代償する方法を【習慣化】させていく過程が、とても丁寧に書かれています。
 
個別機能ではなくて、基盤的な機能(神経心理ピラミッドの基盤の方)に対するアプローチ方法が特に勉強になります。
 
Ruskのプログラムは「自分で障害を代償する戦略を使えるようになること」が目標にあるので、こちら側からの働きかけ+本人に意識付けすることの両方のアプローチが載っています。
 
外からのヒントでできることを、徐々に内在化して自分でできるように支援していく、という道筋を考えていく大きなヒントになります!

日々コウジ中 

 

 
「生活の中の高次脳機能障害」のイメージを掴むのにぴったりなのが、この「日々コウジ中」
脳卒中脳出血脳梗塞)により所謂「歩ける高次脳」となった旦那さんとの生活を、奥様が漫画にされています。
 
私たちリハ職が読むと、【病院から出て実際に生活していく上で起こりうる問題点】に気付く契機になります。
 
「記憶障害」が問題なのではなくて、「今日の予定を管理できない」ことが問題。
遂行機能障害」が問題なのではなくて、「仕事の効率的なやり方が自分で見つけられない」「職場までの道のりへのこだわり」が問題。
 
どうしても教科書に載っていた名前と症状で考えてしまいがちな私たちの頭を、「実際の生活視点」に切り替えさせてくれます。
 
ご家族に対して「高次脳機能障害って何?」「うちの旦那はどんなふうになっちゃったの?」ということを伝える際にも、分かりやすい本だと思います。
 

おわりに…

高次脳はとても興味深く、まだまだ未解明な部分が多い領域です。

興味深い分、ともすればその「障害」にフォーカスしすぎてしまう部分が専門職にはあります。(私もそういうタイプでした…)

私たちは「記憶障害」を、「遂行機能障害」を改善するのが目標ではなくて、その方がその人らしい「生活を送る」ことを目標に支援していく存在です。

専門職として大事にするべき視点を忘れずに、一人一人の生活を考えて支援を行っていきたいですね!

見当識障害(失見当識)への対応-「今日は何日?」と毎回聞くのはNG×環境にヒントを散りばめよう!

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◆目次◆

 

見当識障害は認知症の方の多くに認める症状ですね。

見当識とは

時間や場所、人物などの周囲の状況を正しく認識する能力*1のことを指します。

 

見当識には大きく分けて三種類あります。

①時間に対する見当識

今日が何月何日何曜日か、今の季節、一日の中の時間の見当。

数日程度の誤りや曜日の誤りは健常者でも認められるため、注意が必要。高齢者では数年程度の誤りは必ずしも認知症とは言えない。

 

②場所に対する見当識

自分のいる場所がどこか、今いる施設や病院・病棟、施設の場所と自宅との関係などの見当。

 

③人に対する見当識

よく知っている人や、肉親をみても誰か分からなくなる。

 

 認知症による見当識障害では近時記憶障害による時間の見当識から障害され、次に場所、人物の順で障害されていくことが知られています。

 

山鳥重先生の【神経心理学入門】には、

見当識は意識状態の検査にもっともよく用いられる。しかし、見当識のテストがどのような心理過程をテストしようとしているのかはもう1つはっきりしない。はっきりしないが、実際の臨床では有用な検査項目である。

とあります。

よく耳にする上に、必ず評価する項目でありますが、その心理過程ははっきりとしていません。

 

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神経心理循環

この図はリハビリテーション医である橋本圭司先生が作られた、高次脳機能を身体機能とともに全般的にとらえ模式化したものです。

【神経心理循環】と言います。

神経心理ピラミッドど同様に、各機能が相互に影響を与えあっていると考えるモデルです。

面白いのは、「身体機能」も含めて考えているところです。

 

呼吸循環や意識、姿勢、栄養状態などのしっかりとした土台があって、始めて高次脳機能は十全に働くことができる。

だから、高次脳機能障害だから高次脳リハをと単純に考えるのではなく、まずは土台から手を付けていきましょう!と橋本先生は仰っています。

 

特にSTはどうしても高次脳から入ってしまいますが、神経心理循環のモデルを知っていると、

「近時記憶が悪いから、とりあえず記憶のリハしよ!」

なんてことがなくなるかと思います。

 

神経心理循環の話はまた今度詳しくまとめたいとおもいます!

