ST介護職の考え事

認知症・高次脳機能・ケアについての覚え書き

食事の自力摂取に「真っすぐ座る」ことが大切な理由

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今回のテーマは「自力摂取と姿勢」です。

食事介助時の姿勢がスムーズな摂取と誤嚥予防に重要であるのと同様に、自力摂取においても姿勢はとても重要です。

 

食事を介助で行う時の姿勢の優先度は「誤嚥しにくい」が先になることが多いですが、自力摂取できている方の姿勢を考える時は誤嚥しにくい」と同等に「スムーズな摂取が可能か」が問題となってきます。

 

そのため、「自力摂取できているけど、食べ始めたらのどがすぐにゴロゴロしだす」という方は食事の姿勢を検討するのにとてもとても悩む典型例です。

 

誤嚥を防ぐには角度を付けた方が良さそうだけれども、そうすると自力摂取はしにくくなる。角度によっては自力摂取が困難になる。

 

「自力摂取」は「自分の好きなペースで好きなものを好きな順番で食べられる」自由と尊厳が保たれています。

出来る限り、利用者さんには自分で好きなものを好きなペースで食べてもらいたいと思っています。

けれど、誤嚥リスクが高くなってくるとその「自由・尊厳」と「安全」を秤にかけなければいけなくなる時がきます。

そのような場合には、ご本人・ご家族と多職種で情報共有・話し合いを行いながらどの方向に進んでいくのかを決めていく必要があります。

 

特に介護施設では「自力摂取できているならわざわざ介助にする必要はない」となってしまいがちです…。

誤嚥リスクの高い方に限っては「自力摂取を黙認する」ことが、その方の命に関わる事態になりえます。

なんの検討もなしに、本人・家族の意向を確認しないままに、誤嚥リスクの高い方の自力摂取を続ける事は危険です。リスクを把握、対策を立てた上で、本人・家族の意向を加味したケア方法の検討が必要です。

 

自力摂取時の「良い姿勢」

 

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一般的に食事を自力摂取する際の「良い姿勢」は上の図のように言われています。

横から見た姿勢はこの通りなのですが、正面から見た際に「傾いていない」「真っすぐ」であることも重要とされています。

 

「まっすぐ座る」のが「良い姿勢」であることは当たりまえすぎてあまり考えずに流してしまいますが、今回はこの部分にフォーカスしてみたいと思います。

 

なぜ、食事時「真っすぐ座る」ことが大切なのでしょうか?

 

結論から言うと「真っすぐ座る」ことで

①嚥下に関連する筋肉が効率的に動くことができる

②頭頚部・上肢が効率的に動くことができる

 

この大きくこの2つのメリットがあるためです。

それぞれを詳しく解説していきます。

 

嚥下に関連する筋群が効率よく動くことができる

筋肉が働く時、主となって動く筋肉がぐっと収縮します。

その時反対の動きをする筋肉は、弛緩して引き延ばされなければいけません。

 

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よく例に挙げられる肘の曲げ伸ばしで考えると、上の図のようになります。

肘を曲げるには上腕二頭筋が収縮し、代わりに上腕三頭筋は弛緩しなければいけません。

伸ばす運動の時には、それが反対になります。

 

この収縮、弛緩(伸展)の動きは、筋肉がもともとの長さから開始される時にその動きが最大になります。 

バネのイメージで考えてみると分かりやすいかと思います。

バネは元の長さから伸び縮みさせる時が伸びるのも縮むのも、その変化が最大になります。

引き延ばした状態から更に引き延ばしたり、縮まっている状態から更に縮めたりした時は、元の長さから変化させた時よりも変化の幅は小さくなります。

 

そのため、筋肉が効率的に働くには、その筋肉が動き出す時に過剰に引き延ばされたり縮められた状態ではないことが大切です。

 

