記憶障害①~記憶の種類~
記憶の種類
認知症と言えば「記憶障害」
何度言っても覚えられない。ついさっきの出来事をもう忘れてしまう。
そんなイメージを多かれ少なかれ、持っていらっしゃるかと思います。
「覚えられないから、忘れてしまうから、記憶障害がある」というのは間違いではないですが、ここではもう数歩踏み込んだ「記憶障害」について、「記憶」について、まとめていきたいと思います。
まずは、記憶の種類を
①保持時間
②情報内容
③想起意識
の三つの視点から整理していきます。
保持時間による分類
記憶事項の体験から取り出しまでの時間経過による記憶の分類は、大きく二通りの立場がある。
神経学をはじめとして臨床的には、短い方から即時記憶(imediate memory),近時記憶(resent memory),遠隔記憶(remote memory)に分けることが多い。
一方、心理学あるいは記憶の研究においては、短期記憶(short-term memory:STM)と長期記憶(long-term memory)に分ける。
高次脳機能障害学第2版:石合純夫:医歯薬出版株式会社 2003年
よく「短期記憶障害がある」という言い方がされています。短期記憶も保持時間は数分単位とされていますので、多くの場合は「近時記憶障害」が正しいのではないかと思う時があります。
それは保持時間から見た記憶の用語が臨床神経学的な分類と、心理学的な分類の2パターンあるため、混乱が生じてしまっている事、研究者間でも使う人により定義がばらばらである事によります。
自分が使いやすい用語を使いながらも、違和感を持った時はどんな定義でその用語を使っているかのすり合わせが必要です。
私自身が臨床神経学的用語で記憶を考えるよう養成校や就職先で教わったため、ここでは臨床神経学的分類で、保持時間による記憶の種類を細かく見ていきます。
①即時記憶
保持時間は数秒から数十秒(1分程度とするものもある)の短い記憶のことで、外界の刺激から新しく取り込んだ情報をしばらく意識の上に保持しておく働きです。
厳密には「干渉刺激をはさまず、すぐに再生させるもの」を指します。(例:数唱)
この時間的に一時的な保持という点では「ワーキングメモリー」も同じ分類になります。
例えば15-8-2という計算をする時、
15-8=7という計算結果を記憶して、そこから2を引く必要があります。
この15-8=7という計算結果を一時的に記憶しておくのが「ワーキングメモリー」です。
長谷川式やMMSEの「100から7を引いてください。そこからまた7を引いてください」という項目は、ワーキングメモリーの評価をしています。
だから「93から7を引いて」と言うことは禁止されています。
前の計算結果を把持できているのかが評価対象だからです。
このワーキングメモリーはBadeleyにより「中央実行系・視空間性スケッチパッド・エピソードバッファ・音韻性ループ」からなるモデルが提唱されています。視空間性スケッチパッドと音韻性ループは即時再生および短時間のリハーサル後の再生をにないます。*2記憶だけでなく、注意や遂行機能を考える時にもとても有用ですので、どこかで詳しく整理したいと思います。
②近時記憶
即時記憶・短期記憶よりも保持時間が長く、刺激呈示後ある程度の時間が経過してから再生するものです。
保持時間の明確な定義はありませんが、一般的には数分から数日を指します。*3
認知症の方の記憶障害の例として挙げられるものは、この「近時記憶」の障害であることが多い印象です。
昨日デイサービスでお花見に行ったこと。
10分前に昼ご飯は食べたこと。
このようなことを忘れてしまっていたのなら、それは「近時記憶が低下」した状態と言う事ができます。
③遠隔記憶
保持時間は近時記憶よりもさらに長く、数日から数十年単位の記憶とされています。
どこまでが近時記憶/遠隔記憶という明確な区切りはなく、曖昧なものとなっています。
数分、数時間後に思い出せても、数日以上たつとおもいだせないことはよくある。一方、必要に応じていつでも利用できる、比較的古くに体験・習得した事項に関する堅固な記憶もある。近時記憶と遠隔記憶は、このような観点と関連した分類である。…(中略)…遠隔記憶を、しっかりと貯蔵されて必要に応じて取り出しが(多くの場合)可能な記憶であると定義する。
(高次脳機能障害第2版p200
数時間は覚えていても、それ以上たつと忘れてしまうものは「近時記憶」
覚えた後もずっと、何十年と覚えていて、必要な時ぱっと思い出せるのが「遠隔記憶」
近時記憶障害が著明な認知症の方でも、子どもの頃の遊びや家の近くの風景などを生き生きとお話しされることがあります。
それは近時記憶が障害されていても、遠隔記憶が保たれているからです。
記憶の容量
