段階的摂食訓練と食形態-嚥下調整食では摂取カロリーが低下する!嚥下評価+栄養評価が大事!
◆目次◆
段階的摂食訓練
摂食訓練の基本ーsafe swallow と err less training
筆者らの訓練では、best swallowを探し、誤嚥しないように、咽頭残留が無いように、徹底的に安全で失敗のないbest swallow とerr less training嚥下を繰り返すことを基本に置いている。誤嚥してむせたり肺炎になったりすれば、訓練が遅れ、体力が消耗し、自信も失う。
特に受賞例では急がず慌てず安全な嚥下を繰り返し行うことが成功のカギである。
(脳卒中の摂食嚥下障害 藤島一郎)
【嚥下障害を治療する最良の方法は、患者に嚥下させること】という運動原理の特異性の原理の考え方から、嚥下障害の多くのリハビリでは【姿勢や食物形態の調整等代償法を用いた直接訓練】が行われています。
(直接訓練=食べ物を使った訓練:直接食べ物を食べる訓練
⇔間接訓練=食べ物を使わない訓練:筋トレなど食べ物を食べないで行う訓練)
絶食や経鼻経管栄養の患者さんに対して嚥下機能の評価を行い、経口摂取開始基準を満たしていればそこから段階的摂食訓練を始めていきます。
経口摂取開始基準については種々ありますが、共通しているのは
①意識レベルがJCS1桁
②全身状態の安定
③嚥下反射が惹起する
の3点です。
JCS1桁は、外からの刺激が無くても開眼している状態です。
この開始基準に従うと、
うとうと傾眠しているけれど、口に入れれば咀嚼・嚥下は起こる利用者さんのに食べさせるのはNGになります。
(刺激無しで目を閉じている状態はJCS2桁になるため)
実際の現場ではJCSⅡ-10、患者さんの状態・機能によってはⅡ-20くらいでも経口摂取させてしまう場合も多い印象です…
覚醒不良時の嚥下機能の評価(特に咽頭期)がちゃんとできている状態であるならば、毎回JCS1桁でだめ→経口摂取できない→代替栄養だ!というわけにもいかないので仕方のない部分があるかと思います。
ただ、一応【基本的な開始基準としてはJCS1桁】ということを知っておく必要はあると思います。
開始基準をクリアしたら、そこからは【安全な食形態を食べてもらう】リハビリを行っていきます。
この段階の食形態がある程度安定して安全に食べられるようになったら、一段階上の食形態へ…という風に、段階的に食形態を上げていきます。
食形態アップの基準としては
摂取時間が30分以内で7割以上摂取が3日(9食)続いた時
とされています。*1
(もちろん微熱がないか、炎症反応がないか等の誤嚥徴候を確認しながら)
嚥下調整食を食べるということは、嚥下調整食というツールを使って嚥下障害を治療しているという事です。
経過観察の中で、その患者の問題点が改善していることを確認できれば、食事をアップしようという気持ちも強くなります。
食べて治す!頸部聴診法と摂食嚥下リハ実践ノート 大宿茂
段階的摂食訓練は「嚥下調整食」というツールを使った直接訓練です。
生活の中の1日3食の【食事】そのものが、嚥下訓練となっています。
現在の食形態の摂取状況を評価しながら、その方の機能に合わせて「嚥下調整食というツール」を変えていく必要があります。
嚥下調整食の学会分類
嚥下調整食を段階的に上げていくことが段階的摂食訓練では必要です。
その嚥下調整食の段階は、日本摂食嚥下リハビリテーション学会が学会分類として提示してくれています。
【嚥下調整食学会分類2013】https://www.jsdr.or.jp/wp-content/uploads/file/doc/classification2013-manual.pdf
はじめはタンパク質含有量の少ないゼリーorとろみからスタートします。
※タンパク質は誤嚥した際に肺の中で最近が増殖するエサとなり、誤嚥性肺炎を引き起こすリスクが高まるため。
ゼリーが良いか、とろみがいいかは議論のあるところですが、「患者さんの機能に合わせて使い分ける」のが良いとされています。
ピラミッドの頂上0のレベルが2つに分かれているのは、そのような理由からです。
嚥下調整食の分類には学会分類の他にも、農林水産省が整備している「スマイルケア食」、日本介護食品協議会による「ユニバーサルデザインフード(UDF)」、消費者庁が規格基準を定めている「特別用途食品(嚥下困難者用食品)」があります。
上の図にはこれらの分類と学会分類の対応がついています。
ドラッグストアなんかで購入する嚥下調整食には学会基準ではなくスマイルケア食の基準で表記されているものも多いため、学会基準でいうとどこにあたるかをなんとなく把握できておくとご家族に説明しやすいです。
特養で提供さらえている食形態と学会分類を対応させると、
ペースト食:段階2
軟菜きざみ食:段階3
軟菜一口大:段階4
おおざっぱにこのようになります。
上の表は日本摂食嚥下リハビリテーション学会の嚥下調整食学会分類からひっぱってきたものです。
ここには各段階に合わせて、必要とされる咀嚼機能が掲載されています。
ペースト食にあたるコード2の段階では、下顎と舌の運動により食べ物をまとめるだけで飲み込めますが、刻み食にあたるコード3になると押しつぶしの動作が必要になってきます。
この辺りの口腔期の機能についてはまた今度詳しくまとめていきたいと思います!