 

ちょっと話が脱線してしまいました…

見当識の心理過程ははっきりとはしませんが、見当識も他の様々な機能との相互関係の中にある機能の1つです。

 

見当識障害への対応

【対応法】

・患者自身は、本当に見当識が無いことを周囲が理解する。

・本人はあくまでも症状で、場所や時間が認識できないということを周囲が理解する。

・「今日は暑いですね」「ますます寒さが厳しいですね」といった挨拶を欠かさない。

・本人の体調や、気候の変化などをその都度確認する。

・カレンダーやスケジュール帳を目立つところに置いておく。

・時計やカレンダー、スケジュール帳などを使って、どんどんヒントを与える。

生活を支える高次脳機能リハビリテーション 橋本圭司 

 

その方の生活の中で、自然な形で日時や季節を認識できるような対応が◎です。

毎日のコミュニケーションの中で季節や時間の話題を出して、その方が「現在」を認識するための情報を渡していきましょう。

 

例)

「もうすぐお昼の時間ですね」

「もう八月も終わりですね」

「段々涼しくなってきましたね」

 

施設や病院でよく作っている【季節ごとの壁飾り】、患者さんや利用者さんの見当識に対してとても有用なヒントになります。

レクリエーションで利用者さんと一緒に壁飾りを作っていく中でも、

「紅葉の景色ですね。もうすぐ紅葉狩りの時期ですね!秋がもうすぐですよ!」

など、季節の認識を促す声掛けを+αでしていくと立派なリハビリになっていきます。

 

大きなカレンダーや、日めくりカレンダー、大きめの時計を目に入る位置に置いておくことも、「現在」の認識を高めるヒントを散りばめることになります。

 

1対1で関わる事のできる際には、更に

【過去→現在→未来の出来事の繋がりを確認して整理する】ことができると良いです。

この「時間の繋がり」「昨日・今日・明日」の連続性への実感を持ってもらうことは、「現実感」を持ってもらうために必要な要素です。

 

【やってはいけないこと】

・頑張って場所や時間を認識させようと、周囲は本人にプレッシャーをかけてはいけない。

クイズのように、場所や時間を当てるような訓練はしてはいけない。あくまでも自分が置かれている状況に現実感を持つことが先である。

 

【声掛けのポイント】

患者自身は、現実感がないために、時間や場所の認識ができないということを意識して、接するようにする。

生活を支える高次脳機能リハビリテーション 橋本圭司 

 

やってしまいがちですが「今日は何月何日ですか?」はあまり良い方法ではありません。

大人数に対して聞くのはありだと思いますが、指名して答えてもらう形はおすすめしません。(確実に正答できる方は別です)

 

「間違った」「失敗した」その感情は、記憶障害が有る方でもしっかりと残ってしまいます。

 

記憶障害のある方のリハは「誤り無し(エラーレス)」で行っていくのが基本です。

評価の際に日付を尋ねるのは評価なので仕方ないですが、普段の生活/リハビリでは「失敗しない形で」、一緒に確認する・自然な形で伝えるようにしていきましょう!

 

現実見当識訓練(リアリティーオリエンテーション/RO)

見当識・訓練」で検索すると、まずこの現実見当識訓練がでてきます。

 

現実見当識訓練には、少人数(3.4人)グループで行う【クラスルームRO】と、日常のコミュニケーションの中で一日中24時間毎日行う【24時間RO】があります。

 

24時間ROで行っているのは、先ほどまとめた【見当識障害への対応】や季節や時間の話題の提供といったことです。

それを一日の中で、話しかける都度行いましょう!というものになります。

 

クラスルームROは週に3-4度、グループで集まってそのグループで季節や行事、最近の出来事などについて話したり、ちょっとした体操などを行います。

 

現実見当識訓練は、エビデンスのある認知症の非薬物療法の1つです。

初期の認知症に対しては、現実見当識訓練の有用性が示されています。

 

私見ですが、現実見当識訓練は認知症をよくすると言うよりも、

見当識の低下による不安感」の軽減を目的に行う方が理にかなっているように感じています。

 

