神経心理ピラミッド②
高次脳の基盤=注意・情報処理・記憶
今回は土台となる意識・感情の上に乗っている「注意」「情報処理」「記憶」についてまとめていきます。
最後の「記憶」はRuskの神経心理ピラミッドでは高次の機能とされています。
一方で、日常生活の観察所見から高次脳機能を評価していくCBAでは、「記憶」までが基盤のレベルとされています。
ここではCBA的考え方に則って、「記憶」までを基盤として考えていきます。
CBAについても、どこかでまとめていきたいと思っています。
気になる方は以下のサイトをご覧ください。
www.cba-ninchikanrenkoudou.com
注意
注意は空間性注意と全般性注意にまず分けられます。
空間性注意の障害には例えば半側空間無視が挙げられます。
一般的に使われている「注意障害」は、多くの場合全般性注意について使われることが多いです。
Ruskの言う「注意」では全般性注意に焦点が当てられている印象ですが、CBAでの「注意」で挙げられている例を見ると、半側空間無視や半側身体失認による症状も含まれているようです。(麻痺肢の管理不十分など)
全般性注意も、大きく三つのコンポーネントに分けて考えられます。
①注意の選択機能(選択性注意・焦点性注意)
注意の選択機能とは、ある刺激にスポットライト(焦点)を当てる機能です。多くの刺激の中からただ一つの刺激、または刺激に含まれるただ一つの要素に反応する能力を指します。*1
例えばコンビニの棚に陳列されているたくさんのお菓子の中から、自分が買うつもりだったポテトチップスを探す時。
お菓子はたくさんありますし、ポテトチップスにも色々な種類があります。そんなたくさんの妨害刺激(自分が買うつもりじゃないお菓子)の中から、たった一種類、自分が買う予定のポテトチップスを見つけ出す=特定の刺激に注意を向けるのが、選択性注意の機能です。
②覚度・アラートネス・注意の維持機能(持続性注意)
持続性注意はある一定の時間における注意の強度の維持機能に関与しています。待機・警戒し、機敏に反応する状態を維持する注意機能です。((((注意障害 加藤元一朗・鹿島晴雄 注意と意欲の神経機構 日本高次脳機能障害学会))))
持続性注意の低下により、「集中できる時間」が短くなります。
同じ課題を長い時間続けていくと、後半になればなるほどミスが増えるようになります。
一定のレベルの集中力や刺激に対する感度を維持するのが、持続性注意です。
③注意による制御機能(配分性注意・転導(転換)性注意・制御性注意)
注意による認知機能の制御とは、ある認知活動を一過性に中断し他のより重要な情報に反応したり、二つ以上の刺激に同時に注意を向けたりするような、目的志向的な行動を制御するような機能を指します。
また、視覚的なシーンのある部分に随意的に注意の焦点を当てる事、ある刺激への反射的な選択反応を抑えること、外界からの干渉刺激を抑制することも、この制御機能に含まれます。*2
制御性注意は車の運転を思い浮かべてみると良いと思います。
基本的に前を見ていますが、必要時はバックミラーやサイドミラーに注意をむけます。
目の前にいきなりボールが転がってきたら、慌ててその方向に目を向けブレーキを踏みます。
当たり前に行っているこんな動作の中で、注意はより重要な刺激の方へと転換され、オーディオから流れる音楽などの不必要な刺激を適宜抑制しています。
「安全な運転」という目的を達成するために、必要な部分への注意を強くして、不要な部分への注意を最低限に落とす。同じ部分にずっと注意を向けるのではなく、必要な部分の注意を必要時ぐんと上げる。これが、制御性注意の役割です。
注意障害によって、日常生活においては以下のような行動が見られます。
Ruskの注意障害の定義を載せておきます。
不十分な覚醒、注意耐性、厳戒態勢に関連した、あるいは選択性注意にフォーカスすることにした、または思いの連鎖を維持できないことに関連した欠損群。
基本的な注意力生涯の欠損には、以下のような症状がある。
1.目覚めている状態あるいは覚醒のレベルが不十分である。
2.注意を選択的にフォーカスすることが困難。
3.一般的に求められる時間の間、集中力を維持することが困難。すなわちフォーカスすべき思いの連鎖、動作、聴覚的・視覚的刺激などを維持することができない。
前頭葉機能不全その先の戦略 Rusk通院プログラムと神経心理ピラミッド 立神ショウ子
注意の詳細はまた別のところで整理していきたいと思います。
このように概観してみると、注意が「覚醒」と関連することが言葉の上でも見えてきますね。
神経心理ピラミッドは、他の階層と関連しています。この「注意」のレベルも、土台となる意識・感情の上に成り立ちます。
そしてこの「注意」が、次のレベルにある「情報処理」に必要となります。
情報処理
Ruskの神経心理ピラミッドでは、このレベルは「コミュニケーションと情報処理・スピード・正確性」とされています。
脳に損傷が起こると、大なり小なり処理速度の低下が生じます。
前回の神経疲労の部分でもあったように、損傷によって脳細胞の全体数が減った状態で同じ作業量をこなしていこうとすれば、必然的に作業速度は遅くなります。
