ST介護職の考え事

認知症・高次脳機能・ケアについての覚え書き

「この利用者さん、認知が落ちてきた」と思ったら

f:id:ryok-kobayashi:20200909100128j:plain

◆目次◆

 

~どこからが認知症?定義から考えてみよう~

 

「あの人、最近認知落ちてきたよね…」

 

つい、そんな風な言い方をしてしまうことが、私もよくあります。

「認知が落ちる」という言い方に引っ掛かりもありますが、その辺に関してはまた今度

詳しく書きたいと思います。

 

認知機能の低下がある。じゃあ認知症なのか。そうとは言い切れないのか。

ちょっとした物忘れはもう認知症?まだ一人暮らし出来てるけど、それでも認知症

何となくわかっているようで、何となくでしか分かっていない。

 

認知症」という言葉は、ここ数年で随分と耳に馴染むものとなりました。

高齢化に伴い、認知症の患者数は急増しています。認知症患者が一人もいない医療・介護施設なんて、滅多にないのではないでしょうか。

そのため医療福祉職でしたらなおさら、「認知症」はとても身近なものであるかと思います。

 

あまりに身近で、当たりまえに知っているような気になってしまっているので、興味を持たなければ自分から勉強もしなかったりしやすい領域でもあります…

だからこそ、「認知症」は「分かってるつもりで、分からない部分が多くある」

こうだと思うけど、実際どうなんだろうともやもやする。

 

そこで今回は、そのもやもやを少しクリアにしてみよう!を目標に、

認知症の定義・診断基準をご紹介したいと思います。

 

認知症の定義・診断基準

 

認知症と診断するためには、認知症の診断基準があります。

多く用いられているのが、米国精神医学会による

精神疾患の診断と統計のためのマニュアル(DSM-5)

WHOによる

精神および行動の障害・臨床的記述と診断ガイドライン第10版(ICD-10

です。
とりあえずそのままを、一度見てみてください。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

DSM-5
A)1つ以上の認知領域(複雑性注意、遂行機能および記憶、言語、知覚―運動、社会的認知)において、以前の行為水準から有意な認知の低下があるという証拠が以下に基づいている
1)本人、本人をよく知る情報提供者、または臨床家による、有意な認知機能の低下があったという概念および
2)標準化された神経心理学的検査によって、それがなければ他の定量化された臨床的評価によって記録された、実質的な認知行為の障害
B)毎日の活動において、認知血相が自立を阻害する(すなわち、最低限、請求書を支払う、内服薬を管理するなどの、複雑な手段的日常生活動作に援助を要する)
C)その認知欠損はせん妄の状況でのみ起こるものではない
D)その認知欠損は、ほかの精神疾患によってうまく説明されない(例:うつ病統合失調症

 

ICD-10
定義:通常、慢性あるいは進行性の脳疾患によって生じ、記憶、思考、見当識、理解、計算、学習、言語、判断等多数の高次脳機能の障害からなる症候群
診断基準
G1:以下の各項目を示す証拠が存在する
1)記憶力の低下
新しい事象に関する著しい記憶力の減退。重症の例では過去に学習した情報の早期も障害され、記憶力の低下は客観的に確認されるべきである
2)認知能力の低下
判断と思考に関する能力の低下や情報処理全般の悪化であり、従来の遂行能力水準からの低下を確認する
1)2)により、日常生活動作や遂行能力に支障をきたす
G2:周囲に対する認識(すなわち、意識混濁がないこと)が、基準G1の症状をはっきりと証明するのに十分な期間、保たれていること。せん妄のエピソードが重なっている場合には認知症の診断は保留
G3:次の一項目以上を認める
1)情緒易変性
2)易刺激性
3)無感情
4)社会的行動の粗雑か
G4:基準G1の症状が明らかに6ヶ月以上存在していて確定診断される。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

ドクターが使用するものですので、専門用語が多く使われていますね…。

認知症である、という「診断」はドクターが行うものですので、一般の医療介護職が

この文言を全て暗記して理解する必要はありません。

けれど、「どこからが認知症か」「認知症とは何か」を考える時に、この定義と基準が

役に立ちます。

 

二つの定義・診断基準に共通するのは

高次脳機能障害の存在

・生活に支障があること

・それは意識障害やせん妄、精神疾患によらない

ということです。

 

特に注目して頂きたいのは、
認知症は「日常生活に支障をきたした状態である」

という部分です。

軽度認知症(MCI)と認知症との鑑別は、この部分で行われます。
すなわち「基本的な日常生活機能が正常」であるならば、認知機能が正常範囲から多少逸脱していても「認知症」ではありません。

 

そのため、「認知症かどうか」を考えるとき、その方の普段の生活を知ることがとても大切になります。

 

・お金の管理や服薬管理は問題なくできているのか?
・冷蔵庫に同じものがたくさんあったりしないか?
・部屋の掃除は効率的にできていて、清潔を保てているか?
・外に出かける意欲はあるか?周りと交流するのに適切な身だしなみは整えられるか?

などなど、その方の生活の変化を見ていく必要があります。

 

おひとりおひとりの生活歴や習慣がありますので、あくまで

「昔はできていたこと、やっていたことが、今はできなくなってはいないか」

という視点が大切です。

 

「長谷川式」や「MMSE」を使用して認知機能の低下を評価することも可能です。

しかし、HDS-RやMMSEといった神経心理学的検査はあくまで、一つの指標です。

 

いわゆる認知機能が低下していても、これらの検査で満点近い点数がとれてしまう方も

います。本当は基盤的認知機能が保たれているのに、周囲の環境やその時の心身状態に

より、十分なパフォーマンスを発揮できない方もいらっしゃいます。

 

これらの検査の結果は有用であり、その方の得意な部分・苦手な部分を見つけ

た対応に活かすことができます。一方で、点数に囚われすぎてしまってその方への関わ

り方の枷になってしまうこともあります。
(長谷川の点数が低いから、何も覚えてられないだろう、など)

 

いわゆる「検査」はとても有用ですが、「量的分析」だけでなく、「質的分析」を行う

ことでケアに活かしていくことが大切です。

 

認知症かなと思ったら→「日常生活」の変化を捉える

 

「認知が下がってきた」と感じた時。

そう感じた生活の中のエピソードがあるはずです。

接していた時、今までできていた日常生活の行為に、いつもより多く介助を要したのではありませんか?

今まで手助けが必要なかったことを、手伝わなければいけなかったのではないですか?

それらは「認知機能の低下」によって「日常生活に障害が生じた」状態であると言えるでしょう。

 

「そうだよね、認知進んだよね」 で済ませるのではなく、

 

認知症は日常生活の障害である」 ことを念頭に

お一人お一人の生活歴を踏まえて、日常生活の変化に注意を向けていきたいですね。

 

 

【参考文献】

高次脳機能障害第2版  石合純夫

標準言語聴覚障害学 高次脳障害学第2版 藤田郁代/阿部晶子

病気が見えるvol.7脳・神経 第2版