ST介護職の考え事

認知症・高次脳機能・ケアについての覚え書き

記憶障害②~記憶の過程~

記憶の過程は三段階!

 

記憶は、新しい情報の取り込み、取り込んだ情報の保存、保存された情報の再生という三段階の過程を含み、これらを登録(符号化)、貯蔵、検索と呼ぶ。

標準言語聴覚障害高次脳機能障害学p145

 

記憶は  登録(符号化)→貯蔵→検索 三段階を経て行われます。

この前段階として「注意」が含まれることがあります。これは「記憶」の前提として、「注意」が必要であることを意味しています。

高次脳機能障害を考えるときには「神経心理ピラミッド」がよく用いられます。

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神経心理ピラミッド

 

これは高次脳機能の階層性を表したものです。

より高次の機能を用いるには、それよりも低次の機能が保たれている必要があります。

「記憶」の使用に「注意」が必要なのは、「注意」は「記憶」よりもより低次で、基盤的な機能だからです。

 

ということで、基盤となる「注意」を除いた「記憶の三段階」について、詳しく見ていきます。

 

①登録(符号化)=記銘

 

記憶の最初の段階は登録(符号化)です。記銘と呼ばれることもあります。

この段階で行われるのは「情報の入力」です。

記憶すべき材料を理解分析し、分類・体制化し、適切な形で頭の中に取り込む過程です。

 

この過程で深く処理を行った情報の方が、より思い出しやすいとする「処理水準仮説」というものがあります。

ただ数字の羅列を覚えるよりも、「この四桁は〇〇の誕生日と一緒だ!」と繋がりや意味が加わった方が覚えやすくなります。

そのように、ただ「覚える」だけでなく、その情報に何らか処理を加える(=そのことについて考える・意味づけをする)ことで、より深く頭に刻み込むことができるようになります。

 

外からの情報を、頭の中にしまえる形に処理する。この過程が「符号化」です。

 

 

②貯蔵=保持

 

頭の中に入力された情報は、それを取り出すときまで頭の中にしまっておく必要がります。

頭の中にしまって、保存しておく段階が、二番目の「貯蔵」=「保持」です。

 

学習過程で干渉を受けると、貯蔵は阻害されます。

干渉のタイミングにより、逆行干渉・順行干渉と呼ばれます。

 

例えば江戸幕府の将軍を覚えるとします。

全員の名前がごちゃごちゃに混ざって覚えにくいですよね。

最後の慶喜まで覚えて、五代目を思い出そうとするとうまく思い出せませんね。みんな徳川ですし、似たような名前ですし。確かに覚えたはずなのに、後から覚えたのが混じってよく分からない。

このように、後から覚えたもののが、先に覚えたものの邪魔をすることを逆行干渉と言います。

 

一代目から覚えていって五代目を覚える時、先に覚えた一代目から四代目の名前と混ざって覚えにくい。

に覚えた内容が、新しく覚える内容を邪魔する。これが順行干渉です。

 

記憶の種類のところで整理しましたが、「干渉を受けない」短い時間の記憶が「即時記憶」です。

「近時記憶」は保持されている間に「干渉」を受けるものです。

 

 

③検索=再生

 

最後の過程が「検索」です。これは「再生」とも呼ばれます。

記憶は覚えて、保持して、最後に「思い出す」必要があります。

思い出すとは、必要な時に必要な情報を取り出すことです

 

これを難しく言うと、以下のようになります。

記憶の検索とは、既存の記憶痕跡を探し、活性化することを表す。貯蔵から引き出す記憶の正確性と適切性のモニタリングが必要である。

高次脳機能障害のためのリハビリテーション 統合的な神経心理学的アプローチp137

 

つまり、

頭の中のどこにその記憶があるかを探し、活性化させ、しかもその記憶がちゃんと探していた記憶かどうかを確かめながら行う必要がある、ということです。

 

間違った記憶痕跡が活性化されると、記憶の変容や作話が生じてしまいます。

 

ちなみに「再生」とよく似た言葉で「再認」というものがあります。

どちらも記憶の想起に関わりますが、想起させる方法が違います。

 

テストで言えば「記述しなさい」という形式が「再生」、「選択肢から選びなさい」という形式が「再認」です。

 

「再生」の方が難易度が高くなります。

「再生」ができなくても「再認」ができた場合、記憶の保持まではできていたと考えることができます。

前頭葉性健忘では再生は困難でも再認は可能なことが多く、手がかりにより想起しやすことなることがあります。

 

 

加齢による「物忘れ」と「認知症」の違い

 

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加齢による物忘れと認知症の違い

 

最後に、記憶の三段階から加齢による「物忘れ」と「認知症」の違いを整理します。

認知症、特に記銘力障害が強く表れアルツハイマー認知症では、記銘の過程が困難となります。

そのため、よく言われる「そのエピソード自体を、まるまる忘れてしまう」ということが生じます。

そもそも、インプットができていないのです。

その情報がインプットできていれば、保持の段階で薄れていってもまるまる消えてしまうことはあまりありません。「それを覚えた」ことは何となく覚えています。

 

加齢による物忘れでも記銘力の低下や保持の低下はありますが、まるっと抜け落ちるわけではあります。

ぽつぽつと穴が開いてしまって、そこからこぼれてしまうものがあるくらいのイメージです。

全体を「覚えた」エピソードが頭の中にあるため、抜け落ちてしまった穴に気付くことができます。

 

そもそものインプットができているのか、いないのか。

そこが「物忘れ」と「認知症」の大きな違いです。

 

 参考文献

 

ST視点で考える【ユマニチュード】

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◆目次◆

 

「ユマニチュード」って?