食事の姿勢で考えてみましょう。

体が傾くと、頭はバランスを取ろうとして反対側に側屈したり、そのような反射が出ないかたでは重力で傾いた方向に頭も傾いたりしています。

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頚部が側屈していると、上の図に示された筋群の片側の筋肉は収縮し、もう片側は引き延ばされている状態になります。

そうするとどちら側の筋肉も生体長(元々の長さ)からは変化してしまい、本来持っている筋力が発揮できなくなってしまいます。

 

筋肉がもつ力を十分に発揮するためには、筋肉がもともとの長さの状態でることが重要です。

筋肉が生体長であるために、「真っすぐ座った状態」がベストです。

 

頭頚部が自由に動くことができる

 安全な嚥下・効率よい嚥下動作の視点から考えると、「頭頚部の位置」が大切です。

誤嚥を予防するなら軽度前屈させたいですし、食塊をどのルートで送り込むのかを調整するのには頭頚部の可動性が十分に保たれていることが前提です。

 

しかし、この頭頚部の可動性は可動域の問題だけでなく、姿勢の問題でも制限されることがあります。

姿勢の反射が保たれている場合には、頭は「姿勢を保とうとして動く」からです。

 

体が傾いているとバランスを保つために頭頚部が使用されます。

この時頭頚部は姿勢を保つために使われているので、バランスの崩れた体の方を整えず、その状態で頭頚部だけ動かそうとするととても抵抗感が大きくなります。

可動域が保たれていても、頭頚部がバランスを保つために使われている状態では、頭頚部は固定的になり効率の良い嚥下のために自由に使うことができなくなります。

 

頭頚部が固定的であると前述したような代償手段がとりにくいだけではなく、箸やスプーンに対して口唇が近づいていく動作が困難になります。

そのために食べこぼしが増えたり、効率の悪い食事動作を繰り返すため食事に疲れやすくなったりしてしまいます。

 

 もちろん、体の傾きのバランスを頭でとっているので頭頚部はまっすぐな状態ではなく、嚥下に関連する筋群は生体長から逸脱しており、嚥下動作の効率も悪いです。

 

頭頚部を自由に使えるようにするためにも、体がまっすぐなっていることが大切です。

 

上肢が自由に動くことができる

体が傾いていることで、頭頚部がバランス保持に使われてしまうという話を先ほどしました。

上肢もまた、体が傾いているとバランスを保つために使われてしまいます。

 

歩いていて躓いてバランスを崩した時、転びそうになった時、私たちは手を使いますよね。

近くにある何かに捕まって、バランスを取ります。

同じように、座っていても傾いていたら、私たちは崩れ落ちないように何かに捕まります。

片麻痺の方に多いですが、健側の手でアームレストを強く握りしめていらっしゃる方がいます。

このような動作は、上肢がバランス保持に使われていることを示す典型です。

 

その状態で行われる食事動作は、健側が利き手であっても粗大で効率の悪い方法になっていることがほとんどです。

 

麻痺がある場合にはセラピストが介入して身体感覚に対するアプローチをしていくことも重要ですが、それよりも一日3度の食事時に間違った身体感覚を与えない姿勢でいることも大切です。

 

真っすぐに座ることで、上肢は姿勢保持のため固定的に使われるのではなく、上肢の本来の機能を行いやすくなります。

(麻痺のある方はその方の頭の中の体のイメージや感覚が崩れている方もいらっしゃるので、一概に真っすぐ座ればOKとはならない方もいらっしゃいます。

そのようなタイプの方はセラピストの助言や介入の必要があるかと思います)

 

おわりに…

「食事の時は良い姿勢で!」と何となく思っていたことにも、ちゃんとした理由があります。

私たちはちょっと体が傾いたくらいの負荷に対して、それを負荷と感じないくらいに代償することができますが、高齢者の方やもとの筋力が低下している方々は違います。

「体が傾く」という少しの負荷でも、発揮できるパフォーマンスが大きく損なわれてしまうことが十分にあります。

毎日の楽しみである食事時に、その方がベストなパフォーマンスを発揮できるようサポートしていきましょう!!

 

参考文献