今回問題にしたいのは、【この食形態の変化によって、摂取量は同じでもカロリーが変化する】ということです。
刻み食・ペースト食では摂取カロリーが低下する
お米でのカロリーを例に挙げます。
普通のごはん(米飯)は160kcal/100g
全粥にすると100kcal/100g
ミキサー粥にすると77kcal/100g
と100gあたりのカロリーが変化していきます。
これはお粥にするにあたって水をくわえることで、かさが大きくなってしまうことによります。
おかずのペーストも加水してミキサーするため、常食に比べグラム当たりのカロリーは低下します。
病院だと食形態ごとの栄養量を管理栄養士さんが計算して把握してくださっていますが、介護領域の施設だとその部分の把握が中々難しいことがあります…
必要栄養量に対する摂取カロリーや栄養量・体重変化などの把握が不十分な状態で、「なんかちょっと嚥下が悪そうだから食形態を下げよう」と安易な判断をすると、低栄養を加速することに繋がってしまうことになります。
施設に入居されている利用者さんは、どちらかと言えば手足が驚くほど細い方の方が多いかと思います。
ただでさえ低栄養のリスクが高い方々に対して、摂取カロリーを下げる選択肢を安易に取るのは危険な判断です。
食形態を下げたが故に低栄養を加速し、サルコペニアによる嚥下障害を増悪させる悪循環に陥る可能性も大きくあります。
また、食事は施設入居されている利用者さんにとっては生活の大きな楽しみの一つです。
QOLの観点からも、食形態を下げる判断を「なんか危なそう」「なんかよくむせるから」と「何となく」で決めてしまうのは利用者さんの尊厳にかかわります。
きちんと評価を行い、他の代償手段も含めた選択肢の一つとして食形態の変更を考えていく必要があると思います。
栄養の観点から、食形態を下げたならばその下がったカロリーをどう補填するのかを考えていく必要もあります。
もともと必要栄養量が充足されていたのなら良いですが、もともと足りていなかったのにもっと減らしてしまったような場合には、栄養補助食品の使用などを検討していきましょう。
高齢者の栄養スクリーニング・必要栄養量の計算方法
高齢者の簡単な栄養スクリーニングとしてMNA-Sfがあります。
こちらから印刷できます:https://www.mna-elderly.com/forms/mini/mna_mini_japanese.pdf
身長が分からなくてもふくらはぎの周囲長さを巻き尺で測ればOKなので、簡単に栄養状態をスクリーニングできます。
必要栄養量は
エネルギー必要量=基礎代謝量×活動係数×ストレス係数
で計算できます。
基礎代謝量はハリス・ベネディクトの式で産出されます。
【男性】
基礎代謝量(BEE)=66.47+[13.75×体重(kg)]+[5.0×身長(cm)]-(6.75×年齢)
【女性】
基礎代謝量(BEE)=655.1+[9.56×体重(kg)]+[1.85×身長(cm)]-(4.68×年齢)
ちょっと計算が面倒ですが、身長と体重が分かれば必要栄養量は計算できます!
管理栄養士さんがいれば必要栄養量は計算してくださっていると思います。
うちの施設は栄養士さんはいるんですけど、栄養の管理は自分の仕事じゃないと言われてしまい悪戦苦闘中です…。
低栄養はリハビリや二次性サルコペニアに関連するだけでなく、褥瘡リスクも高めます。
何かうちの施設褥瘡発生率高いな…と思ったら、体交だけでなく栄養の方にも目を向けてみると問題点が発見できるかもしれません。
適切な食形態を提供できる施設を目指して…
フロリダの介護施設212人の嚥下障害/嚥下障害疑いの入所者に対して、適切な食形態が提供されているかどうか評価
→安全に許容できるレベル以下の食形態が91%
安全に許容できるレベル以上の食形態が4%
適切な食形態が提供されいたのが5%
Dysphagia and dietary levels in skilled nursing facilities
M E Groher st al.J Am Geriatr Soc.1995 May
ちょっと古い研究になりますが、フロリダの介護施設で提供されていた食形態をSLP(アメリカの言語聴覚士)が評価した結果です。
適切な食形態が提供されていたのはわずか5%に留まり、能力よりも低い食形態が提供されていたのが9割以上を占めました。
施設として、安全を優先するのは決して悪いことではありません。
しかし一方で、その方の人生の集大成の時期に携わる者として【生活の楽しみ】【生きる喜び】の部分にも重きを置いた評価・判断が求められているとも思います。
【安全とQOLのバランスをどうとるか】は、嚥下障害に関わるどのフェーズの医療介護福祉従事者にとっても、とても悩ましい部分だと思います。
悩んで、ご本人を中心としてチームで考えていくしかない問題だとは思います。
ただ、「安全」だけが絶対の至上命題ではなく、「QOL」とのバランスを考えるべき問題であることは覚えておくべきだと思います。
嚥下障害の意思決定支援については、この本にとても丁寧に詳しく書いてあります。
「食べられない」にどう対応していくのか、というとても繊細な問題に向き合う医療福祉従事者に、大きなヒントをくれる一冊です!
おわりに…
食形態は「何となく」で変えるものではありません。
「食べること自体が直接訓練」であり、「嚥下調整食=リハビリのツール」であり、食は生きる大きな楽しみの一つです。
1つ1つ丁寧に考えながら、その方にとってベストな食形態を提供できるようにしていきたいですね!
参考資料