 

「ユマニチュード」は認知症ケアの手法の一つです。

 

ケアする人と、相手との絆をどう結ぶのか。

ケアする人が持っている優しさを、相手に伝えるにはどうしたら良いのか。

良いケアとは何なのか?どう選択したら良いのか?

 

ケアをしていく中での葛藤に対する、一つの答えをユマニチュードは呈示してくれます。

 

そんなとても頼もしく優れた認知症ケアの手法であるユマニチュードについて書かせて頂きますが、こちらに書かせていただくのはあくまで「私が受け取った」ユマニチュードの考え方です。

 

ユマニチュードに興味を持たれた方は、ぜひユマニチュードの研修に参加されることをお勧めいたします。

認知症ケア、いわゆる「困難ケース」対応の経験豊富な講師の先生方からの講義は、明日からのケアに活かせるものばかりです。

そして一緒に研修を受ける方々も、「より良いケアをしたい」との情熱を持つ方ばかりです。

認知症ケアの場で奮闘している方々と出会い繋がれる場としても、ユマニチュードの研修はとてもお勧めです!

 

本物のユマニチュードのエッセンスは、ぜひ研修で、熱心な講師の先生方から直接学んでください!!

ユマニチュード® 研修案内 – HUMANITUDE® Japon | 知覚・感情・言語による包括的ケア技法

 

 

「ユマニチュード」の考え方=哲学

 

 

ユマニチュードはイブ・ジネストとロゼット・マレスコッティの二人によって作り出された、知覚・感情・言語による包括的コミュニケーションメソッドです。

この技法は「ケアする人とは」「人とは」「ケアとは」を問う哲学と、それに基づいた数百を超える実践的なテクニックから成り立ちます。

(ユマニチュード入門 本田美和子,イヴ・ジネスト,ロゼット・マレスコッティ)

 

 

「ユマニチュード」はその「考え方」=「哲学」と、それに基づいた「技術」から成ります。

 

認知症ケアの手法、と聞くと技術にばかり目が行きますが、ユマニチュードはその「哲学」にこそ真価があると私は思っています。

 

「ユマニチュード」は「人間らしくある状況」という意味で命名され、「ユマニチュード」の状態とは、

その人の“人間らしさ”を尊重し続ける状況 

であるとされています。

 

ユマニチュードの根幹は、その名称が端的に表しているように、

「一人の人間として、人間らしさを尊重したケアを行うこと」につきます。

そのうえで、「人間らしさ」とは何か?

どういうケアが、「人間らしさを尊重する」ことになるのか?

ということが重ねられていきます。

 

 

「一人の人間として尊重したケア」はまだしも、「人間らしく」なんて、当然のことじゃないかと思うかもしれません。

しかしながら、それは決して、ケアの現場で当然のことではないのです。

身体機能と認知機能が低下し、日常に介助が必要になった方には、「人間らしく」対応してもらえない状況が起きえてしまう。

 

それは例えば、まだ眠たいのに起こされて車いすに座らされることかもしれない。

声もかけられないで、いきなり口にスプーンを突っ込まれることかもしれない。

よく分からない場所で服を脱がされて、大きな音のするお湯を掛けられることかもしれない。

 

どれも、私たち介護職としては理由のあることです。

 

ごはんの時間にはうとうとしてても起こさなきゃいけない。

一人で二人の食事介助をしないといけない。

お風呂に入ってもらって、清潔を保たないといけない。

 

間違いではありません。朝起こすこと、食事介助、入浴介助、全てその方にとって必要なことです。その方の生活にとって、良いことのはずです。

 

それなのに、私たちはそんな介助の度に「ごめんなさいね」「申し訳ないですね」と言っている。

良いことをしているはずなのに、そのたびに謝らなければいけない。

 

謝らなければいけないのは、やはりそれが「害のあることだ」とどこかで分かっているからだと思います。

よかれと思ってやっていることが、何故害になっているのか?

その方たちのためにと思っている私たち介護職の気持ちは、どうすれば相手に伝えることができるのか?

 

その答えが「人間らしさ」や「人間らしさを尊重するとは」という部分と繋がっていきます。

 

 

「人間らしさを尊重する」ケアとは?

 

 

ここからは私がユマニチュードの理念や技法をわたしなりに解釈したものとなりますので、ご注意ください。

 

 当たり前のことですが、

全てのケアは「その方に分かる形で提供されるのが良い」です。

 

ケアの基本もリハの基本も

【説明と同意】ですからね。

 

お風呂に入る方には、「今からお風呂に入る」と分かって入ってもらうのが良いですし、食事介助では「今からごはんを食べる」と分かってもらうのがお互いにとってベストです。

 

ただ、認知機能の低下により、そう簡単に「今からどんなケアが始まるのか」が伝わらない方がいらっしゃいます。

ケアへの拒否が生じるのはこのような方々です。

 

そんな方々に対して、ユマニチュードは「その方に分かる刺激を使いながらケアを行いましょう」と言っています。

「何をするかその方に分かってもらうために、ちゃんと手順を踏みましょう」と言っています。

 

具体的な手法は「4つの柱」や「5つのステップ」という形で説明されています。

 

それらの手法が目指しているのは、丁寧に相手の世界に入っていく事です。

相手を自分の世界に引きずりだすのではなく、自分が相手の世界に入る手がかりをさがしながら、じわじわとその世界にお邪魔しに行く事です。

そして最終的に私を、私の提供するケアを、相手に受け入れてもらうことです。

 

それは私の言葉で言えば、「その方の認知機能にあった、適切な刺激を行う事」です。

 

「お風呂に入りに行く」ということをすぐに忘れてしまうのならば、適切なタイミング情報を提供し続けることが必要です。

「さっき着替えたばっかり」と言う方の時間軸の中では、その方は着替えたばかりです。もう一度着替える必要を伝えるには、どういう声掛けがいいでしょうか?

