ST介護職の考え事

認知症・高次脳機能・ケアについての覚え書き

相貌失認とカプグラ症候群

「失認」とは?

 

失認agnosuaは、要素的感覚の障害、知能の低下、注意の障害、失語による呼称障害、刺激に対する知識(意味記憶)のなさの、いずれにも帰することのできない、特定の感覚種に限った対象認知の障害と定義される。

標準言語聴覚障害高次脳機能障害p51 

 

失認とは、特定の感覚モダリティに限定された認知の障害です。

それは感覚の問題(見えない、聞こえない、触れた感じがしない)や知能・知識の問題(そもそもそれが何か知らない)ではない、という除外項目があります。

感覚や知能が正常であるにも関わらず、特定の感覚モダリティへの刺激を認知できない状態を指しています。

 

障害される刺激が視覚的な刺激であれば「視覚性失認」、触覚的刺激であれば「触覚性失認」、聴覚的な刺激であれば「聴覚性失認」と言います。

 

感覚入力は適切にできているので、「視覚性失認」では「見えているけれど、見えている対象が何なのか分からない」状態が生じます。

「聴覚性失認」では、「音としては聞こえているけれど、何の音なのか分からない」、

「触覚性失認」では、「触っている感覚はあるけれど、何に触っているのか分からない」ということになります。

 

これら「失認」は「特定の感覚モダリティ」に限ったものであるため、例えば視覚性失認は「見る」だけではそれが何か分かりませんが、言葉で説明されたり触れたりすると対象の認知が可能です。

同様に聴覚性失認では、「聞く」だけでは分かりませんが、絵や実物を見せればそれが何であるかすぐに分かります。

 

相貌失認

 

相貌失認は視覚性失認の中の一つです。

その主症状は「熟知した顔を見て、誰であるのか分からなくなる」ことです。

見ているものが「人の顔である」ということや、顔の各パーツの認識は可能です。

 

相貌失認は視覚性失認の一つであるため、視覚的な顔の認識は障害されますが、声を聴くと誰か判別することができます。

また相貌失認において認知障害の対象は「顔」に限られるため、髪型や服装で誰かを判別することも可能です。

 

 

相貌失認のメカニズム

 

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相貌認知の機能モデル(高次脳機能障害学 石合純夫p126)

 

視覚的に入力された「顔」の情報をコード化しまとめていくのが第一段階です。

その時に見た「顔」のイメージから、表情と独立した全体的な形状や特徴を抽出した、「相貌イメージ」へと処理していきます。

 

怒った顔でも笑った顔でも、表情が変わっただけで「顔自体」が変わったわけではないと判断できるのは、この処理段階があるからです。

 

その情報は「相貌認知(同定)ユニット」=「顔認知ユニット」に送られます。そこには特定の既知の顔と、その他の既知の顔、未知の顔との識別を可能とする視覚的な構造の情報(顔の携帯記憶)が個人単位で蓄えられています。

この「顔認知ユニット」の活性化によって、その顔に対する「既知感」が得られます。

つまり、入力された相貌イメージと、顔の形状記憶が結びつくことで「知っている顔」という既知間が生じます。

 

「人物の意味記憶」=「人物同一性ノード」にはその顔の持ち主ついての意味記憶が蓄えられています。

 

この意味記憶の段階と相貌認知ユニットには相互関係があります。

顔のイメージからその人に関する情報を思い出すこともあれば、情報から顔を思い出すこともあります。

 

すれちがった人の顔から「どこかで見た人だけど、どこであった人だっけ?」と考えることもあれば、「小学校の同級生の〇〇さん」と聞いて顔を思い浮かべようとすることもあるでしょう。

意味記憶→相貌認知ユニット、相貌認知ユニット→意味記憶の相互関係とはそのようなことを意味しています。

 

 

カプグラ症候群

 

カプグラ症候群とは「自分の周囲の既知であるはずの人たちを、そっくりであるが本物ではない人によって置き換えられたと確信する現象」*1です。

 

統合失調症で出現すると言われていますが、パーキンソン病レビー小体型認知症においてもこの症状が現れることが知られています。

 

このカプグラ症候群が相貌失認の鏡像型であるというElisとYoungの「鏡像仮説」があります。

 

この仮説の中で、顔の認識には二つの経路が関わっており、一つは顕在的な経路、もう一つは潜在的な経路があるとされます。

 

顕在的な経路の損傷により「相貌の認識」自体が障害されたのが相貌失認。

もう一つの潜在的な経路の損傷は「相貌の認識」自体は可能であるが、既知の相貌を見た時に生じるはずの情動的な反応が生起されない。知っている顔のはずなのに、それに伴う感情が沸いてこない→顔は同じだけれど、偽物だ!となってしまう。

すなわち、顔の形態認知と情動認知の間に生じる齟齬によりこのような誤りが生じてしまうとされています。

 

この病態は海馬、偏桃体、帯状回といった前頭葉、側頭葉の障害によって生じると考えられています。*2

またカプグラ症候群の症例では右半球損傷有意の傾向が示されています。*3

 

 

人に対する見当識障害

 

利用者様がご家族様の顔を見ても誰だか分からない、ということは時々あります。

お孫さんを「息子」と言ったり、懸命に介護をしているお嫁さんを「お手伝いさん」と言ったりすることもあります。

 

この状態も「よく知った人の顔を判別できていない」ことになります。

 

カプグラ症候群のように妄想性を帯びた人物誤認を「妄想性人物誤認」と言うのに対し、認知症でよく生じるような人物誤認や人物混同は「単純性人物誤認」と言います。

 

この単純性人物誤認の背景には、記憶の障害や、意欲・関心のなさ(アパシー)が一つの要因であると言われます。*4

孫がいる事、孫がそれだけ大きくなったということに思いが至らない記憶の問題故に、孫を息子と間違える。

「人々の個別性」「周囲への関心」の低下から、自分の介護を行ってくれる人は皆「お手伝いさん」になってしまう。

 

見当識=記憶と考えてしまいがちですが、「意欲」の部分も忘れずに評価していきたいですね!

 

 

参考文献

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:カプグラ症候群・フレゴリの錯覚 船山道隆 精神医学55巻12号

*2:カプグラ症候群を発症した抗NMDAR脳炎の1例 神谷信秀 等

*3:高次脳機能障害Q&A基礎編 河村満 p140

*4:人物と相貌の認識の病理  上野仙経 等

行動・認知モデル

 

行動・認知モデル(山鳥モデル)

 

高次脳機能障害を考えるモデルとして、以前Ruskの神経心理ピラミッドについて整理していきました。

 

 

ryo-kobayashi.hatenablog.com

 

 

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今回はもう一つの高次脳機能障害のモデルである「行動・認知モデル」、通称「山鳥モデル」についてまとめていきます。

 

 

山鳥モデルの特徴

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行動・認知のモデル

山鳥モデルの大きな特徴は、神経心理ピラミッドでは明らかに記述されていない個別の高次脳機能障害を明確に位置付けている点にあります。

また、個別症状以外の全ての高次脳機能障害に共通して現れやすい全般症状を「基盤的認知能力」と「統合的認知能力」に分け、「個別的認知能力」をはさむように上下に配置した点にあります。

認知関連行動アセスメント 森田秋子 p14)

 

神経心理ピラミッドでは、病巣と症状の対応が割合はっきりとしている「失語」「失行」「失認」などの障害の位置づけは明らかではありません。

あくまで全体的な高次能機能のレベル付けがされているのが、神経心理ピラミッドです。

 

山鳥モデルでは、そのような病巣のはっきりした個別的な能力は、基盤的認知能力と統合的認知能力と相互関係を持つ形で配置されます。

 

基盤的な能力の下支えがあって、個別的な能力は十分な力を発揮することができます。

そして個別的な能力を十全に発揮していくことで、統合的な能力の獲得に繋がります。 

 

リハビリ職はともすればこの「個別認知能力」だけに目がいきがちですが、「個別的認知能力」にアプローチしていけるだけの「基盤的認知能力」が整っているのかをまず評価する必要があります。