毎度毎度時間と場所の情報を与えられれば、「ここがどこか分からない」不安を感じる時間が少なく済みます。

どこか分からない知らない場所にいる不安が少なければ、その不安によるBPSDは軽減するはずです。

 

かっちりと「今日から現実見当識訓練を始めよう!」というのではなくて、普段の何気ない声掛けの中に、意識して季節や時間の話題をいれていくだけで十分だと思います。

不安感の強い方に対しては、今の状況などの説明をこまめにすることも有効です。

 

おわりに…

「生活リハビリ」って結局なんなのよ?と思っている方も多いと思います。

この見当識訓練は、まさに「生活リハビリ」の1つです。

何気ない声掛けが、「現実感」を高めていく訓練になっています。

ちょっと気を使ったカレンダーや時計の配置、季節感のある壁飾りが、有効な環境設定になります。

 

ちょっと利用者さんと話していれば「無駄話」、壁飾りなんて「やってる暇ない」と、忙しい介護施設ではともすれば言われてしまいがちです。

 

そんな時には、

「これは見当識の訓練です!」と堂々と言ってしまいましょう!!

大丈夫です!間違っていません!

利用者さんのよりよい生活のために、頑張っていきましょう!

 

 参考文献

 

*1:病気が見える脳・神経

段階的摂食訓練と食形態-嚥下調整食では摂取カロリーが低下する!嚥下評価+栄養評価が大事!

 

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 ◆目次◆

 

段階的摂食訓練

摂食訓練の基本ーsafe swallow と err less training 

筆者らの訓練では、best swallowを探し、誤嚥しないように、咽頭残留が無いように、徹底的に安全で失敗のないbest swallow とerr less training嚥下を繰り返すことを基本に置いている。誤嚥してむせたり肺炎になったりすれば、訓練が遅れ、体力が消耗し、自信も失う。

特に受賞例では急がず慌てず安全な嚥下を繰り返し行うことが成功のカギである。

脳卒中の摂食嚥下障害 藤島一郎)

 

【嚥下障害を治療する最良の方法は、患者に嚥下させること】という運動原理の特異性の原理の考え方から、嚥下障害の多くのリハビリでは【姿勢や食物形態の調整等代償法を用いた直接訓練】が行われています。
(直接訓練=食べ物を使った訓練:直接食べ物を食べる訓練

⇔間接訓練=食べ物を使わない訓練:筋トレなど食べ物を食べないで行う訓練)

 

絶食や経鼻経管栄養の患者さんに対して嚥下機能の評価を行い、経口摂取開始基準を満たしていればそこから段階的摂食訓練を始めていきます。

 

経口摂取開始基準については種々ありますが、共通しているのは

①意識レベルがJCS1桁

②全身状態の安定

③嚥下反射が惹起する

の3点です。

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JCS1桁は、外からの刺激が無くても開眼している状態です。

この開始基準に従うと、

うとうと傾眠しているけれど、口に入れれば咀嚼・嚥下は起こる利用者さんのに食べさせるのはNGになります。

(刺激無しで目を閉じている状態はJCS2桁になるため)

 

実際の現場ではJCSⅡ-10、患者さんの状態・機能によってはⅡ-20くらいでも経口摂取させてしまう場合も多い印象です…

 

覚醒不良時の嚥下機能の評価(特に咽頭期)がちゃんとできている状態であるならば、毎回JCS1桁でだめ→経口摂取できない→代替栄養だ!というわけにもいかないので仕方のない部分があるかと思います。

ただ、一応【基本的な開始基準としてはJCS1桁】ということを知っておく必要はあると思います。

 

開始基準をクリアしたら、そこからは【安全な食形態を食べてもらう】リハビリを行っていきます。

この段階の食形態がある程度安定して安全に食べられるようになったら、一段階上の食形態へ…という風に、段階的に食形態を上げていきます。

 

食形態アップの基準としては

摂取時間が30分以内で7割以上摂取が3日(9食)続いた時

とされています。*1

(もちろん微熱がないか、炎症反応がないか等の誤嚥徴候を確認しながら)

 