 

「その方の世界」を考える必要があります。

その方の世界を尊重することが、「その方を一人の人間として尊重すること」に繋がります。

そして「その方の世界」にお邪魔する方法として、ユマニチュードはとても有用です。

優しく暖かく寄り添う人として、その方の世界に入ることが、ユマニチュード的なケアはスムーズに可能です。

その方に対してケアする自分はどんな人であるのかを、ユマニチュードは考えます。

その方がどんな刺激であれば心地よく受け入れることができるのか、ユマニチュードは考えています。

 

その方の認識できる形でケアを提供することで、はじめて「ケア」は「ケア」として受け取ってもらえます。

その方の世界にお邪魔して、その方に分かってもらえる形でケアを行うことで、はじめて私たちの「優しさ」は「優しさ」として届くのです。

 

ユマニチュードの副題には「優しさを伝える技術」とあります。

ただ優しいだけでは、私たちの「優しさ」は伝わらないのです。

その方の認知機能を知り、その方の世界に入る「技術」が必要です。

その方の世界にそっと入って寄り添って、より良いケアを提供できる人でありたいですね。

 

参考文献

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

記憶障害①~記憶の種類~

記憶の種類

 

 

認知症と言えば「記憶障害」

何度言っても覚えられない。ついさっきの出来事をもう忘れてしまう。

そんなイメージを多かれ少なかれ、持っていらっしゃるかと思います。

 

「覚えられないから、忘れてしまうから、記憶障害がある」というのは間違いではないですが、ここではもう数歩踏み込んだ「記憶障害」について、「記憶」について、まとめていきたいと思います。

 

まずは、記憶の種類を

①保持時間

②情報内容

③想起意識

の三つの視点から整理していきます。

 

 

保持時間による分類

 

 

記憶事項の体験から取り出しまでの時間経過による記憶の分類は、大きく二通りの立場がある。

神経学をはじめとして臨床的には、短い方から即時記憶(imediate memory),近時記憶(resent memory),遠隔記憶(remote memory)に分けることが多い。

一方、心理学あるいは記憶の研究においては、短期記憶(short-term memory:STM)と長期記憶(long-term memory)に分ける。

高次脳機能障害学第2版:石合純夫:医歯薬出版株式会社 2003年

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記憶の時間的側面から見た分類

*1

 

よく「短期記憶障害がある」という言い方がされています。短期記憶も保持時間は数分単位とされていますので、多くの場合は「近時記憶障害」が正しいのではないかと思う時があります。

それは保持時間から見た記憶の用語が臨床神経学的な分類と、心理学的な分類の2パターンあるため、混乱が生じてしまっている事、研究者間でも使う人により定義がばらばらである事によります。

自分が使いやすい用語を使いながらも、違和感を持った時はどんな定義でその用語を使っているかのすり合わせが必要です。

 

 私自身が臨床神経学的用語で記憶を考えるよう養成校や就職先で教わったため、ここでは臨床神経学的分類で、保持時間による記憶の種類を細かく見ていきます。

 

①即時記憶

保持時間は数秒から数十秒(1分程度とするものもある)の短い記憶のことで、外界の刺激から新しく取り込んだ情報をしばらく意識の上に保持しておく働きです

厳密には「干渉刺激をはさまず、すぐに再生させるもの」を指します。(例:数唱)

 

この時間的に一時的な保持という点では「ワーキングメモリーも同じ分類になります。

例えば15-8-2という計算をする時、

15-8=7という計算結果を記憶して、そこから2を引く必要があります。

この15-8=7という計算結果を一時的に記憶しておくのが「ワーキングメモリー」です。

 

長谷川式やMMSEの「100から7を引いてください。そこからまた7を引いてください」という項目は、ワーキングメモリーの評価をしています。

だから「93から7を引いて」と言うことは禁止されています。

前の計算結果を把持できているのかが評価対象だからです。

 

このワーキングメモリーはBadeleyにより「中央実行系・視空間性スケッチパッド・エピソードバッファ・音韻性ループ」からなるモデルが提唱されています。視空間性スケッチパッドと音韻性ループは即時再生および短時間のリハーサル後の再生をにないます。*2記憶だけでなく、注意や遂行機能を考える時にもとても有用ですので、どこかで詳しく整理したいと思います。

 

②近時記憶

即時記憶・短期記憶よりも保持時間が長く、刺激呈示後ある程度の時間が経過してから再生するものです。

保持時間の明確な定義はありませんが、一般的には数分から数日を指します。*3

認知症の方の記憶障害の例として挙げられるものは、この「近時記憶」の障害であることが多い印象です。

 

昨日デイサービスでお花見に行ったこと。

10分前に昼ご飯は食べたこと。

 

このようなことを忘れてしまっていたのなら、それは「近時記憶が低下」した状態と言う事ができます。

 

③遠隔記憶

保持時間は近時記憶よりもさらに長く、数日から数十年単位の記憶とされています。

どこまでが近時記憶/遠隔記憶という明確な区切りはなく、曖昧なものとなっています。

数分、数時間後に思い出せても、数日以上たつとおもいだせないことはよくある。一方、必要に応じていつでも利用できる、比較的古くに体験・習得した事項に関する堅固な記憶もある。近時記憶と遠隔記憶は、このような観点と関連した分類である。…(中略)…遠隔記憶を、しっかりと貯蔵されて必要に応じて取り出しが(多くの場合)可能な記憶であると定義する。