 

 

それぞれの認知能力について

 

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認知能力の種類(認知関連行動アセスメント 森田秋子p15)

 

①基盤的認知能力

基盤的認知能力は神経心理ピラミッドで言うところの低次レベルです。

脳が活動していくための基盤であり、全ての認知活動の基礎となる能力です。

 

生きていくため、考えていくための活力であり、脳の体力です。

喜んだり悲しんだりする気持ちややる気、意欲の沸き起こり、情動の安定。

注意の集中と持続が可能となり、少し前の出来事の記憶が可能となり、運動の学習が可能となる。

 

個別的認知機能へのアプローチには、この基盤的認知機能がある程度整っていることが必要です。

基盤的認知機能が不十分な方の当面の目標は、「覚醒を上げ反応を引き出すこと」になります。たくさんの感覚刺激を入力し、安楽と快適さを提供しながら次の段階を目指していきます。

覚醒が上がってきたら、次は「意欲・笑顔・発話」を増やしていきましょう。

たくさんの刺激がここでも必要です。簡単で、分かりやすい言葉掛けが良いです。

何か作業に取り組んでもらうならば、できる限りエラーレスで行えるようにします。

集中できる時間を延ばし、覚えていられることを増やしていきましょう。

 

②個別的認知能力

個別的認知能力は責任病床が比較的明確な、個別の手段的な能力です。

いわゆる巣症状と呼ばれるもので「失語」「失行」「失認」があります。

個別的能力だけの障害は、ある意味でとてもアプローチしやすいです。

基盤的認知能力が整っていれば、個別的認知能力はアプローチの大枠は決まっています。

各障害の詳細やリハビリの手法は、少し探してみるだけでもたくさんの文献があると思いますのでそちらをご覧ください。それぞれの障害に対するケアの話は、どこかでまとめていきたいと思います。

 

③統合的認知能力

 

 統合的認知能力は、「気付き」と「全体化」を通して、その人らしさを取り戻し、生きていく上で適切な判断ができるようになるための能力です。

 

時間軸が繋がっていき、優先順位をつけ、因果関係を考えることができるようになる。

それは「気付く」ことにより、ばらばらだったものが繋がりだしていくことです。

 

このレベルの方々の目標は、「自分の状態への気付き・理解」「優先順位・因果関係の理解」です。

その為、時に失敗してもらうことも必要です。失敗して、はっとしてもらう体験が気付きに繋がることがあります。失敗した際時間を空けずフィードバックを行うことで、本人の気付きを促していきます。

自身の能力への認識を高めていく際には、落ち込みすぎないように心理面に配慮して行っていきましょう。

脳損傷による後遺症の重大さに気付き、うつ状態になりやすいのはこの段階の方々です。丁寧に見守りながら、慎重に行っていく必要があります。

自分の状態に気付いてもらい、自分に何ができるか/何ができないかを理解していってもらうことを目指します。

 

最後に…

 

山鳥モデルの良い所は、「基盤」の上に「個別的な能力」があり、その上に「気付きや推論など高次の能力」があり、相互関係があると考えられている点です。

 

他の所でも同じことを言っていると思いますが、「忘れてしまうから記憶が悪い」という一対一の考えは、一度立ち止まって考え直す必要があると私は思います。

 

「記憶」は低次レベルに一応含まれ、山鳥モデルでも基盤的認知能力に入りますが、一方で「記憶障害」というとある程度責任病巣のはっきりとした個別的認知能力になります。

 

「記憶が悪い」と思ったときは、「それは本当に記憶だけの問題か」と、もう一度全体像を評価してみるのが良いです。

何か個別的な能力が低下していると思ったときには、それが個別的認知能力の問題なのか、基盤的認知能力の影響はないのかを評価し直す必要があると思います。

 

というのも、個別的認知能力のみの低下であれば、おそらく様々な代償が効く可能性がとても高いと想定されます。

一方でそれが基盤的認知能力の影響が強いものであるならば、代償手段の獲得はおそらく困難で、環境調整が必要になると考えられます。

その「忘れてしまう」症状がどちらの能力によるものかにより、提供すべき適切なケアが変わってくるのです。

 

だから、「忘れてしまう」→「記憶が悪い」と単純に考えるだけで不十分なのです。

忘れてしまうから記憶の機能が低下しているのは確かでしょうが、それだけではケアに繋がりません。

「本当に最近記憶落ちてきてるよねー。認知が進んだねー。」と話しているだけでは、欠片もその方のためにならないのです。

 

その症状の背景にあるのが何なのかを、個別症状/全体症状を分けて評価していくことで、初めて適切なケアの提供に繋がります。

 

 一対一対応の考えに一旦ストップをかけて、その方の残存機能を活かせるケアの提供を目指していきましょう!

 

 

参考文献

 

 

 

 

 

 

認知機能の評価~長谷川式~

 

改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)

 

認知症の検査と聞いて、最初に頭に浮かぶのが長谷川式(HDS-R)ではないでしょうか?

質問項目はたったの9個。5分から10分でできる、とても簡便な検査です。

その簡便さには、「高齢者に対して実施する」ことへの長谷川先生の配慮があったようです。

体力が低下した高齢者でも答えられるよう、できるだけ短時間で行えること。ボクたちの経験では、三十分を越えるテストに耐えられる高齢者は少なく、長時間のテストは一種の持久力テストのようなものになってしまうたえ、最大限でも二十分以内にできるものが望ましいと考えました。

…(中略)…そして、これが最も重要なことですが、知的機能が正常な人なら簡単に答えられるけれども、認知症の人には回答することが難しい質問を並べることを心掛けました。つまり、やさしい質問を多くして、その問題に答えることさえ難しい高齢者を見つけだすようなテストにしようとしたのです。

ボクはやっと認知症のことが分かった 自らも認知症になった専門医が、日本人に伝えたい遺言:長谷川和夫p96-97

 

持久力・耐久性ではなく、認知機能を見る事ができるように、長谷川式はできるだけ短時間でできるように作られています。

 

長谷川先生の気持ちを汲み取り、

長谷川式は長くても10分でとる!!

と心に決めて検査に臨んでいきましょう。

 

長谷川式の注意点がもう一つあります。

それは、長谷川式は「言語性」の検査だということです。

質問を言葉で聞いて、それに対して言葉で答えることが求められます

そのため、言語機能に特異的な障害がある方に長谷川式を使っても、その方の正確な認知機能を評価することはできません。

その方は認知機能の問題で質問に答えられなかったり、答えを間違ったりするわけではなく、言語機能の問題で答えられない可能性が高いからです。

 

失語症の方に長谷川式をとってはいけない」

と言われるのは、失語の影響であまりに低くその方の認知機能が見積もられてしまうリスクがとても高いからです。

ただ、その方の言語機能をしっかりと評価した上でなら、長谷川式をとることが絶対に禁止されるわけではありません。

長谷川式に出てくる程度の質問であれば、理解/表出ともに言語機能の影響はないと評価した上での使用であるならば、十分にありうると思います。

 

長谷川式が「言語性」課題で構成されているのは、当時は脳血管疾患による認知症が多かったため、何かを書かせる問題を避けたため。また視覚が衰えた高齢者も多いので、視覚的な問題を避けた、と書かれてます。*1

 

この部分は長谷川式とMMSEとの違いでよく取り上げれます。

長谷川式は言語性の課題から構成されていますが、MMSEでは書字や図形の模写など視覚性の課題を含みます。

 

対象とする方の特性に合わせて、長谷川式をとるのか、MMSEをとるのか考える必要があります。

 

 

長谷川式概説・注意点

長谷川式は9個の質問項目からなり、ご本人の生年月日の情報をこちらが持っておけば評価が可能です。

 

記憶を中心とした大まかな認知機能障害の有無をとらえることを目的としています。

そのため、長谷川式は認知症の鑑別の補助検査として使用されることが多いですが、全般的な認知機能の評価や高次脳機能障害のスクリーニングとしても活用することができます。

 