最初の図にしれっと載っておりますが、記憶の種類により容量が異なるとされています。
保持時間が長くなるほど容量は大きくなり、短くなるほど容量は小さいです。
一般的に、即時記憶の容量は7+2項目程度とされています。
アニメや漫画の主要キャラクターが7人程度なのは、この記憶の容量と関係していると言われています。
反対に遠隔記憶は過去からの膨大な記憶を、ほぼ無制限に貯蔵が可能とされています。
情報内容による分類
宣言的記憶(陳述記憶)とは、名前の通り「言葉で表現できる記憶」を指します。
昨日友達と買い物に行った。
昨日の晩御飯はハンバーグだった。
太陽は東から昇る。
このように言葉で言い表せる記憶が「宣言的記憶」です。
反対に非宣言的記憶(非陳述記憶)は、「体験によって獲得されるが、言葉によって説明することができない記憶」を指します。
ピアノの弾き方や自転車の乗り方など体で覚えたものなどがこちらに分類されます。
エピソード記憶とは、特定の時と場所で起こった個人的出来事の情報に関する記憶*4です。
つまりは様々な「出来事の記憶」のことです。
したこと、見たこと、聞いたこと、読んだこと、言ったこと、書いたことの内容や、した、みた、聞いた、読んだ、言った、書いたという体験そのものの存在、およびその時や場所、関与した人などについての記憶である。
認知症で初めに障害されていくのはこの「エピソード記憶」です。
②意味記憶
意味記憶は「言葉の意味、物の概念、事実など社会的な知識の記憶」*5です。
エピソード記憶とは独立した記憶であり、エピソード記憶の障害が有るからと言って意味記憶まで障害されているとは言い切れません。
認知症の記憶障害はエピソード記憶の障害から始まることが多いですが、徐々にこの意味記憶も障害されてくることがあります。
意味記憶障害が言語面に影響して出現すると、
「お名前は何ですか?」→「ああ、お名前、お名前ですね…。そうですねえ…。」
といったような、会話が起こることがあります。
「名前」という言葉の意味記憶が崩壊すると、このような反応が生じます。
このような反応は意味記憶が保たれているあるタイプの失語症でも生じますが、意味記憶障害によっても生じます。
失語(語彙から意味記憶へのアクセス障害)か意味記憶障害かで迷った場合は、言語的な要素を排除した意味記憶を見る課題(関連する物品のマッチング・PPT等)を行ってみると良いかと思います。
多くの場合、意味記憶障害のある方は日常生活にも障害が現れていることが多く、一方で純粋に失語のみの方は日常生活の障害はそれほどでもないことが多いです。
そのような部分からも、ある程度検討は付けられるかと思います。
また、物の知識の意味記憶が障害されると、道具の使用が困難になったり、食べ物を食べ物と認識できなかったりします。
そのような方でも、次に説明する「手続き記憶」は保たれている場合が多くあります。
手続き記憶を使用するアプローチは、認知症ケアに有効な手段の一つです。
③手続き記憶
手続き記憶は「体で覚えた技能の記憶」です。
楽器の弾き方、スポーツの技能、道具の使い方など、練習の積み重ねによって体で覚えたものは「手続き記憶」です。
認知症の方でも、昔からやっていたことは体で覚えていることがあります。
昔私が出会った認知症の方で、「手続き記憶は活用できるんだ!」と実感したとても興味深い出来事がありました。
その方は重度の意味記憶障害が有り、座位では自身で着替えができず全介助でしたが、立位では洋服を向きを合わせて渡すと自分で着ることができました。
おそらく、この方は昔から立って着替えをしていたのでしょう。
手続き記憶は保たれている為、「体が勝手に動いてくれる」環境を作ることができれば、その力を活用することができます。この方の場合、そのきっかけが「立位」だったのです。
「意味記憶障害で何もできない人」と決めつけてしまうのではなく、
「いやいや、手続き記憶は残るはずだから、何かできることがある」と探していく視点が大切です。
蛇足になりますが、「技能学習」についても少しふれておきます。
手続き記憶のように体で覚える技能も、はじめは学習が必要です。
今、お箸を使って食べるとき、特に何も考えずに使っているかと思います。
けれど子どもの頃、お箸を何も考えずに使えるようになるまでは、親指がここで、薬指はこっち。ハサミ箸にならないように…、と色々ん考えながら使っていたはずです。
運動の学習は
1.認知的・意図的な段階
2.感覚と運動の連合段階
3.自動化の段階
という3つの段階を経て行われます。
初めはいろいろと気を付けながら行っていたことが、徐々に考えなくても自然とできるようになっていく。
「手続き記憶」は、技能学習が行われ自動化の段階に至ったものです。
この辺りの「学習」の話は心理学の領域になります。