高次脳機能障害第2版p200

数時間は覚えていても、それ以上たつと忘れてしまうものは「近時記憶」

覚えた後もずっと、何十年と覚えていて、必要な時ぱっと思い出せるのが「遠隔記憶」

 

近時記憶障害が著明な認知症の方でも、子どもの頃の遊びや家の近くの風景などを生き生きとお話しされることがあります。

それは近時記憶が障害されていても、遠隔記憶が保たれているからです。

 

 

 

記憶の容量

最初の図にしれっと載っておりますが、記憶の種類により容量が異なるとされています。

保持時間が長くなるほど容量は大きくなり、短くなるほど容量は小さいです。

一般的に、即時記憶の容量は7+2項目程度とされています。

アニメや漫画の主要キャラクターが7人程度なのは、この記憶の容量と関係していると言われています。

反対に遠隔記憶は過去からの膨大な記憶を、ほぼ無制限に貯蔵が可能とされています。

 

 

情報内容による分類

 

 

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情報・想起意識による記憶の分類

 

宣言的記憶(陳述記憶)/非宣言的記憶(非陳述記憶)

宣言的記憶(陳述記憶)とは、名前の通り「言葉で表現できる記憶」を指します。

 

昨日友達と買い物に行った。

昨日の晩御飯はハンバーグだった。

太陽は東から昇る。

 

このように言葉で言い表せる記憶が「宣言的記憶」です。

 

反対に非宣言的記憶(非陳述記憶)は、「体験によって獲得されるが、言葉によって説明することができない記憶」を指します。

 

ピアノの弾き方や自転車の乗り方など体で覚えたものなどがこちらに分類されます。

 

 

エピソード記憶 

エピソード記憶とは、特定の時と場所で起こった個人的出来事の情報に関する記憶*4です。

つまりは様々な「出来事の記憶」のことです。

したこと、見たこと、聞いたこと、読んだこと、言ったこと、書いたことの内容や、した、みた、聞いた、読んだ、言った、書いたという体験そのものの存在、およびその時や場所、関与した人などについての記憶である。

標準言語聴覚障害高次脳機能障害学p114

認知症で初めに障害されていくのはこの「エピソード記憶」です。

 

 

意味記憶

意味記憶「言葉の意味、物の概念、事実など社会的な知識の記憶」*5です。

 

エピソード記憶とは独立した記憶であり、エピソード記憶の障害が有るからと言って意味記憶まで障害されているとは言い切れません。

 

認知症の記憶障害はエピソード記憶の障害から始まることが多いですが、徐々にこの意味記憶も障害されてくることがあります。

 

意味記憶障害が言語面に影響して出現すると、

「お名前は何ですか?」→「ああ、お名前、お名前ですね…。そうですねえ…。」

といったような、会話が起こることがあります。

「名前」という言葉の意味記憶が崩壊すると、このような反応が生じます。

このような反応は意味記憶が保たれているあるタイプの失語症でも生じますが、意味記憶障害によっても生じます。

失語(語彙から意味記憶へのアクセス障害)か意味記憶障害かで迷った場合は、言語的な要素を排除した意味記憶を見る課題(関連する物品のマッチング・PPT等)を行ってみると良いかと思います。

多くの場合、意味記憶障害のある方は日常生活にも障害が現れていることが多く、一方で純粋に失語のみの方は日常生活の障害はそれほどでもないことが多いです。

そのような部分からも、ある程度検討は付けられるかと思います。

 

また、物の知識の意味記憶が障害されると、道具の使用が困難になったり、食べ物を食べ物と認識できなかったりします。

そのような方でも、次に説明する「手続き記憶」は保たれている場合が多くあります。

手続き記憶を使用するアプローチは、認知症ケアに有効な手段の一つです

 

 

③手続き記憶

手続き記憶は「体で覚えた技能の記憶」です。

楽器の弾き方、スポーツの技能、道具の使い方など、練習の積み重ねによって体で覚えたものは「手続き記憶」です。

 

認知症の方でも、昔からやっていたことは体で覚えていることがあります。

 

昔私が出会った認知症の方で、「手続き記憶は活用できるんだ!」と実感したとても興味深い出来事がありました。

その方は重度の意味記憶障害が有り、座位では自身で着替えができず全介助でしたが、立位では洋服を向きを合わせて渡すと自分で着ることができました。

おそらく、この方は昔から立って着替えをしていたのでしょう。

手続き記憶は保たれている為、「体が勝手に動いてくれる」環境を作ることができれば、その力を活用することができます。この方の場合、そのきっかけが「立位」だったのです。

 

意味記憶障害で何もできない人」と決めつけてしまうのではなく、

「いやいや、手続き記憶は残るはずだから、何かできることがある」と探していく視点が大切です。

 

 

 

蛇足になりますが、「技能学習」についても少しふれておきます。

手続き記憶のように体で覚える技能も、はじめは学習が必要です。

 

今、お箸を使って食べるとき、特に何も考えずに使っているかと思います。

けれど子どもの頃、お箸を何も考えずに使えるようになるまでは、親指がここで、薬指はこっち。ハサミ箸にならないように…、と色々ん考えながら使っていたはずです。

 

運動の学習は

 

1.認知的・意図的な段階

2.感覚と運動の連合段階

3.自動化の段階

 

という3つの段階を経て行われます。

初めはいろいろと気を付けながら行っていたことが、徐々に考えなくても自然とできるようになっていく。

「手続き記憶」は、技能学習が行われ自動化の段階に至ったものです。

 

この辺りの「学習」の話は心理学の領域になります。

リハビリや望ましい行動の定着を考える時にとても参考になりますので、興味のある方は是非調べてみてください。

このブログの中でも、いつかまとめてみたいと思います。(まとめてみたい項目が多すぎて、いつになるか分かりませんが…)