最高得点は30点。カットオフは21点/20点です。

これは20点から認知機能低下が疑われる、という意味です。認知症であることが確定している場合は、20点以上で軽度、11-19点で中等度、10点以下で高度、とする指標もあります。

 

21点/20点をカットオフとした時の感度は0.93、特異度は0.86です。

感度とは認知症である人を認知症であると判断される割合を示し、特異度は認知症でない人をきちんと認知症でないと判断する割合を示します。

つまり、長谷川式でも7%は認知症と判断されずにこぼれおちてしまうことがあります。逆に14%は認知症でない人が認知症と判断されてしまうことがあり得ます。

カットオフにだけ注目して判断することは、このようなリスクがあります。

 

また、教育年数と知能テストの成績が高い相関を示すことは広く知られています。一般的に教育年数の影響は、加齢による影響力よりも大きいと言われています。

長谷川式の標準化データでは検査成績と学歴との相関は認めていませんが、高学歴者の検査成績は慎重に評価する必要があります。その方のもともとの知的レベルがどうだったのか、ということと合わせて解釈をする必要があります。

 

最後に、長谷川先生の「長谷川式」を行うにあたっての注意を引用します。

検査を行うにあたって、ぜひ注意して頂きたいことがあります。「お願いする」という姿勢をわすれないでほしいということです。検査では、簡単な暗算など、患者さんのプライドを傷つけるような質問もするわけですから、あくまで丁寧に、慎重に、お願いする姿勢を心掛けてもらいたいと思います。

また、この検査だけで認知症と判断したり、重症度を決めたりするのは危険です。教育歴の高い人は高い点数をとることがあるし、たとえ認知機能が正常でも、気力が衰えた時は低い点数が出ることもあります。テストを受けた二人の人の点数が同じでも、間違っていた箇所が違うこともよくあり、答えの中身をよく精査することも必要です。…(中略)…究極的に、認知症は「暮らしの障害」ですから、家族や介護関係者など、本人を日ごろからよく知っている方に生活の様子をうかがうなどして、総合的に判断することが何よりも大切です。

ボクはやっと認知症のことが分かった 自らも認知症になった専門医が、日本人に伝えたい遺言:p114

 

長谷川式を取って、点数を出して「認知機能が低下している」と終わらせてはいけません。

中身をよく分析し、どの機能が低下していてどこが保たれているのかを考え、それをケアに活かしていくことが必要です。

日付の見当識が曖昧ならば、カレンダーで代償できるかをみていく必要があります。

即時再生ができて遅延再生ができないなら、近時記憶に対する代償や環境調整が必要です。

点数だけに振り回されるのではなく、検査の中身をじっくり検討すること、そして何よりも、日常生活の中での評価をしっかりと行うことが大切です。

 

 

長谷川式の各項目について

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HDS-R

①年齢:自己に対する見当識

正確な年齢が答えられれば1点が与えられます。2歳までの誤差は正答になります。

「米寿」や「年男」などの答えは0点になります。

節目の年の名称は外部から多く与えられるため、自分で認識している年齢でない可能性があるためです。

 

②年・月・日・曜日:時間の見当識

各項目それぞれ正答で1点ずつ与えます。一つ一つ聞いても、全部一度に聞いても良いとされています。

 

 

③今いる場所:場所の見当識

ヒント無しでの正答は2点を与えます。5秒ほど待っても自発的な表出がなければ、「ここは病院ですか?施設ですか?家ですか?」と質問します。ヒント後の正答には1点を与えます。

 

見当識その方が「今、ここ」にいるのかどうか判断する重要な項目です。

①~③までをきっちりと聞いていくと検査のかっちりした感じが前面に出てしまいます。長谷川式は④以降を順番に行えば項目の順番を変えても可能ですので、①~③は会話の中で自然に聞き取ることを考えても良いと思います。

 

④三単語の記銘:即時記憶

3つの単語をゆっくりと区切って発音し(1単語1秒程度)、3つ全て言い終わった後に繰り返してもらいます。1つの単語ごとに1点、計3点が与えられます。

全て言えない場合、正しい答えを再教示して覚えてもらいます。(遅延再生があるため)3回以上言っても覚えられないときは、そこで打ち切り⑦遅延再生を除外します。

 

⑤計算問題:計算能力・ワーキングメモリー

100から7を引いていってもらいます。2回目の際に「97から7を引くと?」と聞いてはいけません。その「97」を把持することができているのかを見ているからです。

最初の計算に失敗したらそこで打ち切ります。(←MMSEとは異なるので注意)

正当1つに対し1点が与えられます。

 

⑥数字の逆唱:ワーキングメモリー

検査の前に「1-2-3」等で練習を行ってみるのが良いです。逆から言う、の理解が不十分の方はそのまま順唱することが多くあります。

逆唱こそ、ワーキングメモリーを見る課題です。数字を一時的に頭にとどめ、頭の中でその順番を並べ替える。「作業のために、一時的に頭に情報をとどめておく」力がワーキングメモリーです。

⑤で言うと、次の計算のために「97」という前の計算結果をとどめておくというのが、ワーキングメモリーの働きです。

 

⑦三単語の遅延再生:数分前の近時記憶

自発的に答えられた単語には2点。カテゴリーのヒントにより想起できた単語には1点を与えます。

検査の点数にはなりませんが、ここで「再認」できるかどうかを評価することができます。カテゴリーのヒントでも再生できなかった場合に、「羊」「猫」「犬」「うさぎ」この中のどれでしたか?というように選択肢を出してみます。

それで正答できたならば、保持まではできていたことが分かります。

 

⑧五つの物品記銘:即時記憶・視覚記銘力

5つの物品は名前を言いながら一つずつ並べ、並べ終わった後1つずつ指をさしてその物品の名前を言っていってもらいます。元々名前を言えないものが無いかを確認しておくためです。

物品記銘と三単語の即時再生の成績に乖離がある場合は、言語性記憶と視覚性記憶の乖離が考えられます。

視覚性記憶の方が良さそうな場合は、言葉で伝えるよりも図や絵を使った方が有効です。

 

⑨野菜の名前:言葉の流暢性

知っている野菜の名前をできるだけたくさん言ってもらいます。6個目から1点ずつ加点していき、最高得点は5点です。途中で言葉に詰まった場合、10秒ほど待って次がでてこないようであればそこで終了とします。

同じ野菜の名前や野菜ではないものの名前が出てきても注意することはせずに、「いいですね、どんどん言ってみてください」とサポートしていく言葉掛けが必要です。採点時に重複等を引いていきます。

 

ここは頭の柔軟性や発散的思考を見ています。前頭葉の機能です。

前頭葉損傷の高次脳機能障害でワーキングメモリーや語想起が低下することがあります。高次脳機能障害のスクリーニング的に使う際には、そのような見方をすると有用です。

 

 

 

参考文献

 

 

 

 

 

*1:ボクはやっと認知症のことが分かった 自らも認知症になった専門医が、日本人に伝えたい遺言:長谷川和夫

神経心理ピラミッド③

高次レベル=判断・病識(気付き)

 

神経心理ピラミッド高次レベルの二つ「判断」「病識」についてまとめていきます。

 

土台である意識・感情、その上に乗る基盤レベルの注意・情報処理・記憶、それらの機能に支えられ、「判断」「病識」は可能になります。

 

「あの人は病識がないから」なんて簡単に言ってしまいますが、自分自身への気付きは高次レベルの問題です。

「病識が無い」の程度によりますが、自分自身の能力や状況を正確に把握し、代償手段の必要性に気付きそれを活用していくことができるためには、とても高いレベルの力が必要とされます。

 

新しいRuskの神経心理ピラミッドでは、この部分を「論理的思考力(まとめ力・多様な発想力)・遂行機能」「受容」「自己同一性」と表現しています。

この表現はRuskにおいて訓練生とその家族が目指すべきゴールとの関連が大きいです。

Ben-Yishay博士は、訓練生とその家族が目指す最終ゴールを「自己同一性」の再構築とし、神経心理ピラミッドの頂上に据えた。…(中略)…損傷後の自分は確かに損傷前の自分とは違う。しかしこうした一連の努力が積み重なっていくとき、訓練生は確実に自分の可能性と新しい人生の目的を再認識することになるであろう。