情報処理能力の低下は、パソコンの容量に例えて説明されることもあります。
容量の大きいパソコンは、動画をスムーズに読み込むことができますが、容量の小さなパソコンは読み込むのに時間がかかります。
傷ついた脳は、容量の小さなパソコンに似ています。決してできないわけではありませんが、同じ作業をこなすのに時間がかかってしまうのです。
またRuskの定義を引用します。
情報処理の的確性の低下と、思いを言葉で伝える能力に関連した欠損群。
情報処理とコミュニケーション・スキルの能力低下の問題は、以下のように典型的に表れる。
1.普通より大幅に情報処理に時間がかかる。すなわち、受信情報を把握して理解することに時間がかかる。
2.言葉を返したり、動作をつなげたり、応答したりするのに、普通より大幅に時間がかかる。
3.タイムリーで最もふさわしい方法で周囲と交流するのに、重大なギャップが生じる。すなわち受信情報に対して、その返答を用意する過程に困難が生じるため、患者は多くの場合、進行中のプロセスの一部を処理し損なってしまう。その結果、患者の返答は不適切な内容になりうる。
4.不正確で断片的であいまいで、不明瞭な言葉のコミュニケーション(=失語症の問題)
5.ねらいや焦点が定まっていない言葉によるコミュニケーション。会話がとりとめもなくなったり、回りくどくなったり、しばしば混乱する。ここでの問題は論理的な考え方の能力低下があるためである。コミュニケーションにとりとめがないことに加え、患者にしてみると、いつ意図した発言をすべきか、またはすべきでないかを決断するのが難しい。ゆえに比較的単純な主張を始めた時ですら、患者は簡潔に要点を言って発言を終了することができない。その代わり患者はとどまるところを知らずとりとめもなく話す傾向にある。
前頭葉機能不全その先の戦略 Rusk通院プログラムと神経心理ピラミッド 立神ショウ子
音声言語での生のコミュニケーションは、非常に素早い情報処理を必要とします。それも相手の話を聞いて理解しながら、それに関連することに思いを巡らして、相手にどのような言葉を返すか考えなければいけません。二重課題どころではない処理を、とても速く持続して行い続ける必要があります。
3で説明されていることはコミュニケーションで求められる情報処理速度に、脳損傷のある患者さんがついていく事はとても大変だ、ということです。
患者さんが相手の話を最初の部分をやっと理解して、それに対する返答を準備し終わった時、話題は別のものに移ってしまっているかもしれません。しかも患者さんはその間一生懸命自分が聞き取った部分を理解して、それに対する返答を考えていたため、その間の周りの話は聞き逃してしまっています。
そのため、相手からしたら患者さんの返答は「不適切」になってしまうのです。
正確で適切なコミュニケーションには「情報処理」のスピードが必要です。
なんだかやりとりがかみ合わないな…と違和感を感じたら、このレベルの問題を疑ってみても良いかと思います。
記憶
記憶についての細かい話は以前まとめさせて頂きましたので、そちらをご覧ください。
Ruskの定義を引用します。
①獲得する、すなわち習得する。②必要に応じて維持、増強する。③必要に応じて情報を自発的に思い出す、などの問題に関連した欠損群。
記憶力の低下は以下のように現れる。
1.短い指示や説明でもすぐに思い出すことができない。例えば、指示が終わった時に、患者は初めの所を覚えていることができない。
2.エピソード記憶の問題。少し前に伝えられたことの概要ですら記憶しておくことができない。
3.自分に伝達された大事なメッセージのように個人的に意味のある経験であっても、維持して記憶することができない。あるいは約束など引き受けた重要なことを思い出せない。または自分の問題を深く洞察して、そこから得た結論を維持することができない。
4.「無気付き症候群」と結びつくと、患者の記憶の欠損は「断続性症候群」に帰結することになりうる。「断続性の問題」とは、自分の行っていることの何かが不具合だと気付くことができず、したがって補填戦略を教わっても、これを用いることを思い出せない。
5.「断続性症候群」は他者から思い出すための合図や、きっかけを示すう形で介入を必要とする。
前頭葉機能不全その先の戦略 Rusk通院プログラムと神経心理ピラミッド 立神ショウ子
1の短い指示や説明でも思い出すことができない、ということが「記憶の問題」であると言うためには、その指示が一度しっかりと理解できているのかを確認する必要があります。
注意の低下や処理速度の低下で、はじめからインプットできていない場合があります。
下位のレベルの影響を考える必要があるのは、このような場合があるからです。
「記憶」の問題だと思っていても、それ以前の問題であることがあります。
また「記憶」の問題を、それより下位の機能の向上により補填することができることもあります。
それぞれの段階は、互いに影響し合っています。
自分の思い込みを一度外して、どんな環境で、どんな状態で、どんな刺激に対してどんな反応をしたのか、客観的に整理してみることが必要です。
高次脳機能の基盤レベルまでまとめてみました。
次回は高次のレベルについて整理していきます。
参考文献