 

③プライミング

ライミング「事前に提示した情報が、後に続く情報の処理を促進する現象」を言います。*6

 

分かりにくいので例を出します。

ある人に、事前にずっと明太子の話をしていたとします。

その人のその後、「め」のつく言葉を挙げてください、というと、高確率で「めんたいこ」が想起される。

このような現象を「プライミング」と言います。

 

④古典的条件付け

古典的条件付けで有名なのは「パブロフの犬」です。

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古典的条件付けの仕組み

日本財団図書館(電子図書館) 盲導犬訓練士養成テキスト

 

無条件刺激(エサ)と中性刺激(ベル)の対呈示を行い学習させることで、ベルが条件刺激になり、条件反応(唾液分泌)を引き起こします。

 

日常生活で起こることで言えば、

・梅干しを見ると唾液が出る

・閉所恐怖症の方が、エレベーターの前でもう動悸が激しくなる

などがあります。

 

再び蛇足ですが、条件付けにはもう一つ「オペラント条件付け」があります。

古典的条件付けが受動的に行われるのに対し、オペラント条件付けでは対象の自発的な行動を強化しきます。行動療法はこのオペラント条件付けの概念に基づいた心理療法です。こちらも知っておくと面白いと思いますので、興味のある方は調べていてください。

 

 

想起意識による分類

 

顕在意識/潜在意識

想起意識とは「今これを思い出している」という感覚がある、ということです。

 

例えば、一昨日の晩御飯何を食べたか考える時。

昨日の夜があれだったから、一昨日は多分…と色々考えますよね?

英単語の綴りを思い出す時。テストを解く時。

「何だったっけ…」と必死に頭を抱えて思い出そうとすると思います。

 

このように意識的に「思い出している」記憶のことを「顕在記憶」と言います。

 

 

「潜在記憶」はこの「思い出している」感覚がありません。

先ほどお箸の例を挙げましたが、一度自動化された技能はわざわざ考えて行う必要がありません。

「思い出している」感覚はないけれど、きちんと学習して記憶として定着し、適切に想起され実行できている。このようなものが「潜在記憶」です。

 

ライミングや古典的条件付けも「潜在記憶」になります。

 

記憶障害の方に対しては、この「潜在記憶」を利用した学習が有効なこともあります。

 

 

最後に…

以上の分類の中には入れにくいのですが、日常生活で大切な記憶がもう一つあります。

それが 「展望記憶」 です。

 

展望記憶は「未来の予定についての記憶」です。

例えば、

・今日は仕事終わりに洗剤を買って帰ろう。

・来週は妹の誕生日だから、明日ケーキを予約しよう。

 

など、将来行うことについて覚えておく事です。

 

この展望記憶は単に「記憶」だけでなく、

進行中の作業や日常的体験の流れの中で、意図した内容を保持し、取り出し、実行するう特性から、展望記憶は、事物の記憶に加えて、注意、遂行機能、ワーキングメモリの要素を含む機能である

高次脳機能障害第2版 石合純夫 医歯薬出版p217

とされています。

 

そのことを踏まえて、展望記憶に必要とされる処理機能をご紹介します。

一つは

「何かするべきことがあった」ということの想起であり、これは「存在想起」とよばれます。

もう一つは、

「具体的に何を行うか」という事の想起であり、これは「内容想起」と呼ばれます。

 

「存在想起」は自発性やタイミングと深く関連しており、注意の処理が関与しています。

「内容想起」は記憶の処理が関与しています。*7

 

関与している機構が異なるため、

「存在想起はできるけれど内容想起ができない」

つまり、「何かやるべきことがあったけど、それが何だか思い出せない」が起こることもあれば、反対に

「存在想起はできないが内容想起はできた」

つまり、「終電を逃した後に、終電が23:55だったことを思い出した」ということも起こります。

 

展望記憶には思い出すきっかけ、実行の手がかりによる分類もあります。

・出来事基準

てがかりや合図に応じて意図したことを実行する。

例)郵便ポストを見つけたら手紙を投函する

 

・時間基準

決められた時間に意図したことを実行する。

例)水曜日の午後3時に銀行に電話する

 

・活動基準

ある活動を終えたら意図したことを実行する

例)テレビ番組を見終えたら洗濯物を取り込む*8

 

記憶障害の代償手段として用いられるメモやアラームは、この展望記憶の補助として使用されることが多いです。

 

 

記憶の種類についてずいぶん長々と書いてしまいました…。

しかしまだまだこれは序盤です!!

記憶に関わる脳の話や、代償手段、逆行性健忘の時間的勾配の話等々をまとめていきたいと思っています。

高次脳機能は本当に奥深く、未解明なことも多いですが面白い領域です。

様々な文献や研修で学んだ事を、この場を使わせて頂いて整理させて頂きたいと思います。

 

参考文献

 

 

 

 

 

*1:同上p198

*2:同上p199

*3:標準言語聴覚障害高次脳機能障害p143

*4:高次脳機能障害第2版p200

*5:標準言語聴覚障害高次脳機能障害p144

*6:標準言語聴覚障害高次脳機能障害p145

*7:専門家のための精神科臨床リュミエール10注意障害 中山書店 p31-32

*8:高次脳機能障害第2版 石合純夫

BPSDを考えるときに大切にしたい視点-認知症のBPSDの原因・対応を考える前に-

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認知症の中核症状・BPSD

 

認知症のケアで、一番大変なことって何ですか?」

こう聞かれたら、認知症ケアのご経験がある皆様はなんと答えますか?