前頭葉機能不全 その先の戦略 Rusk通院プログラムと神経心理ピラミッド:立神ショウ子p254

 

Ruskの通院プログラムの目指しているところは、「損傷した脳は完全に元通りには戻らない」ということを受容し、それでも「自分は自分である」「自分を好きになれる」気持ちをもって新しい人生を再構築していくことです。

 

土台のレベルから論理的思考力や遂行機能までの力が合わさって、私たちは自分を客観的に見つめ、「私が私であること」を認識し、自分らしく生きていくことができます。

 

 

論理的思考力・遂行機能=判断

 

私たちは生活する中で、常に様々な判断を行っています。

朝ごはんに何を食べるか、夕方には雨が降ると言っていたから出かけるときは傘を持っていこう、〇〇線が止まってるから代わりにバスで職場まで行こう、等々。

私たちは当たり前に、何の負荷もなくこなしていますが、これらの判断は高次脳機能の集大成です。

 

必要な情報を集め(あるいは似た経験を想起)、情報を統合・分析し、予測・計画を立て行動に移す。立てた計画がうまくいかなければ、別の方法を考える。

 

自立した生活を行っていくのに必要となるこのような力は、軽度の高次脳機能障害でも低下を認めることが多くあります。

日常生活で観察できる判断は、以下のようなものがあります。

 

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日常で観察できる「判断」(認知関連行動アセスメント 森田秋子)

 

「判断」の中にはいわゆる「遂行機能」というものも含まれます。

遂行機能は目的にかなった一連の行動をとるのに必要な全ての機能が含まれます。具体的には自ら目標を立て、計画し、外界から入力され認知された情報を適切に取捨選択し、注意を配分し、それらの情報を必要なモダリティに変換し、それらの情報に基づいて古い情報を更新し、既存の計画・方向を変更(セットの変換)し、目標を遂行するまでの機能全てを指します。*1

 

難しく言ってありますが、一般的に遂行機能は①目標の設定、②プランニング、③計画の実行、④効果的な行動、の四つの要素が考えられています。

 

そのため「遂行機能」とは、決して単一の機能ではありえません。

記憶や注意との関連はもちろんですが、他の様々な機能と結びついた総合的な力です。

 

遂行機能の臨床モデルでは、また別の視点から6つのカテゴリーが想定されています。

(①計画、②行動の開始、③順序化、④行動の維持、⑤問題解決、⑥自己評価と洞察、⑦修正)*2、としているものもあります。)

①発動性と動因→行動の開始

様々な情報や意志に対応するには、認知システムが活性化されなければならない。前頭葉内側領域の損傷がアパシーを引き起こし、自発的に行動を開始することができなくなることもある。

②反応抑制→行動の中止

自動反応や優勢反応の傾向を抑制する能力は、目標思考行動を柔軟に行うために不可欠である。…(中略)…反応の抑制が損なわれることにより生じる一般的な障害として挙げられるのが、衝動反応、刺激拘束性(環境刺激に過剰反応する、刺激が生じた際に反射的に行動する)と、保続(一つの反応に固執してしまい、新しい反応セットに移行することができない)である。

③課題持続性→行動の維持

注意を維持し、作業が完了するまで持続することのできる能力は、重要な遂行機能である。この能力は、作動記憶が損なわれていないかどうかに左右される。…(中略)…課題の持続は反応抑制に深く関わっている。

④体系化→行動や思考の整理

情報をどのように体系化し、順序付けるかを制御するのに関わっているのが前頭皮質である。この前頭皮質は、重要でない情報を作動記憶から消し去り、これらに反応しなくて済むようにする機能を果たしている。さらに、整理された状態で情報の検索や順序付けに必要な過程を手助けする。…(中略)…目標の同定と計画、時間間隔は機能的には体系化と関連している。

⑤生成的思考→創造性、流暢性、認知的柔軟性

問題の解決法を生み出し、柔軟に思考するための能力は、問題解決には不可欠である。前頭葉損傷により融通が利かなくなり、また狭小な思考になることもあり、そのような人は自分とは異なる見方を理解するのが難しくなることを経験する。遂行機能障害の典型的な症状の一つに、新規のアイデアを生み出すことができなくなるということがある。

アウェアネス→自らの行動をモニタリングし修正する

自らの行動や感情に対して洞察力を持つ、環境からのフィードバックを取り入れて行動を修正することのできる能力は、物事をうまく遂行するには不可欠である。…(中略)…誤りを察知してそれに対応する能力を持つには、アウェアネスが必要である。

高次脳機能障害のための認知リハビリテーション 統合的な神経心理学的アプローチ p197)

 

出てくるキーワードを見てみると、神経心理ピラミッド低次レベルの機能が多く含まれていることに気付くと思います。

④から先は思考力や気付きの部分になりますが、①から③までは感情や注意といった機能によるものです。

このようなところからも、遂行機能が「高次脳の総合力」であることが分かります。

 

最後にRuskの思考力・遂行機能の定義を引用します。

 

論理的思考力

①収束的思考力・まとめ力

「まとめ力」とは、話の主題や要点に的を絞る力のことである。

周辺の二義的な考えから主な考えを区別すること。離されたあるいは書かれた長いコミュニケーションの主なポイント、要点を言い直すこと、目的やゴールという形にまとめること。

②拡散的思考力・臨機応変力、あるいは多様な発想力

複数の発想を生み出す力、あるいは代わりの視点から考えられる力。発想が柔軟であることや、「共感」という言葉で表されるような、他の人のみになって考えられる力。

自分の視点を柔軟に変える。異なる選択肢を考える。その時の状況に最も適切なアプローチを選択する。

 

・遂行機能

順序正しく、また実際的なやり方で、問題を解決しながら計画を実行する力。

ゴールを設定する、解決の必要な問題を考える。

②オーガナイズする。つまり、全ての情報、データ、項目を集めて分類する。

優先順位をつける。つまり、情報、データ、項目を重要性に従ってランク付けすること。

④計画を立てる。つまり、自分のゴールのために、体系的な方法を形作る事。体系的な方法とは、ステップの連続を計画するという意味である。

計画を実行する。遂行する。

⑥自己モニターする。つまり、計画を行っている間、そして行った後、誤りがないかダブルチェックする。

トラブルシューティング。つまり問題の解決を考える事。

前頭葉機能不全 その先の戦略 Rusk通院プログラムと神経心理ピラミッド:立神ショウ子p102-103

 

 

自己への気付き・病識

 

神経心理ピラミッドの頂上に乗っているのが「自己への気付き」です。

この部分は新しい方の神経心理ピラミッドでは「受容」「自己同一性」と表現されています。

 

この「気付き」は臨床では「病識」として考えられることが多いです。

自身の障害、能力の低下に対してどの程度自覚的であるかは、その方のその後のADL・IADLの自立や社会復帰の可否に大きく影響します。

適切な病識を持ち、自身の弱み・強みを把握することで、代償手段を身に付けることができるからです。

 

例えば、自分は「忘れてしまう」という病識がある方は、メモをとったり、アラームを使ったり、という「代償手段」を自発的に使うことができます。

「書かないと忘れてしまう。だけど、必ず書いて、必ずメモを見るようにすれば大丈夫だ」と、自分の出来ないこと(記憶)と、できる事(メモを取り、確認する)を理解できているからです。

 

小川洋子さんの「博士の愛した数式」で、博士は袖にたくさんのメモを貼っていましたね。

 

【ぼくの記憶は80分しかもたない】

【新しい家政婦さんが来る】

80分しか持たない記憶の代償手段が、メモでした。

博士は自分自身の記憶が80分であることも忘れてしまうけれど、覚えている間にその事実を忘れないように「代償手段」を行使することができていました。

その意味では、博士の病識はかなり高いレベルであると思います。

 

臨床で使える病識の4つのレベルがあります。

 

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病識のレベル(認知関連行動アセスメント 森田秋子p26)