嚥下調整食を食べるということは、嚥下調整食というツールを使って嚥下障害を治療しているという事です。

経過観察の中で、その患者の問題点が改善していることを確認できれば、食事をアップしようという気持ちも強くなります。

食べて治す!頸部聴診法と摂食嚥下リハ実践ノート 大宿茂

段階的摂食訓練は「嚥下調整食」というツールを使った直接訓練です。

生活の中の1日3食の【食事】そのものが、嚥下訓練となっています。

現在の食形態の摂取状況を評価しながら、その方の機能に合わせて「嚥下調整食というツール」を変えていく必要があります。

 

嚥下調整食の学会分類

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嚥下調整食を段階的に上げていくことが段階的摂食訓練では必要です。

その嚥下調整食の段階は、日本摂食嚥下リハビリテーション学会が学会分類として提示してくれています。

【嚥下調整食学会分類2013】https://www.jsdr.or.jp/wp-content/uploads/file/doc/classification2013-manual.pdf

 

はじめはタンパク質含有量の少ないゼリーorとろみからスタートします。

※タンパク質は誤嚥した際に肺の中で最近が増殖するエサとなり、誤嚥性肺炎を引き起こすリスクが高まるため。

 

ゼリーが良いか、とろみがいいかは議論のあるところですが、「患者さんの機能に合わせて使い分ける」のが良いとされています。

ピラミッドの頂上0のレベルが2つに分かれているのは、そのような理由からです。

 

嚥下調整食の分類には学会分類の他にも、農林水産省が整備している「スマイルケア食」、日本介護食品協議会による「ユニバーサルデザインフード(UDF)」、消費者庁が規格基準を定めている「特別用途食品(嚥下困難者用食品)」があります。

 

上の図にはこれらの分類と学会分類の対応がついています。

ドラッグストアなんかで購入する嚥下調整食には学会基準ではなくスマイルケア食の基準で表記されているものも多いため、学会基準でいうとどこにあたるかをなんとなく把握できておくとご家族に説明しやすいです。

 

特養で提供さらえている食形態と学会分類を対応させると、

 

ペースト食:段階2

軟菜きざみ食:段階3

軟菜一口大:段階4

 

おおざっぱにこのようになります。

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上の表は日本摂食嚥下リハビリテーション学会の嚥下調整食学会分類からひっぱってきたものです。

ここには各段階に合わせて、必要とされる咀嚼機能が掲載されています。



ペースト食にあたるコード2の段階では、下顎と舌の運動により食べ物をまとめるだけで飲み込めますが、刻み食にあたるコード3になると押しつぶしの動作が必要になってきます。

 

この辺りの口腔期の機能についてはまた今度詳しくまとめていきたいと思います!

 

今回問題にしたいのは、【この食形態の変化によって、摂取量は同じでもカロリーが変化する】ということです。

 

刻み食・ペースト食では摂取カロリーが低下する

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お米でのカロリーを例に挙げます。

 

普通のごはん(米飯)は160kcal/100g

全粥にすると100kcal/100g

ミキサー粥にすると77kcal/100g

 

と100gあたりのカロリーが変化していきます。

これはお粥にするにあたって水をくわえることで、かさが大きくなってしまうことによります。

 

おかずのペーストも加水してミキサーするため、常食に比べグラム当たりのカロリーは低下します。

 

病院だと食形態ごとの栄養量を管理栄養士さんが計算して把握してくださっていますが、介護領域の施設だとその部分の把握が中々難しいことがあります…

 

必要栄養量に対する摂取カロリーや栄養量・体重変化などの把握が不十分な状態で、「なんかちょっと嚥下が悪そうだから食形態を下げよう」と安易な判断をすると、低栄養を加速することに繋がってしまうことになります。

 

施設に入居されている利用者さんは、どちらかと言えば手足が驚くほど細い方の方が多いかと思います。

ただでさえ低栄養のリスクが高い方々に対して、摂取カロリーを下げる選択肢を安易に取るのは危険な判断です。

食形態を下げたが故に低栄養を加速し、サルコペニアによる嚥下障害を増悪させる悪循環に陥る可能性も大きくあります。

 