今まで出会った色んな人、色んなエピソードが頭の中に浮かぶかと思います。

 

大変なことは本当に様々あって、何とか対応していくうちに手数は増えますが、それでもまたちがう大変なことが起こってきたりしますよね…。

 

私にとって大変なのは、やはり「暴力・興奮状態」ですかね…。

危ないけどそばにいたままだと収まらないし、離れたら車いすから転落するかも…。立ち上がって転ぶかも…。と冷や汗かきながら頭と身体感覚をフル稼働させることが何度もありました。

 

皆様たくさん「大変な事」が思い浮かぶかと思いますが、おそらくほとんどが

認知症の行動・心理症状=BPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia)

によるものではないかと推察します。

 

ここで一度、認知症の症状について整理してみます。

認知症の症状は、大きく

中核症状 と 行動・心理症状(BPSD)  に分けられます。

聞いたことはあると思いますが、それぞれについて少しまとめてみます。

 

 

中核症状とは?

 

中核症状とは、認知症と診断されたからには必ず出現する症状を指します。

【中核症状は、脳の障害により直接起こる症状であり、認知症患者に必ず見られる。記憶障害、見当識障害、失語、失行、失認、遂行機能障害などがある】*1

 

中核症状は、「脳の障害」によって引き起こされる症状です。

そのため中核症状では、脳がダメージを受けた部位と、出現する症状に関連があります

認知症は脳細胞の変性疾患であり、脳の細胞が徐々に死んでいってしまう病気です。脳の細胞は皮膚などの細胞と異なり、一度死んでしまったら再生することができません。

 

例えば認知症の原因疾患として最も多いアルツハイマー認知症では、初期から海馬の萎縮が認められます。

「海馬の萎縮」とは、それまで海馬を構成していた脳細胞が死んでしまったことを示します。

海馬が担う役割は「記憶」です。そのため海馬の脳細胞が死んでしまうと、記憶の障害が生じます。

アルツハイマー認知症が初期から「記銘力障害」「見当識障害」を生じるのは、「海馬」の脳細胞から障害されていくからです。

 

「記銘力障害」「見当識障害」という中核症状は、「記憶」を担う「海馬」の損傷と密接に関係しています。

 

最初の例に挙げられた失語や失行といった症状の全てが、全ての認知症の方に出現するわけではありません。

認知症のタイプや損傷されていく脳の部位によって、出現する症状は変わります。

また、認知症は進行性の疾患です。そのため初期にはなかった症状が、進行により出現ることもあります。

症状と脳の障害が対応している為、それぞれのタイプや進行によって出現する症状にある程度のパターンはあります。出てきた症状によって、その方が今どの段階にいるのかをある程度把握することもできます。

そのあたりの話はまた後日改めてまとめてみたいと思います。

 

 

BPSDとは?

 

一方でBPSDは、全ての認知症の方に現れるわけではありません。

BPSDがとても大変な方もいれば、まったく無い方もいます。

同じ一人の方でも、BPSDで大変な時期もあれば、穏やかな時期もあります。

さらに言えば、夕方は興奮して暴れてどうしようもないけれど、昼間は笑顔で「ありがとう」なんて言ってくれて天使のような方もいます。

 

【・BPSD(行動・心理症状)は、中核症状に付随して引き起こされる二次的な症状で、不眠、徘徊、幻覚、妄想などがある.

・精神科領域における周辺症状にあたり、中核症状に比べ個人差が大きく、環境にも影響される。

・中核症状よりも患者や家族の悩み・負担の原因となる場合が多いが、切な治療や対応で症状の改善が期待できる。*2

 

ここに挙げられているもの以外にもBPSDには精神症状として

妄想、誤認、幻覚、抑うつ気分、睡眠障害、不安、依存 など、

行動症状として

攻撃性、興奮、暴言、暴力、落ち着きのなさ、徘徊、逸脱行為 などがあります。

 

中核症状は脳の障害部位とある程度対応しているため個人差が小さいですが、BPSDはご本人自身の個人要因や環境との関連で生じるため個人差が大きいです。

 

BPSDへの対応の考え方

 

最近ではBPSDを

中核症状 + 環境要因 → BPSD で考えることが多いです。

一昔前は興奮して暴れる認知症の方は、「これがその人の性格だ」「この人はそういう怒りっぽくて暴れるどうしようもない人だ」と厄介者扱いされていました。

 

しかし現在ではそんな対応は許されません。

「そのようにしたのは何故だろう?」「その人はどういう理由があって暴れたのだろう?」と、その方の立場でケアを考えていくことが求められています。

 

「興奮して暴れる」というBPSDへの対応を、その方の視点で考えていく必要があります。その時に、この「中核症状+環境要因→BPSD」の図式は役に立ちます。

 

よくある「物取られ妄想」を例に考えてみましょう。

これも「妄想」ですので、BPSDの一つに含まれます。

 

例えばカンファレンスで、担当者会議で、「物取られ妄想」の対応を考えるとき、何から考えますか?

 

「お嫁さんとの関係が悪かったのかな?送り出しの時、よく口喧嘩してるし…」

「息子さん最近、お金の管理はもうさせないって言ってたな…。」

「そういえば、何にもさせてもらえないって怒ってたな…」

 

ご家族との関係性、今までの役割の喪失、プライドが傷ついて、自信がなくなっていそう。

これらが「環境要因」です。

 

BPSDへの対応を考えるとき、この「環境要因」へアプローチすることが多いです。

このケースだと「新しい役割の創出」や、「環境調整した上で、今までやっていたことを継続してもらう」などが対応として挙がってくるでしょうか。

 

一方で、「中核症状」はどうでしょう?