 

 日常会話の中から、その方の病識が4つのどのレベルであるか評価するのはとても大切う。

特に三番目の「能力理解」が不十分である方は、リスク管理も不十分であることが多くあります。

脳梗塞で、手足に麻痺がある、と口で言ってはいても、だから「一人で立ち上がるとふらついてしまう」というレベルの理解には至っておらず、一人で立ち上がり転んでしまう。

逆に言えば、危険行動の多い方は自身の「能力理解」が不十分である、と言えます。

 

脳卒中脳挫傷による高次脳機能障害のリハビリでは、その方の「病識」がどのレベルり、どのように気付きを促していくかはとても難しく、重要な部分です。

 

その方の精神面・障害受容のレベルも注意深く見守りながら、時には適切なタイミングで「失敗させて」、何故うまくいかなかったのかを一緒に考えていくことが必要になります。

 

医療介護職は、基本的にとても優しい関わりをします。

その方が理解できるように、うまく表現できなくてもその方の意をくみ取るように腐心します。

失敗しないように、その方がたとえ何もしなくたって恙なく一日が終わるようにサポートします。

 

そのように真綿で包み込むようなサポートが全面的に必要な方もいらっしゃいますし、そのような時期もあります。

しかし、その方が自立的に生活できるようにしていくには、どこかで少しずつ「野に放つ」必要もあると思います。

 

医療介護職の手厚いサポートから少し外れたところで、「うまくいかない」経験が、その方に「気付き」を与えるきっかけになるかもしれません。

その方の精神面・高次脳機能の回復段階に合わせて、その方へのケアの量や提供する「配慮」は変えていく必要があります。いつまでもずっとおんぶにだっこで過ごしてもらうのは「自立に向けたケア」ではないと考えます。

多職種協同して、高次脳機能の全体像を追いながら、適切なケアを考えていくことが、質の高い「自立ケア」へ繋がっていきます。

 

 

認知症と神経心理ピラミッド

 

さて、ここまでの神経心理ピラミッドの話、特に今回の高次レベルの話は、脳卒中脳挫傷などによる高次脳機能障害を念頭においています。

認知症による高次脳機能障害では、また少し話が変わってきます。

脳卒中などによる高次脳機能障害認知症とでは、予後が全く正反対だからです。

 

脳卒中などによる障害は、基本的に発症時が最も重く、そこから回復していくモデルが想定されます。最初がもっとも重く、再発しない限りそこから良くなっていくことはあっても、悪くなることはありません。

一方で、認知症は進行性の疾患です。そのため、緩やかに低下していくモデルで考えられます。進行を緩やかにすることはできますが、失われた機能を取り戻すことはできません。

 

神経心理ピラミッドは「脳卒中などによる高次脳機能障害の回復過程についても表現している」と神経心理ピラミッド①で説明しました。

そのような「回復過程」のイメージで神経心理ピラミッドを使うことが、認知症の方に対しては難しいです。

 

しかしそれでも、認知症の方の高次脳機能を神経心理ピラミッドで見ることは有用です。

神経心理ピラミッドは、その方の高次脳の「全体像」を考えやすくするからです。

高次脳の「全体像」を把握することで、本当にその人にあったケアの方法を考えやすくなります。

 

「これができない」「あれができない」と考える前に、まず「土台はどうなのか?」を考えることが有用です。

覚醒や意識の部分が不十分であると、その上にある機能は不安定になります。

 

減点方式で考える前に、土台は十分に安定しているかを見てみることが大切です。

土台が揺らいでいるのなら、その上にある機能が不十分であるのは想定範囲内です。

そのような方には記憶や注意の代償手段をあれこれ考えるよりは、覚醒を上げていくための刺激入力の方が良いことがあります。

 

その方の高次脳の全体像を把握し、その方のレベルにあった適切なケアを選択できるようにしていきたいですね。

 

 

参考文献

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:標準言語聴覚障害高次脳機能障害学p175

*2:注意と意欲の神経機構p250

神経心理ピラミッド②

高次脳の基盤=注意・情報処理・記憶

 

今回は土台となる意識・感情の上に乗っている「注意」「情報処理」「記憶」についてまとめていきます。

最後の「記憶」はRuskの神経心理ピラミッドでは高次の機能とされています。

一方で、日常生活の観察所見から高次脳機能を評価していくCBAでは、「記憶」までが基盤のレベルとされています。

ここではCBA的考え方に則って、「記憶」までを基盤として考えていきます。

CBAについても、どこかでまとめていきたいと思っています。

気になる方は以下のサイトをご覧ください。

www.cba-ninchikanrenkoudou.com

 

 注意

 

注意は空間性注意と全般性注意にまず分けられます。

空間性注意の障害には例えば半側空間無視が挙げられます。

一般的に使われている「注意障害」は、多くの場合全般性注意について使われることが多いです。

Ruskの言う「注意」では全般性注意に焦点が当てられている印象ですが、CBAでの「注意」で挙げられている例を見ると、半側空間無視や半側身体失認による症状も含まれているようです。(麻痺肢の管理不十分など)

 

全般性注意も、大きく三つのコンポーネントに分けて考えられます。

①注意の選択機能(選択性注意・焦点性注意)

注意の選択機能とは、ある刺激にスポットライト(焦点)を当てる機能です。多くの刺激の中からただ一つの刺激、または刺激に含まれるただ一つの要素に反応する能力を指します。*1

 

例えばコンビニの棚に陳列されているたくさんのお菓子の中から、自分が買うつもりだったポテトチップスを探す時。

お菓子はたくさんありますし、ポテトチップスにも色々な種類があります。そんなたくさんの妨害刺激(自分が買うつもりじゃないお菓子)の中から、たった一種類、自分が買う予定のポテトチップスを見つけ出す=特定の刺激に注意を向けるのが、選択性注意の機能です。

 

②覚度・アラートネス・注意の維持機能(持続性注意)

持続性注意はある一定の時間における注意の強度の維持機能に関与しています。待機・警戒し、機敏に反応する状態を維持する注意機能です。((((注意障害 加藤元一朗・鹿島晴雄 注意と意欲の神経機構 日本高次脳機能障害学会))))

 

持続性注意の低下により、「集中できる時間」が短くなります。

同じ課題を長い時間続けていくと、後半になればなるほどミスが増えるようになります。

一定のレベルの集中力や刺激に対する感度を維持するのが、持続性注意です。

 

③注意による制御機能(配分性注意・転導(転換)性注意・制御性注意)

注意による認知機能の制御とは、ある認知活動を一過性に中断し他のより重要な情報に反応したり、二つ以上の刺激に同時に注意を向けたりするような、目的志向的な行動を制御するような機能を指します。

また、視覚的なシーンのある部分に随意的に注意の焦点を当てる事、ある刺激への反射的な選択反応を抑えること、外界からの干渉刺激を抑制することも、この制御機能に含まれます。*2

 

制御性注意は車の運転を思い浮かべてみると良いと思います。

基本的に前を見ていますが、必要時はバックミラーやサイドミラーに注意をむけます。

目の前にいきなりボールが転がってきたら、慌ててその方向に目を向けブレーキを踏みます。

当たり前に行っているこんな動作の中で、注意はより重要な刺激の方へと転換され、オーディオから流れる音楽などの不必要な刺激を適宜抑制しています。

「安全な運転」という目的を達成するために、必要な部分への注意を強くして、不要な部分への注意を最低限に落とす。同じ部分にずっと注意を向けるのではなく、必要な部分の注意を必要時ぐんと上げる。これが、制御性注意の役割です。

 

注意障害によって、日常生活においては以下のような行動が見られます。

 

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注意障害病状の例(認知関連行動アセスメント 森田秋子)

 