リハビリや望ましい行動の定着を考える時にとても参考になりますので、興味のある方は是非調べてみてください。
このブログの中でも、いつかまとめてみたいと思います。(まとめてみたい項目が多すぎて、いつになるか分かりませんが…)
③プライミング
プライミングは「事前に提示した情報が、後に続く情報の処理を促進する現象」を言います。*6
分かりにくいので例を出します。
ある人に、事前にずっと明太子の話をしていたとします。
その人のその後、「め」のつく言葉を挙げてください、というと、高確率で「めんたいこ」が想起される。
このような現象を「プライミング」と言います。
④古典的条件付け
古典的条件付けで有名なのは「パブロフの犬」です。
無条件刺激(エサ)と中性刺激(ベル)の対呈示を行い学習させることで、ベルが条件刺激になり、条件反応(唾液分泌)を引き起こします。
日常生活で起こることで言えば、
・梅干しを見ると唾液が出る
・閉所恐怖症の方が、エレベーターの前でもう動悸が激しくなる
などがあります。
再び蛇足ですが、条件付けにはもう一つ「オペラント条件付け」があります。
古典的条件付けが受動的に行われるのに対し、オペラント条件付けでは対象の自発的な行動を強化しきます。行動療法はこのオペラント条件付けの概念に基づいた心理療法です。こちらも知っておくと面白いと思いますので、興味のある方は調べていてください。
想起意識による分類
顕在意識/潜在意識
想起意識とは「今これを思い出している」という感覚がある、ということです。
例えば、一昨日の晩御飯何を食べたか考える時。
昨日の夜があれだったから、一昨日は多分…と色々考えますよね?
英単語の綴りを思い出す時。テストを解く時。
「何だったっけ…」と必死に頭を抱えて思い出そうとすると思います。
このように意識的に「思い出している」記憶のことを「顕在記憶」と言います。
「潜在記憶」はこの「思い出している」感覚がありません。
先ほどお箸の例を挙げましたが、一度自動化された技能はわざわざ考えて行う必要がありません。
「思い出している」感覚はないけれど、きちんと学習して記憶として定着し、適切に想起され実行できている。このようなものが「潜在記憶」です。
プライミングや古典的条件付けも「潜在記憶」になります。
記憶障害の方に対しては、この「潜在記憶」を利用した学習が有効なこともあります。
最後に…
以上の分類の中には入れにくいのですが、日常生活で大切な記憶がもう一つあります。
それが 「展望記憶」 です。
展望記憶は「未来の予定についての記憶」です。
例えば、
・今日は仕事終わりに洗剤を買って帰ろう。
・来週は妹の誕生日だから、明日ケーキを予約しよう。
など、将来行うことについて覚えておく事です。
この展望記憶は単に「記憶」だけでなく、
進行中の作業や日常的体験の流れの中で、意図した内容を保持し、取り出し、実行するう特性から、展望記憶は、事物の記憶に加えて、注意、遂行機能、ワーキングメモリの要素を含む機能である
(高次脳機能障害第2版 石合純夫 医歯薬出版p217
とされています。
そのことを踏まえて、展望記憶に必要とされる処理機能をご紹介します。
一つは
「何かするべきことがあった」ということの想起であり、これは「存在想起」とよばれます。
もう一つは、
「具体的に何を行うか」という事の想起であり、これは「内容想起」と呼ばれます。
「存在想起」は自発性やタイミングと深く関連しており、注意の処理が関与しています。
「内容想起」は記憶の処理が関与しています。*7
関与している機構が異なるため、
「存在想起はできるけれど内容想起ができない」
つまり、「何かやるべきことがあったけど、それが何だか思い出せない」が起こることもあれば、反対に
「存在想起はできないが内容想起はできた」
つまり、「終電を逃した後に、終電が23:55だったことを思い出した」ということも起こります。
展望記憶には思い出すきっかけ、実行の手がかりによる分類もあります。
・出来事基準
てがかりや合図に応じて意図したことを実行する。
例)郵便ポストを見つけたら手紙を投函する
・時間基準
決められた時間に意図したことを実行する。
例)水曜日の午後3時に銀行に電話する
・活動基準
ある活動を終えたら意図したことを実行する
例)テレビ番組を見終えたら洗濯物を取り込む*8
記憶障害の代償手段として用いられるメモやアラームは、この展望記憶の補助として使用されることが多いです。
記憶の種類についてずいぶん長々と書いてしまいました…。
しかしまだまだこれは序盤です!!
記憶に関わる脳の話や、代償手段、逆行性健忘の時間的勾配の話等々をまとめていきたいと思っています。
高次脳機能は本当に奥深く、未解明なことも多いですが面白い領域です。
様々な文献や研修で学んだ事を、この場を使わせて頂いて整理させて頂きたいと思います。
参考文献