物取られ妄想を引き起こす中核症状には、「財布を置いた場所を忘れてしまう」という「記憶障害」があります。

 

このケースだと「財布を置く場所を決める」「しまう場所に目印をつける」などが対応として挙げられるでしょう。

 

このように、BPSDへの対応は「中核症状」「環境要因」の両方から対応を考えることが大切です。

 

特に不穏な方への対応時、環境要因のみに目が行きがちな印象を持っています。

私達の提供するケア自体が環境要因でもあるのでそうなってしまうのも分かりますが、「中核症状」の視点も重要です。

 

 

「中核症状」を考える、とは?

 

 

「暴れるから落ち着かせるように、穏やかな声掛けをしよう」というような対応は間違ってはいませんが、十分ではないように思います。

確かに、いきなり体に触れたり、後ろから声をかけることで不安や恐怖から暴力に繋がる方もいます。声掛け一つでも環境要因に含まれます。「環境要因」はとても大切です。

 

ただ、その方の認知機能・中核症状を把握していくことも同様に大切で重要です

 

私たちは、後ろから誰かが近づいていて来るのは何となく分かります。

隣の人から突然触られても、隣にずっと誰かいたことには気付いています。

 

しかし、認知症の方ではそのようなことに気付けないことがあります。

「認知機能」の低下=「中核症状」があるからです。

 

「認知」とは、周囲を認識することです。

「認知機能」とは、周囲を認識する力のことです。

認知機能の低下は、自分が置かれた環境や状況を認識する力の低下です。

つまり、その方にとっての周りの世界は「私たちが感じているように感じられているわけではない」のです。

 

環境要因からBPSDの対応を考える時、私たちは「その人の視点で」と言いながら、自分に置き換えて考えてしまいがちです。

「私がその人だったら」は優しい視点ですが、それだけではうまくいかないこともあります。

その方の認知している周囲の環境と、私が認知している環境は違うからです。

だから、「中核症状」=「認知機能」のアセスメントが必要です。

その方の感じている世界がどんなものであるか、はっきりと理解することは困難ですが、推測するための手がかりはそこにあります。

 

聴覚・視覚・触覚をはじめ、意識・記憶・注意・視空間認知・言語機能等々…

日常生活の中から、その方の認知機能を推測する手がかりを集めていきましょう。

 

「エプロンの模様に気が散るなあ。注意が落ちていそうだ。」

「大きな音がしても視線が動かない。ちょっと耳が遠そうだな。」

「視界に入ってそうだけど、目が合わないなあ」

「日中傾眠しがちで覚醒良くないなあ…」

 

こんな情報から、この方の感じている世界の片鱗が少し見えてきます。

 

ぼんやりとした夢うつつの世界。

全ての刺激が同じレベルで呈示されて、必要な刺激が際立ちにくい均質な世界。

注意の向く空間が狭まった世界。見えているけど、認識できない部分が多くある。

音はこもってなんだかよく分からない。

 

この方の感じる世界は、こんな感じなんだろう。

そんな世界にいるのに、私たちが「認識できているだろう」と私たちの感じている世界の基準で関わると、その方は「認識できていなくて」びっくりして怖くなって、それが暴力になってしまう。

 

だから、「認識できる範囲」から「認識できる形の刺激」を呈示しなければいけない。

 

「注意機能と視空間認知が低下しているから、真正面から視線を捉えて近付いていこう。

聴力の低下があるから、触れながら、口形を見せて穏やかなトーンで話しかけよう」

 

 中核症状からそんなケアの方法が導き出せれば、それはただの優しいケアではなく、ケアの「技術」になります。

 

中核症状を考えることは、その方がどんな世界の中で生きているのかを考えることです。

中核症状のアセスメントから導き出すのがケアの「技術」です。

 

その方が世界をどう認識しているのか?

その方にとって、周りはどう認識されているのか?

 

だから、どういう接し方が必要なのか。

どうすれば、その方の世界と現実との接点ができるのか。

 

その方にとって、周りの世界が今どんなものとして提示されているのか

その呈示の仕方を調整していくのが、ケアの醍醐味で面白いところだと私は思います。

 

精神論や自己犠牲ではなく、その方の世界を症状から理解しようと試みた上で、その方にとってベストなケアを技術として行っていきたいですね。

 

参考文献

 

 

 

*1:病気が見えるvol.7脳・神経第2版p425

*2:病気が見えるvol.7脳・神経第2版p425

「この利用者さん、認知が落ちてきた」と思ったら

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◆目次◆

 

~どこからが認知症?定義から考えてみよう~

 

「あの人、最近認知落ちてきたよね…」

 

つい、そんな風な言い方をしてしまうことが、私もよくあります。

「認知が落ちる」という言い方に引っ掛かりもありますが、その辺に関してはまた今度

詳しく書きたいと思います。

 

認知機能の低下がある。じゃあ認知症なのか。そうとは言い切れないのか。

ちょっとした物忘れはもう認知症?まだ一人暮らし出来てるけど、それでも認知症

何となくわかっているようで、何となくでしか分かっていない。

 

認知症」という言葉は、ここ数年で随分と耳に馴染むものとなりました。

高齢化に伴い、認知症の患者数は急増しています。認知症患者が一人もいない医療・介護施設なんて、滅多にないのではないでしょうか。

そのため医療福祉職でしたらなおさら、「認知症」はとても身近なものであるかと思います。

 

あまりに身近で、当たりまえに知っているような気になってしまっているので、興味を持たなければ自分から勉強もしなかったりしやすい領域でもあります…

だからこそ、「認知症」は「分かってるつもりで、分からない部分が多くある」

こうだと思うけど、実際どうなんだろうともやもやする。

 