Ruskの注意障害の定義を載せておきます。

不十分な覚醒、注意耐性、厳戒態勢に関連した、あるいは選択性注意にフォーカスすることにした、または思いの連鎖を維持できないことに関連した欠損群。

基本的な注意力生涯の欠損には、以下のような症状がある。

1.目覚めている状態あるいは覚醒のレベルが不十分である。

2.注意を選択的にフォーカスすることが困難。

3.一般的に求められる時間の間、集中力を維持することが困難。すなわちフォーカスすべき思いの連鎖、動作、聴覚的・視覚的刺激などを維持することができない。

前頭葉機能不全その先の戦略 Rusk通院プログラムと神経心理ピラミッド 立神ショウ子

 

注意の詳細はまた別のところで整理していきたいと思います。

このように概観してみると、注意が「覚醒」と関連することが言葉の上でも見えてきますね。

神経心理ピラミッドは、他の階層と関連しています。この「注意」のレベルも、土台となる意識・感情の上に成り立ちます。

そしてこの「注意」が、次のレベルにある「情報処理」に必要となります。

 

 

情報処理

 

Ruskの神経心理ピラミッドでは、このレベルは「コミュニケーションと情報処理・スピード・正確性」とされています。

 

脳に損傷が起こると、大なり小なり処理速度の低下が生じます。

前回の神経疲労の部分でもあったように、損傷によって脳細胞の全体数が減った状態で同じ作業量をこなしていこうとすれば、必然的に作業速度は遅くなります。

 

情報処理能力の低下は、パソコンの容量に例えて説明されることもあります。

容量の大きいパソコンは、動画をスムーズに読み込むことができますが、容量の小さなパソコンは読み込むのに時間がかかります。

傷ついた脳は、容量の小さなパソコンに似ています。決してできないわけではありませんが、同じ作業をこなすのに時間がかかってしまうのです。

 

またRuskの定義を引用します。

情報処理の的確性の低下と、思いを言葉で伝える能力に関連した欠損群。

情報処理とコミュニケーション・スキルの能力低下の問題は、以下のように典型的に表れる。

1.普通より大幅に情報処理に時間がかかる。すなわち、受信情報を把握して理解することに時間がかかる。

2.言葉を返したり、動作をつなげたり、応答したりするのに、普通より大幅に時間がかかる。

3.タイムリーで最もふさわしい方法で周囲と交流するのに、重大なギャップが生じる。すなわち受信情報に対して、その返答を用意する過程に困難が生じるため、患者は多くの場合、進行中のプロセスの一部を処理し損なってしまう。その結果、患者の返答は不適切な内容になりうる。

4.不正確で断片的であいまいで、不明瞭な言葉のコミュニケーション(=失語症の問題)

5.ねらいや焦点が定まっていない言葉によるコミュニケーション。会話がとりとめもなくなったり、回りくどくなったり、しばしば混乱する。ここでの問題は論理的な考え方の能力低下があるためである。コミュニケーションにとりとめがないことに加え、患者にしてみると、いつ意図した発言をすべきか、またはすべきでないかを決断するのが難しい。ゆえに比較的単純な主張を始めた時ですら、患者は簡潔に要点を言って発言を終了することができない。その代わり患者はとどまるところを知らずとりとめもなく話す傾向にある。

前頭葉機能不全その先の戦略 Rusk通院プログラムと神経心理ピラミッド 立神ショウ子

 

音声言語での生のコミュニケーションは、非常に素早い情報処理を必要とします。それも相手の話を聞いて理解しながら、それに関連することに思いを巡らして、相手にどのような言葉を返すか考えなければいけません。二重課題どころではない処理を、とても速く持続して行い続ける必要があります。

 

3で説明されていることはコミュニケーションで求められる情報処理速度に、脳損傷のある患者さんがついていく事はとても大変だ、ということです。

 

患者さんが相手の話を最初の部分をやっと理解して、それに対する返答を準備し終わった時、話題は別のものに移ってしまっているかもしれません。しかも患者さんはその間一生懸命自分が聞き取った部分を理解して、それに対する返答を考えていたため、その間の周りの話は聞き逃してしまっています。

そのため、相手からしたら患者さんの返答は「不適切」になってしまうのです。

 

正確で適切なコミュニケーションには「情報処理」のスピードが必要です。

なんだかやりとりがかみ合わないな…と違和感を感じたら、このレベルの問題を疑ってみても良いかと思います。

 

 

記憶

 

記憶についての細かい話は以前まとめさせて頂きましたので、そちらをご覧ください。

 

ryo-kobayashi.hatenablog.com

 

 

ryo-kobayashi.hatenablog.com

 

Ruskの定義を引用します。

①獲得する、すなわち習得する。②必要に応じて維持、増強する。③必要に応じて情報を自発的に思い出す、などの問題に関連した欠損群。

記憶力の低下は以下のように現れる。

1.短い指示や説明でもすぐに思い出すことができない。例えば、指示が終わった時に、患者は初めの所を覚えていることができない。

2.エピソード記憶の問題。少し前に伝えられたことの概要ですら記憶しておくことができない。

3.自分に伝達された大事なメッセージのように個人的に意味のある経験であっても、維持して記憶することができない。あるいは約束など引き受けた重要なことを思い出せない。または自分の問題を深く洞察して、そこから得た結論を維持することができない。

4.「無気付き症候群」と結びつくと、患者の記憶の欠損は「断続性症候群」に帰結することになりうる。「断続性の問題」とは、自分の行っていることの何かが不具合だと気付くことができず、したがって補填戦略を教わっても、これを用いることを思い出せない。

5.「断続性症候群」は他者から思い出すための合図や、きっかけを示すう形で介入を必要とする。

前頭葉機能不全その先の戦略 Rusk通院プログラムと神経心理ピラミッド 立神ショウ子

 

1の短い指示や説明でも思い出すことができない、ということが「記憶の問題」であると言うためには、その指示が一度しっかりと理解できているのかを確認する必要があります。

注意の低下や処理速度の低下で、はじめからインプットできていない場合があります。

下位のレベルの影響を考える必要があるのは、このような場合があるからです。

 

「記憶」の問題だと思っていても、それ以前の問題であることがあります。

また「記憶」の問題を、それより下位の機能の向上により補填することができることもあります。

それぞれの段階は、互いに影響し合っています。

自分の思い込みを一度外して、どんな環境で、どんな状態で、どんな刺激に対してどんな反応をしたのか、客観的に整理してみることが必要です。

 

 

高次脳機能の基盤レベルまでまとめてみました。

次回は高次のレベルについて整理していきます。

 

 

参考文献

 

 

 

 

 

*1:注意障害 加藤元一朗・鹿島晴雄

*2:注意障害 加藤元一朗・鹿島晴雄

神経心理ピラミッド①

高次脳機能の階層性

~高次脳の土台=意識・感情~

 

 

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神経心理ピラミッド

 

神経心理ピラミッドは、高次脳機能の階層性を表したものです。

より高次の働きは、低次の働きが土台としてあって機能しています。

覚醒や発動性といった基礎の部分が障害されていれば、それよりも上位の機能は影響を受けます。

 

この階層性は、高次脳機能の回復段階を想定したものでもあります。

「記憶障害」があるからと言って、いきなり記憶から考えるのではなく、それよりも下位の機能が保たれているのかを考えます。

記憶以前に「覚醒」や「注意」に低下があるのなら、まずはそちらからアプローチしていきます。

 

それぞれの機能は厳格に区別して考えるべきものではなく、互いに循環し関連し合っていて、影響を与え合うと考えるのがよいとされます。*1

 

それでは、神経心理ピラミッドの階層を一つずつ整理していきます。

まずは高次脳の土台となる意識・感情の二つについて!!