また、食事は施設入居されている利用者さんにとっては生活の大きな楽しみの一つです。

QOLの観点からも、食形態を下げる判断を「なんか危なそう」「なんかよくむせるから」と「何となく」で決めてしまうのは利用者さんの尊厳にかかわります。

きちんと評価を行い、他の代償手段も含めた選択肢の一つとして食形態の変更を考えていく必要があると思います。

 

栄養の観点から、食形態を下げたならばその下がったカロリーをどう補填するのかを考えていく必要もあります。

もともと必要栄養量が充足されていたのなら良いですが、もともと足りていなかったのにもっと減らしてしまったような場合には、栄養補助食品の使用などを検討していきましょう。

 

高齢者の栄養スクリーニング・必要栄養量の計算方法

高齢者の簡単な栄養スクリーニングとしてMNA-Sfがあります。

 

こちらから印刷できます:https://www.mna-elderly.com/forms/mini/mna_mini_japanese.pdf

身長が分からなくてもふくらはぎの周囲長さを巻き尺で測ればOKなので、簡単に栄養状態をスクリーニングできます。

 

必要栄養量は

エネルギー必要量=基礎代謝量×活動係数×ストレス係数

で計算できます。

 

基礎代謝量はハリス・ベネディクトの式で産出されます。

【男性】
基礎代謝量(BEE)=66.47+[13.75×体重(kg)]+[5.0×身長(cm)]-(6.75×年齢)

【女性】
基礎代謝量(BEE)=655.1+[9.56×体重(kg)]+[1.85×身長(cm)]-(4.68×年齢)

 

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ちょっと計算が面倒ですが、身長と体重が分かれば必要栄養量は計算できます!

管理栄養士さんがいれば必要栄養量は計算してくださっていると思います。

うちの施設は栄養士さんはいるんですけど、栄養の管理は自分の仕事じゃないと言われてしまい悪戦苦闘中です…。

 

低栄養はリハビリや二次性サルコペニアに関連するだけでなく、褥瘡リスクも高めます。

何かうちの施設褥瘡発生率高いな…と思ったら、体交だけでなく栄養の方にも目を向けてみると問題点が発見できるかもしれません。

 

適切な食形態を提供できる施設を目指して…

フロリダの介護施設212人の嚥下障害/嚥下障害疑いの入所者に対して、適切な食形態が提供されているかどうか評価

安全に許容できるレベル以下の食形態が91%

 安全に許容できるレベル以上の食形態が4%

適切な食形態が提供されいたのが5%

Dysphagia and dietary levels in skilled nursing facilities

M E Groher st al.J Am Geriatr Soc.1995 May

ちょっと古い研究になりますが、フロリダの介護施設で提供されていた食形態をSLP(アメリカの言語聴覚士)が評価した結果です。

 

適切な食形態が提供されていたのはわずか5%に留まり、能力よりも低い食形態が提供されていたのが9割以上を占めました。

 

施設として、安全を優先するのは決して悪いことではありません。

しかし一方で、その方の人生の集大成の時期に携わる者として【生活の楽しみ】【生きる喜び】の部分にも重きを置いた評価・判断が求められているとも思います。

 

【安全とQOLのバランスをどうとるか】は、嚥下障害に関わるどのフェーズの医療介護福祉従事者にとっても、とても悩ましい部分だと思います。

悩んで、ご本人を中心としてチームで考えていくしかない問題だとは思います。

ただ、「安全」だけが絶対の至上命題ではなく、「QOL」とのバランスを考えるべき問題であることは覚えておくべきだと思います。

 

嚥下障害の意思決定支援については、この本にとても丁寧に詳しく書いてあります。

「食べられない」にどう対応していくのか、というとても繊細な問題に向き合う医療福祉従事者に、大きなヒントをくれる一冊です!

 

 

おわりに…

食形態は「何となく」で変えるものではありません。

「食べること自体が直接訓練」であり、「嚥下調整食=リハビリのツール」であり、食は生きる大きな楽しみの一つです。

1つ1つ丁寧に考えながら、その方にとってベストな食形態を提供できるようにしていきたいですね!

 

参考資料

 

 

 

*1:脳卒中の摂食嚥下障害 藤島一郎