そこで今回は、そのもやもやを少しクリアにしてみよう!を目標に、

認知症の定義・診断基準をご紹介したいと思います。

 

認知症の定義・診断基準

 

認知症と診断するためには、認知症の診断基準があります。

多く用いられているのが、米国精神医学会による

精神疾患の診断と統計のためのマニュアル(DSM-5)

WHOによる

精神および行動の障害・臨床的記述と診断ガイドライン第10版(ICD-10

です。
とりあえずそのままを、一度見てみてください。

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DSM-5
A)1つ以上の認知領域(複雑性注意、遂行機能および記憶、言語、知覚―運動、社会的認知)において、以前の行為水準から有意な認知の低下があるという証拠が以下に基づいている
1)本人、本人をよく知る情報提供者、または臨床家による、有意な認知機能の低下があったという概念および
2)標準化された神経心理学的検査によって、それがなければ他の定量化された臨床的評価によって記録された、実質的な認知行為の障害
B)毎日の活動において、認知血相が自立を阻害する(すなわち、最低限、請求書を支払う、内服薬を管理するなどの、複雑な手段的日常生活動作に援助を要する)
C)その認知欠損はせん妄の状況でのみ起こるものではない
D)その認知欠損は、ほかの精神疾患によってうまく説明されない(例:うつ病統合失調症

 

ICD-10
定義:通常、慢性あるいは進行性の脳疾患によって生じ、記憶、思考、見当識、理解、計算、学習、言語、判断等多数の高次脳機能の障害からなる症候群
診断基準
G1:以下の各項目を示す証拠が存在する
1)記憶力の低下
新しい事象に関する著しい記憶力の減退。重症の例では過去に学習した情報の早期も障害され、記憶力の低下は客観的に確認されるべきである
2)認知能力の低下
判断と思考に関する能力の低下や情報処理全般の悪化であり、従来の遂行能力水準からの低下を確認する
1)2)により、日常生活動作や遂行能力に支障をきたす
G2:周囲に対する認識(すなわち、意識混濁がないこと)が、基準G1の症状をはっきりと証明するのに十分な期間、保たれていること。せん妄のエピソードが重なっている場合には認知症の診断は保留
G3:次の一項目以上を認める
1)情緒易変性
2)易刺激性
3)無感情
4)社会的行動の粗雑か
G4:基準G1の症状が明らかに6ヶ月以上存在していて確定診断される。

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ドクターが使用するものですので、専門用語が多く使われていますね…。

認知症である、という「診断」はドクターが行うものですので、一般の医療介護職が

この文言を全て暗記して理解する必要はありません。

けれど、「どこからが認知症か」「認知症とは何か」を考える時に、この定義と基準が

役に立ちます。

 

二つの定義・診断基準に共通するのは

高次脳機能障害の存在

・生活に支障があること

・それは意識障害やせん妄、精神疾患によらない

ということです。

 

特に注目して頂きたいのは、
認知症は「日常生活に支障をきたした状態である」

という部分です。

軽度認知症(MCI)と認知症との鑑別は、この部分で行われます。
すなわち「基本的な日常生活機能が正常」であるならば、認知機能が正常範囲から多少逸脱していても「認知症」ではありません。

 

そのため、「認知症かどうか」を考えるとき、その方の普段の生活を知ることがとても大切になります。

 

・お金の管理や服薬管理は問題なくできているのか?
・冷蔵庫に同じものがたくさんあったりしないか?
・部屋の掃除は効率的にできていて、清潔を保てているか?
・外に出かける意欲はあるか?周りと交流するのに適切な身だしなみは整えられるか?

などなど、その方の生活の変化を見ていく必要があります。

 

おひとりおひとりの生活歴や習慣がありますので、あくまで

「昔はできていたこと、やっていたことが、今はできなくなってはいないか」

という視点が大切です。

 

「長谷川式」や「MMSE」を使用して認知機能の低下を評価することも可能です。

しかし、HDS-RやMMSEといった神経心理学的検査はあくまで、一つの指標です。

 

いわゆる認知機能が低下していても、これらの検査で満点近い点数がとれてしまう方も

います。本当は基盤的認知機能が保たれているのに、周囲の環境やその時の心身状態に

より、十分なパフォーマンスを発揮できない方もいらっしゃいます。

 

これらの検査の結果は有用であり、その方の得意な部分・苦手な部分を見つけ

た対応に活かすことができます。一方で、点数に囚われすぎてしまってその方への関わ

り方の枷になってしまうこともあります。
(長谷川の点数が低いから、何も覚えてられないだろう、など)

 

いわゆる「検査」はとても有用ですが、「量的分析」だけでなく、「質的分析」を行う

ことでケアに活かしていくことが大切です。

 

認知症かなと思ったら→「日常生活」の変化を捉える

 

「認知が下がってきた」と感じた時。

そう感じた生活の中のエピソードがあるはずです。

接していた時、今までできていた日常生活の行為に、いつもより多く介助を要したのではありませんか?

今まで手助けが必要なかったことを、手伝わなければいけなかったのではないですか?

それらは「認知機能の低下」によって「日常生活に障害が生じた」状態であると言えるでしょう。

 

「そうだよね、認知進んだよね」 で済ませるのではなく、

 

認知症は日常生活の障害である」 ことを念頭に

お一人お一人の生活歴を踏まえて、日常生活の変化に注意を向けていきたいですね。

 

 

【参考文献】

高次脳機能障害第2版  石合純夫

標準言語聴覚障害学 高次脳障害学第2版 藤田郁代/阿部晶子

病気が見えるvol.7脳・神経 第2版