 

 

①意識(覚醒・心的エネルギー)

 

神経心理ピラミッドの土台となるのが「意識」です。

この段階の機能低下は意識障害」「易疲労性」「覚醒の低下」「反応の遅延または無反応」「目は開いているけれどぼーっとしている」、等の症状を引き起こします。

 

意識を見るポイントは①覚醒、②反応、③易疲労の三つです。*2

 

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意識障害の状態(認知関連行動アセスメントp17)

 

Ruskでの神経疲労とは、以下のように定義されています。

神経疲労とは

脳損傷の結果生じた、器質性の欠損である。脳が「損傷した」「死んだ」細胞を補うために人一倍努力することにより引き起こされる「神経」の疲労健康な細胞が、今や依然の二倍仕事をしなくてはいけなくなったわけである。…(中略)…クリアに考えることができない。あるいは考えたり行動するのに必要な精神的エネルギーが少ない。かつては自動的にできていた色々なことも、今では慎重な努力が必要となる。

例えば、次のことに前より余計にエネルギーが必要となる。①余計なことを排除する②集中する③意味を読み込む④うるさい場所で会話する⑤自分自身をモニターする、など。従ってこれらに以前より余計に時間がかかり、以前より早く精神的に疲労する。

前頭葉機能不全その先の戦略 Rusk通院プログラムと神経心理ピラミッド:立神ショウ子p83

「目が開いている」「起きている」からと言って、必ずしも「意識が清明である」とは言えないことがあります。

起きているけれど、反応が鈍い。すぐに疲れてしまう、等はこの「意識」の段階が万全ではないことによります。

 

②感情(抑制・発動性)

 

意識の上に乗っているのが「感情」です。

「感情」を見るにあたっては「喜怒哀楽」「抑制」「意欲」3つのポイントがあります。*3

 

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感情障害を判断する視点(認知関連行動アセスメントp19)

 

感情障害と言うと抑制困難や無気力・アパシー・自発性/発動性低下が挙げられますが、感情の平板化も見逃したくないサインです。

 

また易怒性ばかり目につきますが、反対のパターンも生じることもあります。

本来怒りっぽかった人が、人が変わったように穏やかになった。なんてことも、大枠で見れば「感情」の障害に入ります。

あったものがなくなった(穏やかだった人が、怒りっぽくなった)

なかったものが現れた(怒りっぽかった人が、穏やかになった)

=どちらも「感情」のレベルで何かが生じた、という判断になります。

 

穏やかになったこと自体は大きな問題にはなりませんが、だからと言って「感情」のレベルに問題がないと判断してしまうのは危ないです。

感情レベルに問題が生じているということは、感情コントロールがうまく行えない可能性があるということです。

そのため、ほんの小さなきっかけで怒鳴りだしたり、暴れてしまう可能性も0ではないのです。

何かケアをする時、その可能性を頭の片隅に置いておくと避けることのできる騒動もあるかもしれません。

 

Ruskの無気力症・抑制困難症の定義もご紹介しておきます。

無気力症とは

「ダイナミズム、生き生きしていること、動きがあること」が「欠如している」ことである。従って、無気力症は精神的エネルギーへアクセスできないことを意味する。

無気力症とは以下の3つの構成要素からなる症候群である。

1.自分からできないという問題:自分から何かを始めたり、自分を活動的にさせる、ということが難しい。つまり、意志が「麻痺」している状態。

2.発想法の欠乏イデアの不足、一つの考えが他の考えを導かない。

3.心の自発性の欠如:顔の表情(無表情、仮面のよう、ほとんど笑わない)、ボディランゲージ(ほとんど動かない)、あるいは声の調子(抑揚の不足、ほとんど声の調子が変化しなくて「平坦」という言葉の意味に近い。モノトーン)によって、感情の動きや心の動きを表現するのが難しい。

前頭葉機能不全その先の戦略 Rusk通院プログラムと神経心理ピラミッド:立神ショウ子p85

 

「抑制困難症」は自己調整力に問題があること、自己を抑制することができないこと、エネルギーがありすぎて、そのエネルギーをコントロールすることができないこと、という意味である。

「抑制困難症」は以下の7つの要因からなる症候群である。

1.衝動症:衝動による欠損

①心に浮かんだことを、考えなしに、あるいは結果を考えずに言ったり行ったりすること②たくさんの思いが次から次へと頭の中を駆け巡ること③自分の番でないときに話すこと。人の話を遮ったり、人が話していても構わず話したりしてしまうこと④ふさわしくない時に冗談を言ったり小野知ったりすること。脳損傷以前だったら、その時がふさわしくないとか…(中略)…考えて自分を抑制できていたが、損傷後はそういった思いに至らない。

2.調整不良症

①あまりに激しく、あるいはあまりに早く、言ったり行ったりしてしまう事。大声で話したり、猛烈に早口で話すこと。②動作するときのエネルギーをコントロールできない。例えばドアを普通に閉じるつもりでも激しく閉じてしまう。③情緒の調節がきかないこと。または感情的に「持っていかれてしまう」こと。微笑み程度がふさわしいようなときでも、ヒステリックに笑うこと。④誇張したり、あまりにドラマチックな表現をすること。

3.フラストレーション耐性低下症

困難や挑戦などに耐える能力が不足していること(要求の高い仕事、退屈な仕事、感情的に荷が重い仕事…(中略)…突然の変化、新しい状況などのような状況の時にそれらに耐える力が低下する)②フラストレーション耐性低下症はイライラ症と激怒症につながりうる。

4.イライラ症

これは脳損傷による器質性障害で人格の問題ではないという事の理解がまずは大事である。脳損傷後は、簡単にイライラしやすくなる②刺激がありすぎると、イライラ症を引き起こすことがある。③小さなイライラの要因でも「払い落す」ことが難しく、それに「とらわれて」しまい、それをわきに置くことができなくなる。

5.激怒症、気性爆発症

フラストレーションや怒りの気持ちがあまりに強くなると、ただちに引き金の調節が利かなくなり、怒りの爆発が起こる。

6.多動症

身体を動かすところに生じるエネルギー過多症。…(中略)…退屈や心配が原因ではなく、エネルギーがありすぎる問題。フォーカスや集中力をなくす原因になりうる。そしてそれは記憶や、学ぶ力、学ぶ過程、そして学ぶ理由に影響する。

7.洪水症(情動・感情あるいは認知の)

情動・感情や心の混乱にあまりに圧倒され、物事をクリアに考えられなくなってしまう事。心や頭の中が「真っ白に」なること。あまりにたくさんの思いが心に去来し、それらの思いを伝えるのにどこから始めてよいか分からなくなること。何も語ることができなくなり、泣きじゃくる、固まってしまう、というふうになる。

前頭葉機能不全その先の戦略 Rusk通院プログラムと神経心理ピラミッド:立神ショウ子p88-89

 

感情のレベルでの障害は、単純にすぐに怒ってしまう、泣いてしまう、というだけではありません。

Ruskの定義にあるように、このレベルの障害は「エネルギーのコントロール」の問題です。

そのため、「無気力」も生じれば「エネルギー過多」も生じるのです。

どちら側に傾くかの問題で、どちらにしてもそれがいわゆる正常範囲に比して「過剰」であることに変わりない。

 

最初に述べたように神経心理ピラミッドの各階層は互いに影響しているので、意識がとてもクリアでなんの問題もないのに、感情コントロールだけに大きな障害がある、というような障害像は考えにくいです。

もちろん、前頭葉眼窩面のみの損傷で…等損傷部位にもよるとは思います。ただ、顕著な部分にだけ目を向けるのではなく、一旦落ち着いて全体像を見てみる必要があると思います。

 

本当に意識のレベルに障害はないのか?注意はどうだろう?

開眼はしているけれど、本当に覚醒は良いのか?表情をよく見て確認してみる。

刺激に対する反応は?疲れやすさはどうでしょう?

案外、起きて居られても「ぼーっとした」表情の方は多くいらっしゃいます。

ぺらぺらとずっと話していても、思考に負荷がかかるやりとりでは反応が遅延することもあります。

 

ただ「話す」だけでも、目的をもって「話す」とそれは「評価」になります。

何気ない普段の会話の中に、その方の高次脳を評価するきっかけがたくさんあります。

その方が見せてくれる小さなサインを、見逃さないようにしていきたいですね。

 

 

次回、神経心理ピラミッドの続き「注意」「情報処理」「記憶」までをまとめたいと思います!

 

 

参考文献紹介

 

 

 

 

 

 

 

*1:認知関連行動アセスメント 森田秋子

*2:認知関連行動アセスメント 森田秋子p16

*3:認知関連行動アセスメント 森田秋子p18-19

「認知症になる」とは~「ボクはやっと認知症のことがわかった」読後感想~

「長谷川式」

 

認知症の検査」と聞いて最初に思い浮かべるのは、「長谷川式」ではないでしょうか。

とても簡便で、物品記銘に使う道具さえあればどこででも短時間でできて、認知機能をざっとスクリーニングすることができます。

「長谷川式」の中身等はまたどこかでまとめたいと思います。

 

この検査を作ったのが、長谷川和夫先生です。

先生は当時「痴呆」と呼ばれていたその名称を、「認知症」に変えた方でもあります。

 

そんな認知症の第一人者である長谷川先生自身が認知症になったと知った時は、なんだか人智を越えて深淵なものを感じてしまいました。

 

長谷川先生は自身が認知症であることを公表し、当事者として「認知症とは」ということを伝えてくださっています。

 

今回は先生の著書

「ボクはやっと認知症のことがわかった

自らも認知症になった専門医が、日本人に伝えたい遺言」

 

 

の感想を書かせて頂きます。

 

 

認知症の方の世界~記憶との関連~

 

自分の体験の「確かさ」が、はっきりしなくなってきたのです。自分がやったこと、やらなかったことに対して確信が持てない。たとえば、自宅を出てどこかに出かけるとき、鍵をかけたか不安になっても、たしかに鍵をかけたと思えば、そのまま出かけるのが普通です。あるいは不安なら、一度戻って鍵がかかっているのを確認して、それ以上は心配せずに出かけます。それが正常な時の反応。でも、確かさが揺らいでくると、家に戻って確認したにもかかわらず、それがまたあやふやになっていく。いつまでたっても、確信が持てないのです。

(同書p18)

 

認知症の方に記憶障害があることは知識として知っています。

この方の近時記憶はこのくらい、と何となく把握してお話してはいます。けれど、「忘れてしまう」ということが、実際どんなものなのか。その不安は想像するしかなくて、曖昧なものでした。

 

「確信が持てない。確認しても、それがまたあやふやになっていく」

 

長谷川先生のこの言葉に、なるほど、と思いました。

私たちは確かに鍵をかけたと「確認した」ことを覚えていられるので、安心して出かけることができる。

けれどそのエピソードをまるっと忘れてしまえば、いつまでたっても心配なままです。

 

「覚えている」ということは「確かさ」に繋がる。

「確かさ」が揺らぐので、不安になる。

認知症の方で過度に不安になったり、依存的になったりされる方がいらっしゃいます。

その方たちの不安はこの「確かさが揺らぐ」部分にあったんだなと納得しました。

 

 

~調子の波~

 

認知症は「固定されたものではない」ということです。普通のときとの連続性があります。…(中略)…認知症は固定したものではない。変動するのです。調子のよいときもあるし、そうでないときもある。

(同書p66)

 

認知症の症状に波があることは、認知症ケアに携わったことのある方々は何となく感じることがあるのではないでしょうか。

長谷川先生の場合は、朝調子が良くて、疲れてくる夕方辺りは負荷がかかってくると仰っています。

 

認知症のタイプや個人によっても波があるか無いか違ってくるのかもしれませんが、どのタイミングでベストなパフォーマンスができるかは知っておきたいですね。

 

「認知機能に浮動性があるのかもしれない」と思って評価することも大切だと思いました。

自分が一回見たそのパフォーマンスがベストではないかもしれない。

たまたま調子の悪い時だったのかもしれない。

逆に、自分が見たその時がとても調子の良いときだったかもしれない。

そのパフォーマンスを常時発揮することは難しいのかもしれない。

 

たった一度の評価でその方の能力を見切った気にならないで、様々なタイミングで評価ていくことで、見えてくるものがあるのだと思います。

 

長谷川先生のように、調子が良い時と悪い時の波がある程度固定化しているなら、その調子に合わせたケアが提案できます。

 

調子の良い時に、その方の得意な事・できる事をやってもらう。

調子の悪い時は、ある程度ルーティン化した事や受動的に楽しめる事を行う。

 

認知症の方の波をつかんで、そんなケアの提供を目指していきます!

 

 

認知症になっても、「私」は「私」のまま~

 

まず何よりもいいたいのは、これは自分の経験からもはっきりしていますが、「連続している」ということです。人間は、生まれたときからずっと連続して生きているわけですから、認知症になったからといいて突然、人が変わるわけではありません。昨日まで生きていた続きの自分がそこにいます。

(同書p66)

 

認知症は進行性の疾患です。脳卒中のように、ある時突然症状が出現するわけではありません。

じわじわと脳細胞が壊れていき、それに伴って徐々に症状が現れてくる。

 

考えてみれば、人間は変化していく生き物です。

赤ちゃんが子どもになり、大人になっていく過程は大きな変化の連続です。

赤ちゃんだった私と大人になった私は見た目には大きな違いはあるけれど、どちらも同じく「私」です。

 

認知症」という病気も変化をもたらします。

目には見えない変化です。成熟した脳が、壊されていく。悲しい変化です。

けれど他の変化と同様、変化しても「私」が「私」であることは変わらない。

人間は「連続している」。生まれてから死ぬまで、ずっと「私」は「私」である。

 

認知機能は脳表面にあって、親の躾や学校の教育、社会から受けた教育など長年にわたるインプットの集大成です。この「認知脳」の下には喜怒哀楽の「感情脳」があります。そしてさらにその下には人間の核になる、その人らしさが詰まった脳があります。アルツハイマー病では一番上の「認知脳」の機能が失われ、次に「感情脳」が壊れていくのです。

ブライデンさんはやがて感情さえ壊れ、自分はどこへ行くのだろうと不安でいっぱいだったのです。ところが二冊目を書くころにはこの心配は消え、自分らしさだけの脳になって「私はもっとも私らしい私に戻る旅に出るのだ」と思い直した。「だから私を支えてください」と言っているのです。

同書p142-143

 

長谷川先生は、認知機能も感情も壊れてしまっても残るその部分を、「もっとも自分らしい自分」「自分らしさの詰まった部分」と表現されています。

 

私は、心の一番深くにある、最もその人らしい、その人の存在そのものを支えることがスピリチュアル・ケアなのだと思いました。

同書p143

 

その人の最もその人らしい、その人の存在そのものは最後まで残る。

その部分を支えることが、スピリチュアル・ケアだと先生は仰います。

 

認知症になると、何もかも分からなくなってしまうのではない。

親からの躾や教育された部分は壊れていっても、その人をその人たらしめる、核たる部分は残っている。

その部分を尊重したケアを行っていくことが求められている。

 

認知症も晩期にはほとんど反応がなくなり、寝たきり状態になってしまわれる方が多くいらっしゃいます。

そんな方々にどんなケアを提供することが、その方にとってベストであるのか、悩むことも多くあります。

 

そんな時、「その人たらしめる、核たる部分は残っているはず!」との信念を思い出したいと思います。

何か、反応があるはずと信じて、刺激を変えてみながら観察してみる。

諦めずに様々な刺激を入れてみる。小さな反応を見逃さないようにする。

 

そんな風にしながら、その人らしさを尊重するケアを探していきたいと思います。

 

 

最後に…

 

長谷川先生も仰る通り、認知症の世界は当事者になってみないと本当の所分かりません。

けれど、今は認知症当事者の方々もご自身の体験を本や講演で教えてくださっています。

その方々のお話を聞いて、少しでも認知症の方々にとっての世界がどのようなものなのか理解していきたいと思います。

どんなに私たちにとって不可解で理解できない行動であっても、その方にとっては必ず理由のある行動のはずです。

「何でそんなことを!」と思ってしまう前に、自分の認識とその人の認識の間にあるギャップを少しでも埋めていきたい。そのためには、その方の世界を知る必要があります。

高次脳機能について知ることは、もちろん認知症の方の世界を知る事につながります。

当事者の方々からのお話は、その方の世界を間接的に追体験することができ、とても勉強になります。

 

認知症ケアに携わる一人として、より良いケアを目指していく決意を新たにさせて頂きました。